Yahoo!ニュース

シリア北東部ではグワイラーン刑務所制圧宣言後もクルド民族主義勢力とイスラーム国の戦闘が続く

青山弘之東京外国語大学 教授
(提供:North Press Agency Digital/ロイター/アフロ)

続く戦闘

シリア北東部のハサカ市では1月27日、クルド民族主義勢力の民主統一党(PYD)の民兵組織である人民防衛隊(YPG)を主体とするシリア民主軍が1月26日にイスラーム国のメンバーによって占拠されていた刑務所の完全制圧を宣言したものの、両者の散発的な戦闘は続いた。

関連記事

クルド民族主義組織はイスラーム国が立て籠もるシリア北東部の刑務所を制圧、米軍は同地一帯への爆撃を継続

シリア北東部でのイスラーム国の反乱に伴う混乱の責任を免れようと国際機関をも非難するクルド民族主義勢力

シリア北西部でのイスラーム国の反乱で露呈したクルド民族主義勢力と米軍の統治能力の低さ

シリア北東部でのイスラーム国による刑務所襲撃・脱獄事件で対立を深める紛争当事者、混乱波及への不安

シリア北東部でイスラーム国による刑務所襲撃・脱獄事件が発生、米軍が支援するシリア民主軍と激しく交戦

クルド人が多く住むシリアのアフリーン市一帯にトルコが侵攻してから4年:シリア北部でにわかに高まる緊張

英国を拠点に活動する反体制系NGOのシリア人権監視団によると、刑務所内およびその周辺では、シリア民主軍は、北・東シリア自治局の治安部隊である内務治安部隊(アサーイシュ)とともに捜索・掃討を継続し、刑務所内でイスラーム国のメンバー12人を新たに殺害、また5人が刑務所前で遺体で発見された。

これにより、1月20日以降の死者数は235人となった。内訳はイスラーム国メンバーが173人、シリア民主軍、アサーイシュ、刑務所守衛が55人、住民が7人。

同監視団によると、イスラーム国メンバーは依然として数十人が刑務所内に立て籠もっており、自爆攻撃を行う可能性のある彼らに対する制圧作戦は慎重を期して行われているという。

避難住民への慰問合戦

PYDに近いハーワール・ニュース(ANHA)によると、北・東シリア自治局の社会問題委員会(社会問題労働省に相当)のハンダリーン・スィーヌー共同議長、避難民問題局のシャイフムース・アフマド局長、ハサカ地区評議会のファールーク・トゥーズー共同副議長、児童保護局のハーリド・ジャブル共同局長らからなる使節団が、同自治局の支配地内に設置されている収容センターで避難生活を送るグワイラーン地区とズフール地区の住民を慰問した。使節団は、慰問に合わせて198世帯以上の避難住民に対して支援物資を配給した。

ANHA、2022年1月27日
ANHA、2022年1月27日

一方、国営のシリア・アラブ通信(SANA)によると、ハサカ県のガッサーン・ハリール県知事が、政府の支配下にあるハサカ市内の治安厳戒地区に設置された仮設収容センターを訪問し、住民を慰問した。SANAによると、治安厳戒地区に避難した住民の数は4,000人を越え、県社会問題労働局が関係当局とともに設置した7つの収容センターに収容されている。

SANA、2022年1月27日
SANA、2022年1月27日

シリア民主軍はトルコの事件への関与を改めて強調

シリア民主軍の広報センターは声明を出し、グワイラーン刑務所襲撃・脱獄事件にトルコが関与していたと改めて断じるとともに、制圧作戦で戦死した兵士の氏名などを公表した。声明の内容は以下の通り。

シリア民主軍、2022年1月22日
シリア民主軍、2022年1月22日

トルコの国家がテロ組織イスラーム国と関係があることが改めて直接明らかになった。トルコ占領下のスィリー・カーニヤ(ラアス・アイン)、ギレ・スピ(タッル・アブヤド)から進入したテロ組織イスラーム国の傭兵200人以上が、テロ組織イスラーム国の傭兵5,000人以上を収容するハサカ市のスィナーア刑務所(グワイラーン刑務所)に対する大規模な攻撃を計画した。刑務所からの傭兵の脱獄を試みることで、この地域での集団虐殺を起こし、これを制圧しようとした。

テロ組織イスラーム国の傭兵は1月20日、19時30分に、爆弾を仕掛けた車複数台を用いて刑務所を攻撃し、刑務所に収容されている傭兵を脱獄させようとした。

我が部隊が迅速に介入し、攻撃開始当初にこれを制圧した。我が戦闘員は反撃に対して最大限の警戒を行うとともに、イスラーム国の傭兵に対する英雄的な抵抗を行った。これにより、この地域を占領しようとする計略を頓挫させ、いわゆるカリフ国再生の可能性を永遠に葬り去った。

占領国家トルコはこの攻撃を通じて、彼らが恋焦がれてきた白昼夢が実現すると想像していた。だが、我が戦闘員はこうした偽りの希望の息の根を止めた。

我が戦闘員は男女ともに特筆すべき英雄的行為と大いなる抵抗を見せた。最初の2日で我が戦闘員11人が、崇高なる抵抗と犠牲の前例となり、殉教者に列せられた。彼らの抵抗は、数千と言う殉教者がそのために命を捧げた革命の成果を我が人民がしっかりと守っていることを改めて示した。

我々は改めて、我が人民に対して、殉教者たちの道を進み続け、彼らの血によって実現した成果を守ることを誓約する。

以下が殉教者である。

1. ニックネーム:アーワーズ・ウールミーヤ

本名:ナスリーン・アフマド

母:バディーア

父:ジャミール

出身地:アレッポ

殉教地・日付:ハサカ市、2022年1月22日

2. ニックネーム:ジャミール・ハルハリー

本名:ジャミール・ウースー

母:ナーイラ

父:ハサン

出身地:コバネ

殉教地・日付:ハサカ市、2022年1月20日

3. ニックネーム:アフマド

本名:アフマド・ナースィル

母:サバーフ

父:ガーズィー

出身地:ハサカ

殉教地・日付:ハサカ市、2022年1月22日

4. ニックネーム:アナス・ハサカ

本名:サフヤーン・アフマド

母:マリヤム

父:ハミード

出身地:ハサカ

殉教地・日付:ハサカ市、2022年1月20日

5. ニックネーム:アイヤール

本名:アイヤール・アリー

母:アムシャ

父:ハミード

出身地:ダイリーク

殉教地・日付:ハサカ市、2022年1月22日

6. ニックネーム:トゥールフダーン・ファーラーシーン

本名:ウスマーン・ウスマーン

母:イブラ

父:マフムード

出身地:コバネ

殉教地・日付:ハサカ市、2022年1月22日

7. ニックネーム:フサイン

本名:フサイン・ハサン

母:ハディージャ

父:アブドゥルバーキー

出身地:アームーダー

殉教地・日付:ハサカ市、2022年1月22日

8. ニックネーム:アドナーン

本名:アドナーン・ウバイド

母:アルヤー

父:アウダ

出身地:ハサカ

殉教地・日付:ハサカ市、2022年1月22日

9. ニックネーム:ウムラーン

本名:ウムラーン・ハリーフ

母:ザフラ

父:スライマーン

出身地:ダルバースィーヤ

殉教地・日付:ハサカ市、2022年1月22日

10. 本名:ルワイユ・フサイン

母:カトバー

父:アブドゥルハミード

出身地:アームーダー

殉教地・日付:ハサカ市、2022年1月22日

11. ニックネーム:マイターン・カーミシュロー

本名:ムハンマド・アフマド

母:ファトヒーヤ

父:フサイン

出身地:カーミシュロー

殉教地・日付:ハサカ市、2022年1月20日

シリア民主軍は「カリフ国の幼獣」を拘留してきたことに釈明

シリア民主軍の広報センターはまた別の声明で、「カリフ国の幼獣」として知られるイスラーム国の児童戦闘員を拘置してきたことについて以下の通り釈明した。

シリア民主軍はこれらの児童(カリフ国の幼獣)の拘束を、避けられない一時的選択肢として余儀なくされていた。それは彼らの安全と同時に、社会の安全を守るためであり、この問題に対処するうえでの適切な解決策がもたらされるまでの一時的な措置である。

児童たち(カリフ国の幼獣)は組織(イスラーム国)の成人戦闘員から隔離されていた。彼らには国連の提言のもと、特別房が用意された…。また国連の提言に基づき、我が部隊はすべての人道関係機関が彼らを訪問し、更生プログラムを実施する機会を与えてきた。

我が部隊は児童らを第1級の犠牲者として扱ってきた。児童保護にかかるすべての文書、条約を順守していると改めて明言したい…。

我が部隊は国連と国際社会に何度も、そして正式にこの問題に対して責任を果たし、解決策を検討するよう呼びかけてきた…。また、国際社会と人道機関に、北・東シリア自治局への充分な支援を行い、シリアの児童と外国人の児童のための更生施設を設置する必要があると呼びかけてきた。だが、これらの呼び掛けは耳に届いてない。

北・東シリア自治局はこれまで多くの児童の身柄を出身国の代表団に引き渡してきた。

国連とほとんどの加盟国、とりわけテロ組織イスラーム国と結びついた国民がいる国は、シリア北・東地域に収容されている自国民の問題を無視してきた。道義的、法的義務を果たさず、何年も北・東シリア自治局にイスラーム国とのテロとの戦いの遺産を負担として押し付けてきた。

上記の真実を踏まえて、シリア民主軍は国連に対して、これらの国に自国民…、とりわけ女性や子供を早急に帰国させるよう促すことを真剣に呼び掛ける…。またUNICEFなどの人道機関に自治局を支援するよう呼び掛けたい。

声明は1月25日のUNICEFシリア代表のヴィクトル・ニランド氏の報道声明を受けたものである。

ニランド氏は25日の声明のなかで、グワイラーン刑務所内に収容されている子供850人の安全が深刻な危険に晒されており、12歳に満たない子供もいるとして懸念を表明していた。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリアの友ネットワーク@Japan(シリとも、旧サダーカ・イニシアチブ https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』など。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

青山弘之の最近の記事