シリア北東部でのイスラーム国による刑務所襲撃・脱獄事件で対立を深める紛争当事者、混乱波及への不安
シリア北東部のハサカ県ハサカ市で1月20日に発生したイスラーム国による刑務所襲撃・脱獄事件によって生じた混乱は、3日経った23日も依然として続いている。
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事件は、トルコが「分離主義テロリスト」とみなすクルド民族主義組織の民主統一党(PYD)が主導する自治政体の北・東シリア自治局の支配下にあるハサカ市グワイラーン地区にある高等学校を転用した拘留施設、通称グワイラーン刑務所をイスラーム国のスリーパーセルが襲撃、収監されていたメンバーが脱獄したことで発生した。
PYDの民兵である人民防衛隊(YPG)を主体とするシリア民主軍、アサーイシュの名で知られる北・東シリア自治局の内務治安部隊、そして米国が主導する有志連合が事態を収拾するために介入したが、イスラーム国メンバーとの間で激しい戦闘に発展した。
シリア民主軍が声明で事件の詳細を明らかに
アサーイシュの総司令部は1月22日に声明を出し、グワイラーン地区を完全に包囲し、同地区およびその周辺地区で実行犯・脱獄者らの逮捕に向けた掃討作戦を行っていると発表、混乱は収束したかに見えた。
シリア民主軍は1月23日に声明を出し、事件の詳細を明らかにした。その内容は以下の通りである。
だが、グワイラーン刑務所一帯、そしてグワイラーン地区に隣接するズフール地区では、シリア民主軍、アサーイシュとイスラーム国との戦闘は続いた。アサーイシュは1月23日、グワイラーン地区で潜伏・立て籠もりを続けているイスラーム国のメンバーに対して武器を棄てて投降するよう呼びかけた。だが、彼らがこれに応じる気配はない。
これらの地域からの住民の避難も続いた。国営のシリア・アラブ通信(SANA)によると、シリア政府の支配下にあるハサカ市内のいわゆる「治安厳戒地区」に逃げ込む住民を、シリア軍、シリア赤新月社、そして政府の認可を受けたNGOが保護、避難場所を提供、食糧や医薬品などを配給した。
混乱波及への不安
その一方で、北・東シリア自治局の支配地では不穏な空気が漂い続けた。
イラクからの難民やシリアの国内避難民(IDPs)に加えて、イスラーム国メンバーの家族を収容する北・東シリア自治局支配地最大のキャンプであるフール・キャンプ(アルホール難民キャンプ)では、1月22日、イスラーム国メンバーの妻らが襲撃・脱獄事件の首謀者や脱獄者との連帯を訴えるシュプレヒコールを上げ、イスラーム国の活動への支持を表明した。
北・東シリア自治局傘下のダイル・ザウル民政評議会の支配下にあるダイル・ザウル県のユーフラテス川東岸でも1月21日、シリア民主軍の拠点を狙った攻撃が4件続けて発生した。
混乱が各地に波及することを警戒するかのように、シリア民主軍はハサカ県グワイラーン地区一帯以外でも治安維持活動を強化、北・東シリア自治局の内務委員会(内務省に相当)は1月23日に声明を出し、支配下にあるハサカ県中南部(ジャズィーラ地方ハサカ地区)全域に1月24日から31日まで外出禁止令を発出した。
シリア政府による非難、北・東シリア自治局と米国の反論
事件はシリア内戦の当事者間の対立も誘発した。
シリアの外務在外居住者省は1月22日、シリア民主軍、そしてその最大の支援者である米国を非難する声明を発表した。声明の骨子は以下のようなものだ。
これに対して、北・東シリア自治局の渉外関係委員会(外務省に相当)シリア民主軍は1月23日に声明を出し、次のように反論した。
また、米国務省のネッド・プライス報道官も1月23日(米東部標準時22日)、以下のような声明を出し、シリア民主軍への支持を表明した。
トルコの動きとPYDの非難
トルコはハサカ県の混乱に乗じて砲撃を強めた。
トルコ軍は、2018年1月20日に「オリーブの枝」作戦を開始し、シリア北西部アレッポ県のアフリーン市一帯に侵攻してから4年が経ったのに合わせるかのように、1月20日からシリア民主軍が活動を続けるアレッポ県北部のタッル・リフアト市一帯、ハサカ県北西部のタッル・タムル町一帯に対して攻撃を激化させていた。
1月22日になると、トルコ軍とその支援を受けるシリア国民軍(Turkish-backed Free Syrian Army)とともに、シリア政府と北・東シリア自治局の共同統治下にあるラッカ県アイン・イーサー市近郊のジャフバル村、ムシャイリファ村、マアラク村、ヒーシャ村、ファーティサ村、スカイルー村、ナヒール休憩所などのM4高速道路沿線、アイン・イーサーIDPsキャンプを砲撃、応戦するシリア民主軍と激しく交戦した。
トルコ軍の攻撃で、ジャフバル村で住民2人が死亡、ムシャイリファ村などで4人が負傷、ヒーシャ村の発電所と給水所が被弾した。これに対して、シリア民主軍は、ムシャイリファ村・ジャフバル村間から潜入を試みたシリア国民軍の戦闘員5人を殺害した。
トルコ軍とシリア国民軍は1月23日にも、アイン・イーサー市西のウライマート村を砲撃、これにより子供2人が負傷した。
一連の攻撃に関して、PYDの総合評議会は声明を出し、アサーイシュとシリア民主軍がグワイラーン刑務所での混乱を収拾しようとするのを阻止しようとしていると非難した。
シリア内戦の当事者たちは、自らの政敵を貶め、攻勢を強めるために今回の事件を利用するだけで、イスラーム国の根絶に向けて一致団結しようとする気配はない。こうした政治的なスタンドプレーこそが、イスラーム国にシリア国内での延命の余地を与えていることは、誰の目からも明らかだ。