クルド民族主義組織はイスラーム国が立て籠もるシリア北東部の刑務所を制圧、米軍は同地一帯への爆撃を継続
シリア北東部のハサカ市にあるグワイラーン刑務所で1月20日に襲撃・脱獄事件が発生してから7日目を迎えた1月26日、シリア民主軍が刑務所の完全制圧を宣言し、ようやく事態収束の兆しが見えた。
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グワイラーン刑務所は「分離主義テロリスト」とみなすクルド民族主義組織の民主統一党(PYD)が主導する北・東シリア自治局が実効支配するハサカ市南部のグワイラーン地区の工業高校を転用した施設で、同自治局の管理のもと、イスラーム国のメンバー5,000人以上が収容されていたとされる。1月20日、イスラーム国のスリーパーセルがこの刑務所を襲撃、収容されていたメンバーが脱獄を図り、PYDの民兵である人民防衛隊(YPG)を主体とする北・東シリア自治局の武装部隊のシリア民主軍、アサーイシュと呼ばれる内務治安部隊、そしてPYDを全面支援する米国(有志連合)との間で激しい戦闘が発生していた。
シリア民主軍の勝利宣言
シリア民主軍の広報センターは1月26日の正午に声明を出し、イスラーム国のメンバーらが立て籠もっていたグワイラーン刑務所内にある最大区画を制圧したと発表した。続いて、午後1時半にも声明を出し、イスラーム国メンバーが相次いで投降していると発表した。
英国で活動する反体制系NGOのシリア人権監視団によると、投降者の数は1月26日だけで1,600人以上に上り、前日までに投降した1,100人と合わせて、投降したイスラーム国メンバーの数は2,500人以上に達した。
そして、シリア民主軍の広報センターは午後2時50分に3つ目の声明を出し、グワイラーン刑務所でイスラーム国を敗北させたとして、勝利宣言を行った。声明の内容は以下の通り:
折しも1月26日は、7年前にYPGおよびその女性部隊である女性防衛隊(YPJ)が、トルコ国境に面するアレッポ県アイン・アラブ(コバネ)市での4カ月にわたるイスラーム国との戦闘の末、同市を制圧した日であり、シリア民主軍、北・東シリア自治局、PYDなどはこの戦闘での勝利と重ね合わせて、グワイラーン刑務所の制圧を自賛した。
また、PYDに近いハーワール・ニュース(ANHA)は、ハサカ市の住民らが街頭でグワイラーン刑務所制圧を祝っていると伝え、写真や映像を掲載した。
刑務所一帯では戦闘が続く
だが、イスラーム国との戦闘は完全には収束していない。
ANHAによると、グワイラーン刑務所一帯では、アサーイシュの緊急対応部隊(Hevalno Asayîşe Rojava、HAT)がイスラーム国メンバーへの追跡・掃討を続けるとともに、グワイラーン地区の南に隣接するズフール地区にその範囲を拡げた。
これに関して、国営のシリア・アラブ通信(SANA)は、シリア民主軍が、逃亡したイスラーム国のメンバーの追跡を口実に、グワイラーン刑務所(西グワイラーン地区)、ズフール地区の住宅地、ハサカ市の南および東に位置する村々で強制捜査を行い、住民多数を拘束、連行したと伝えた。
また、シリア民主軍が、イスラーム国のメンバーが立て籠もっているとして、グワイラーン地区の墓地(グワイラーン墓地)に面する住宅10棟を重機で破壊したと報じ、その写真を掲載した。
他方、シリア人権監視団によると、米主導の有志連合所属のヘリコプター1機が1月26日晩に、グワイラーン墓地とイスファンジュ通りの間に位置する地区で、イスラーム国の外国人メンバーのグループを狙って機銃掃射を行い、6人を殺害した。
また有志連合所属の戦闘機複数機が、グワイラーン刑務所一帯に対して複数回のミサイル攻撃を行った(この攻撃による死者はなかったという)。
なお、同監視団によると、1月20日以降の戦闘による死者数は187人。内訳はイスラーム国・メンバー130人、シリア民主軍、アサーイシュ、刑務所守衛が50人、住民7人。
避難住民への支援も続く
グワイラーン地区、ズフール地区からの住民の避難も続いた。
ANHAは、北・東シリア自治局支配下のハサカ市各所に避難した住民に対して、クルド赤新月社が医療支援活動を行ったと伝えた。クルド赤新月社の支援チームのリーダーを務めるアリー・ムハンマド・イーサー氏が明らかにしたところによると、北・東シリア自治局の支配地内に設置された複数の収容センターで、798世帯約4,000人の医療ケアを行ったという。
クルド赤新月社は、ドイツ、スウェーデン、英国で慈善団体として登録している複数のNGOが1993年に統合して結成した国際NGO組織。
北・東シリア自治局の支配地域を中心に活動を行っているがシリアのNGOではなく、シリアの法律のもとに公認された慈善団体でもない。また、国際赤十字赤新月社連盟は、1カ国1組織を原則としているため、この組織を承認していない。
一方、SANAによると、ハサカ県社会問題労働局が治安厳戒地区内のサーリヒーヤ地区にあるムスタファー・モスクに7カ所目となる一時収容センターを設置し、シリア赤新月社、NGOなどが支援を続けた。
政府支配下の治安厳戒地区に避難した住民は1月24日晩までに3,900世帯に達していた。