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尿の簡易鑑定で陰性だった沢尻エリカ氏 MDMA事件、今後の捜査はどうなる?

前田恒彦元特捜部主任検事
(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

 合成麻薬MDMAの所持容疑で逮捕された女優の沢尻エリカ氏。尿の簡易鑑定は陰性だったが、警察は本鑑定を行うという。今後の捜査はどうなるか――。

決め手は尿鑑定

 規制薬物の使用を裏付ける客観的な証拠として捜査や裁判で重視されているのは、尿鑑定の結果だ。

 たとえ所持罪で立件できても、「何のための所持か」という疑問に明確な答えを示してくれるからだ。

 通常、日常生活で規制薬物が誤って体内に摂取される事態は考えにくく、他人に強制されたなど特段の事情がない限り、尿鑑定が陽性だというだけで、規制薬物だと分かりながら自らの意思で摂取したと推認できる。

 そこで警察は、規制薬物をめぐる事件の場合、必ず本人の尿を採取し、鑑定を行っている。しかも、早ければ早いほどよいとされている。次のとおり、尿中に残存する期間が限られているからだ。

・メタンフェタミン(覚せい剤のうち日本で最も流通しているもの):3〜6日

・コカイン、ヘロイン、MDMA:3〜4日

・大麻:7〜30日

 ただし、個人差があり、体格や使用量、常習性などによってこれよりも延びることもあるので、あくまで目安にすぎないという点に注意を要する。

 それでも、仮に1週間前にMDMAを使用したという本人の供述があっても、尿検査で陰性になるという事態はあり得るというわけだ。

 薬物常習者が警察の捜査を察知するとしばらく行方をくらませるのは、その間、大量の水を飲んだりサウナに行くなどし、薬物が体内から排出されるのを待つためだ。

どうやって尿を採取する?

 鑑定を行う尿は、本人を説得して任意に提出してもらうのが通常だが、絶対に嫌だと拒否された場合、強制的に採尿する。

 具体的には、令状を取って病院に行き、医師に依頼して本人の尿道にカテーテルを挿入してもらい、採尿するというやり方だ。ただ、そこまで至ると、「分かりました」と観念して自ら提出する場合が多い。

 ゴネるのは薬物事件の前科が多数あるような常習犯が多い。少しでも粘って時間を稼げば尿から検出されなくなる可能性も出てくるし、たとえ陽性でも「警察の捜査手続には重大な違法性があったから、尿鑑定の結果は証拠から排除されるべきであり、無罪だ」といった主張もできるからだ。

 重要なのは、鑑定を行う尿が本人のものであること、すなわち鑑定までの間に別人の尿が混入したり、取り違えたりしていないことを客観的に証拠として残しておくことだ。

 新品の採尿キットを使う、氏名などを記載して封印し、決まった場所に保管するなど、警察内で厳格なルールが決められているが、時折ずさんな管理がなされていて無罪判決が下ることもある。

尿鑑定のやり方は?

 採取した尿は、まず簡易検査キットを使って予試験をし、次に「科捜研」、すなわち科学捜査研究所に本鑑定を依頼してガスクロマトグラフなどで鑑定してもらう。1週間くらいで結果が出るが、ここで陽性だとアウトだ。

 ただし、すべての陰性事案を科捜研で本鑑定していたら膨大な数に上るので、基本的に警察は簡易鑑定で陰性だとそれで終わりにし、陽性や判定不能の場合にのみ科捜研に回している。

 今回、警察は尿の簡易鑑定が陰性であるものの、本鑑定を行うという。確たる情報を得て長期間の内偵捜査を進めていた事案であるうえ、社会の注目も集めており、念のため本鑑定まで実施するということではなかろうか。

 覚せい剤に関する事案だが、簡易鑑定で陽性、本鑑定で陰性という逆の例もあり、簡易鑑定よりも本鑑定のほうが正確であるのは確かだ。

 今回も、本鑑定で陽性であれば、使用罪でも立件されることになる。MDMAは大麻と違って使用も処罰されており、法定刑は営利目的のない所持罪と同じく7年以下の懲役だ。

毛髪鑑定は?

 このほか、毛髪には90日程度は残るので、結果が出るまで時間はかかるものの、科捜研で毛髪鑑定も行うことだろう。毛髪を数センチずつ切り分け、薬剤で溶かし、熱分解するなどして分析を行うというものだ。

 ただし、毛髪鑑定で陽性だというだけでは、常習性を裏付けることはできても、使用罪で立件するのは困難だ。尿鑑定以上に振り幅が大きく、最終使用の時期を客観的に特定しにくいからだ。

 この点、覚せい剤の事案ではあるが、同じ芸能人である酒井法子氏の場合、尿鑑定が陰性で毛髪鑑定が陽性だった。

 覚せい剤の所持罪だけでなく使用罪でも起訴され、有罪となったが、毛髪鑑定に加え、最後に使ったガラスパイプに微量の覚せい剤が付着していたうえ、唾液も付着しており、酒井氏のDNA型と一致したからだ。「あわせ技1本」というわけだ。

 注射器やパイプなどを使う覚せい剤と異なり、MDMAは服用して使用するものだから、使用の痕跡が残りにくい。だからこそ、覚せい剤に比べてハードルが低く、若者にも蔓延している。

 警察は所持していたMDMAの入手先や交友関係、使用歴、使用頻度、ほかの規制薬物の使用状況などについて捜査を進めることになるが、やはり使用罪に関しては、尿の本鑑定の結果がどちらにころぶかが重要だということになる。(了)

元特捜部主任検事

1996年の検事任官後、約15年間の現職中、大阪・東京地検特捜部に合計約9年間在籍。ハンナン事件や福島県知事事件、朝鮮総聯ビル詐欺事件、防衛汚職事件、陸山会事件などで主要な被疑者の取調べを担当したほか、西村眞悟弁護士法違反事件、NOVA積立金横領事件、小室哲哉詐欺事件、厚労省虚偽証明書事件などで主任検事を務める。刑事司法に関する解説や主張を独自の視点で発信中。

元特捜部主任検事の被疑者ノート

税込1,100円/月初月無料投稿頻度:月3回程度(不定期)

15年間の現職中、特捜部に所属すること9年。重要供述を引き出す「割り屋」として数々の著名事件で関係者の取調べを担当し、捜査を取りまとめる主任検事を務めた。のみならず、逆に自ら取調べを受け、訴追され、服役し、証人として証言するといった特異な経験もした。証拠改ざん事件による電撃逮捕から5年。当時連日記載していた日誌に基づき、捜査や刑事裁判、拘置所や刑務所の裏の裏を独自の視点でリアルに示す。

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