池袋暴走事故で書類送検、勲章はどうなる? 剥奪される可能性も
11月3日、恒例の秋の叙勲で新たに約4千名が受章した。池袋暴走事故で送検された元通産省工業技術院長の男も、84歳だった2015年11月、瑞宝重光章を受章している。では、今後この勲章はどうなるか――。
勲章とは
勲章は、国家・公共に対する功労者や社会の各分野で優れた行いをした者などを表彰する栄典の一つであり、明治時代から始まった。現在は天皇陛下の国事行為として「栄典を授与すること」と規定している憲法を根拠としている。
ただし、「栄典法」といった勲章に関する法律は存在せず、もっぱら政令や内閣府令、告示、閣議決定などに基づいて運用されている。
勲章には、総理大臣、衆参議院議長、最高裁長官を務めた者などに対する大勲位菊花章や桐花大綬章のほか、顕著な功績を挙げた者に対する旭日章、公務などに長年従事して成績を挙げた者に対する瑞宝章、ノーベル賞受賞者や俳優、作家らへの授与で話題となる文化勲章などがある。
このうち、旭日章と瑞宝章は、功績や公務員時代の最終ポストなどのランクに応じ、上から大綬、重光、中綬、小綬、双光、単光に分かれる。
例えば、検察OBの場合、検察トップの元検事総長は瑞宝大綬章、全国に8つある高検の元検事長や東京・大阪といった大規模地検の元検事正は瑞宝重光章、中小規模地検の元検事正は瑞宝中綬章の対象だ。
池袋暴走事故の男の場合、瑞宝重光章を受章しているから、元通産省工業技術院長というポストは検察だと元検事長クラスに匹敵するということが分かる。
ただし、憲法に「栄典の授与は、いかなる特権も伴はない」という規定があるので、勲章受章者に現金や年金などが支給されることはない。
勲章の剥奪は?
では、一度授与された勲章は、その後の行状いかんを問わず、剥奪されないのか。
この点については、明治時代に制定された「勲章褫奪令(くんしょうちだつれい)」という勅令や、その手続を定めた「勲章褫奪令施行細則」がある。「褫奪(ちだつ)」とは無理やり取り上げることを意味し、剥奪と同旨だ。
この勅令や刑法、刑事訴訟法などの規定によれば、刑事事件を起こした者については、次のような場合、勲章が剥奪されて返還を要し、受章の事実を語ることも許されなくなる。
(1) 必ず剥奪される場合
刑事事件で起訴され、裁判で有罪となり、死刑、懲役刑、3年以上無期の禁錮刑の実刑判決を受け、確定した場合
(2) 情状によって剥奪される場合
・刑事裁判で起訴され、裁判で有罪となり、3年未満の禁錮刑の実刑判決を受け、確定した場合
・刑事裁判で起訴され、裁判で有罪となり、3年以下の懲役刑・禁錮刑か50万円以下の罰金刑を受けたものの、刑の全部の執行を猶予され、確定した場合
懲役刑と禁錮刑の違いは、刑務所で「刑務作業」という強制労働を強いられるか否かだ。前者のほうが刑は重い。
裁判が確定すれば検察庁から所管庁である内閣府に判決書の謄本などが送付され、勲章の剥奪に向けた手続が進められる。剥奪された者の氏名や勲章の種類などは官報に掲載されて公告される。
例えば、オリンピックで2度の金メダルを獲得し、紫綬褒章を受章した元柔道選手も、準強姦罪で起訴され、2014年に懲役5年の実刑判決が確定した際、これを剥奪されている。
池袋暴走事故の男は?
過失運転致死傷罪に対する刑罰は、7年以下の懲役・禁錮または100万円以下の罰金だ。
池袋暴走事故の男も、もし起訴されて裁判で有罪となり、刑期の長短を問わず懲役刑が選択されるか、3年以上の禁錮刑が選択され、実刑判決を言い渡されて確定すれば、必ず勲章を剥奪されることとなる。
また、3年未満の禁錮刑が選択され、実刑判決を言い渡されて確定するか、3年以下の懲役・禁錮ないし50万円以下の罰金刑を受け、執行猶予が付されて確定すれば、勲章を剥奪することが可能となる。これは情状によるが、過失や結果は重大であり、遺族の処罰感情も峻厳だし、社会的反響も大きく、剥奪するという方向に傾く可能性が高い。
ただし、あくまでそうした判決の「確定」が剥奪の条件となっている。男は現在88歳。一審、控訴審、上告審までに要する時間を考慮すると、いずれかの段階で天寿を全うすれば公訴棄却で裁判打ち切りとなり、勲章の剥奪もできなくなる。
もっとも、「位、勲章等ノ返上ノ請願ニ関スル件」という勅令があり、「特別の事情」があれば、自らいつでも勲章の返上を請願することはできる。
閣議決定によれば、「特別の事情」とは次のような場合を意味する。
(i) 本人がその行為をかえりみて、恐れかしこまり、責任を痛感し、謹慎の意向を示し、公的な生活から引退することを切望している場合
(ii) 本人がその境遇をかえりみて、恐れかしこまり、責任を痛感している場合
あとは男の行動次第だ。(了)