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シリア北東部でイスラーム国による刑務所襲撃・脱獄事件が発生、米軍が支援するシリア民主軍と激しく交戦

青山弘之東京外国語大学 教授
ANHA、2022年1月21日

シリア北東部のハサカ県でイスラーム国が大掛かりな刑務所を襲撃・脱獄作戦を企て、同地を震撼させた。

未遂と報じられたグワイラーン刑務所襲撃・脱獄

1月20日、トルコが「分離主義テロリスト」と位置づけるクルド民族主義組織の民主統一党(PYD)が主導する自治政体である北・東シリア自治局の支配下にあるハサカ市グワイラーン地区にある工業学校の入口で、爆弾が仕掛けられた車2台が相次いで爆発、これと前後して小火器による銃撃戦が発生したのである。

グワイラーン地区の工業学校は「グワイラーン刑務所」として知られ、北・東シリア自治局の管理のもと、ダーイシュのメンバー約3,500人が投獄されている。

PYDに近いハーワール・ニュース(ANHA)は1月20日、刑務所の警備にあたる北・東シリア自治局の内務治安部隊(アサーイシュ)が、ズフール地区、フーシュ・バアル地区からグワイラーン地区に潜入して、収監者を脱獄させようとしたイスラーム国のスリーパーセルのメンバーらを撃退し、彼らの刑務所への侵入を阻止した、と伝えた。また、PYDの民兵である人民防衛隊(YPG)を主体とするシリア民主軍のテロ撲滅部隊(YAT)が、刑務所内で発生した収監者らによる暴動を制圧するために介入し、事なきを得たとされていた。

激しい戦闘に発展

だが、イスラーム国の攻勢は納まらなかった。1月20日深夜、グワイラーン地区のバースィル交差点近くにあるSADCOP社(シリア石油資源備蓄配給社)がある交差点近くに停車していた燃料輸送表のトレーラー3台が相次いで爆発した。

ANHAは、爆発がイスラーム国のメンバーによるものだと伝えた。

それだけではなかった。「事なきを得ていた」はずの刑務所襲撃・脱獄未遂事件は、激しい戦闘へと発展したのだ。ANHAの報道(そしてシリア民主軍やアサーイシュが提供した情報)とは異なり、イスラーム国のスリーパーセルのメンバーは刑務所への突入に成功し、収監されていた仲間の脱獄に成功していたためだ。

1月20日夜から21日朝にかけて、ハサカ市のグワイラーン地区や、北・東シリア自治局ハサカ地区の首府があるズフール地区で、シリア民主軍のYATとアサーイシュがスリーパーのメンバーや脱獄者を追跡し、彼らと激しく交戦した。

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住民を含む多数が死傷

シリア民主軍の広報センターによると、イスラーム国のスリーパーセルのメンバーや脱獄者はズフール地区などで民家に立て籠もり、シリア民主軍に向けて発砲、住民を人間の盾として逃走を試みた。その際、彼らを匿うことを拒否し、抵抗した住民に対して無差別に発砲し、2人を殺害、8人を負傷させた。それだけでなく、彼らはまた、シリア民主軍に投降しようとした仲間に対しても発砲し、7人を殺害した。

ANHAによると、この戦闘で、シリア民主軍はイスラーム国のメンバー5人を殺害、脱獄者89人を拘束した。また、アサーイシュ総司令部の発表によると、アサーイシュ隊員1人が死亡、7人が負傷した。戦闘を取材していたANHAのバースィル・ラシード記者も胸部と腹部に銃弾2発を浴び、病院に搬送された。

英国で活動する反体制系NGOのシリア人権監視団によると、一連の戦闘でイスラーム国のメンバー39人、シリア民主軍、アサーイシュ、刑務所守衛ら23人、住民5人が死亡したという。

ANHA、2022年1月21日
ANHA、2022年1月21日

米軍も爆撃を実施

米主導の有志連合もイスラーム国の反乱の鎮圧を支援した。

国営のシリア・アラブ通信(SANA)やシリア人権監視団によると、事件が発生した1月20日、米軍戦闘機複数機がグワイラーン地区上空低空で旋回し、照明弾を発射するなどして、シリア民主軍とアサーイシュによる追跡作戦を支援するとともに、スリーパーセルのメンバーや脱獄者の拠点に対して機銃掃射を行っていた。

1月21日になると、米軍戦闘機は、グワイラーン刑務所一帯やズフール地区、さらには、スリーパーセルのメンバーや脱獄者が立て籠もった経済学部(グワイラーン地区)のテクノロジー研究所に対して3回にわたって爆撃を実施した。

ANHA、2022年1月21日
ANHA、2022年1月21日

ANHAやSANAによると、一連の戦闘を受けて、シリア民主軍と、イスラーム国の襲撃事件実行犯・脱獄者との戦闘を避けるため、住民298世帯以上がズフール地区から市内の安全な場所への避難を余儀なくされた。またアサーイシュの総司令部は声明を出し、市内に外出禁止令を発出し、住民に外出を控えるよう呼び掛けた。

SANA、2022年1月21日
SANA、2022年1月21日

その後、シリア民主軍のマズルーム・アブディー総司令官はツイッターを通じて、事態収拾に成功したと発表した。

また、北・東シリア自治局防衛委員会(防衛省に相当)のザイダーン・アースィー共同委員長も声明を出し、事態収拾を完了したと発表した。

トルコ軍の動き

ハサカ市が激しい戦闘に見舞われる一方、トルコはイスラーム国を側方支援しているとの非難を浴びるような動きに出た。

トルコ軍は無人航空機(ドローン)でシリア政府と北・東シリア自治局の共同統治下にあるタッル・タムル町評議会(北・東シリア自治局を構成する自治組織)の車を爆撃し、これを破壊した。

狙われた車は、ハサカ県での混乱を収拾する任務にあたっていたアサーイシュを応援するためにハサカ市に向かう途中で、シリア人権監視団によると、乗っていたタッル・タムル軍事評議会(シリア民主軍所属部隊)の兵士2人が死亡した。

ANHA、2022年1月21日
ANHA、2022年1月21日

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリアの友ネットワーク@Japan(シリとも、旧サダーカ・イニシアチブ https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』など。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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