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シリア北東部でのイスラーム国による刑務所襲撃・脱獄事件で対立を深める紛争当事者、混乱波及への不安

青山弘之東京外国語大学 教授
ANHA、2022年1月23日

シリア北東部のハサカ県ハサカ市で1月20日に発生したイスラーム国による刑務所襲撃・脱獄事件によって生じた混乱は、3日経った23日も依然として続いている。

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事件は、トルコが「分離主義テロリスト」とみなすクルド民族主義組織の民主統一党(PYD)が主導する自治政体の北・東シリア自治局の支配下にあるハサカ市グワイラーン地区にある高等学校を転用した拘留施設、通称グワイラーン刑務所をイスラーム国のスリーパーセルが襲撃、収監されていたメンバーが脱獄したことで発生した。

PYDの民兵である人民防衛隊(YPG)を主体とするシリア民主軍、アサーイシュの名で知られる北・東シリア自治局の内務治安部隊、そして米国が主導する有志連合が事態を収拾するために介入したが、イスラーム国メンバーとの間で激しい戦闘に発展した。

シリア民主軍が声明で事件の詳細を明らかに

アサーイシュの総司令部は1月22日に声明を出し、グワイラーン地区を完全に包囲し、同地区およびその周辺地区で実行犯・脱獄者らの逮捕に向けた掃討作戦を行っていると発表、混乱は収束したかに見えた。

シリア民主軍は1月23日に声明を出し、事件の詳細を明らかにした。その内容は以下の通りである。

刑務所襲撃に参加したイスラーム国の自爆テロリストは200人以上に上り、その一部はトルコの占領下にあるハサカ県のラアス・アイン市一帯地域、ラッカ県のタッル・アブヤド市一帯地域、さらにはイラクからグワイラーン地区に参集していた。

襲撃は6カ月にわたり準備されていた。

彼らは、1月20日午後7時半に爆弾を仕掛けた車を使って刑務所への攻撃を開始、刑務所外からも攻撃を加えるとともに、収監者らが刑務所内で守衛、医療スタッフ、厨房職員らを襲撃し、脱獄を試みた。

襲撃された職員の安否は今も不明である。

脱獄の試みのほとんどは失敗したものの、一部がグワイラーン地区に隣接する(ユーフラテス大学の)経済学部の施設に逃げ込んだ。

シリア民主軍は刑務所周辺を完全に制圧し、東グワイラーン地区、ズフール地区、パノラマ交差点でイスラーム国メンバーと激しく交戦し、そのほとんどを殲滅するとともに、武器・弾薬を持ち込むために建設していた地下トンネルを制圧した。

シリア民主軍は刑務所内も制圧したが、グワイラーン地区には依然として、2、ないしは3つのスリーパーセルが抵抗を続けている。

シリア民主軍とアサーイシュ約1万人が大規模な掃討作戦を続けている。

1月20日以降の戦闘でシリア民主軍が殺害したイスラーム国メンバーは175人以上、うち160人強が襲撃犯、15人が脱獄を試みた収監者である。

一方、戦闘では、シリア民主軍の戦闘員27人が犠牲となった。

だが、グワイラーン刑務所一帯、そしてグワイラーン地区に隣接するズフール地区では、シリア民主軍、アサーイシュとイスラーム国との戦闘は続いた。アサーイシュは1月23日、グワイラーン地区で潜伏・立て籠もりを続けているイスラーム国のメンバーに対して武器を棄てて投降するよう呼びかけた。だが、彼らがこれに応じる気配はない。

これらの地域からの住民の避難も続いた。国営のシリア・アラブ通信(SANA)によると、シリア政府の支配下にあるハサカ市内のいわゆる「治安厳戒地区」に逃げ込む住民を、シリア軍、シリア赤新月社、そして政府の認可を受けたNGOが保護、避難場所を提供、食糧や医薬品などを配給した。

SANA、2022年1月22日
SANA、2022年1月22日

SANA、2022年1月23日
SANA、2022年1月23日

混乱波及への不安

その一方で、北・東シリア自治局の支配地では不穏な空気が漂い続けた。

イラクからの難民やシリアの国内避難民(IDPs)に加えて、イスラーム国メンバーの家族を収容する北・東シリア自治局支配地最大のキャンプであるフール・キャンプ(アルホール難民キャンプ)では、1月22日、イスラーム国メンバーの妻らが襲撃・脱獄事件の首謀者や脱獄者との連帯を訴えるシュプレヒコールを上げ、イスラーム国の活動への支持を表明した。

北・東シリア自治局傘下のダイル・ザウル民政評議会の支配下にあるダイル・ザウル県のユーフラテス川東岸でも1月21日、シリア民主軍の拠点を狙った攻撃が4件続けて発生した。

混乱が各地に波及することを警戒するかのように、シリア民主軍はハサカ県グワイラーン地区一帯以外でも治安維持活動を強化、北・東シリア自治局の内務委員会(内務省に相当)は1月23日に声明を出し、支配下にあるハサカ県中南部(ジャズィーラ地方ハサカ地区)全域に1月24日から31日まで外出禁止令を発出した。

シリア政府による非難、北・東シリア自治局と米国の反論

事件はシリア内戦の当事者間の対立も誘発した。

シリアの外務在外居住者省は1月22日、シリア民主軍、そしてその最大の支援者である米国を非難する声明を発表した。声明の骨子は以下のようなものだ。

イスラーム国とシリア民主軍は過去数日にわたって、ハサカ県で民間人虐殺、インフラ破壊という罪を犯した。米占領部隊、とりわけ航空機がこの攻撃に野蛮なかたちで参加し、老人、子供、女性など無実の民間人が犠牲となった。

数千世帯がシリアの国家が掌握している地域内に安全な場所を求めて避難した。米国や西側諸国がシリアに非道徳的な一方的制裁を科しているにもかかわらず、彼らはそこで、避難場所、薬、飲料水、暖房、支援物資を提供された。

シリア民主軍は、工業高校を含むハサカ県の多くの学校を占拠し、生徒を追放し、刑務所として流用している。また、ハサカ市内の経済、行政関連機関、病院、クリニックなどの医療機関を占拠しているが、米軍戦闘機とシリア民主軍の犯罪者どもはこれらの施設を容赦なく破壊した。

「テロとの戦い」はメディアでのプロパガンダでも、偽りのスタンスでもない。

シリア・アラブ軍とその同盟者たちは、「テロとの戦い」を通じて、シリアの国土の大部分を犯罪から解放し、テロリストと協力しているのが米国とその手先のヌスラ戦線(現在のシャーム解放機構)などのテロ民兵であることを証明した。彼らは、米国やトルコの指示に従って、シリアなどこの地域の国々に治安と安定をもたらそうとしている市民の意思に反した行動をとっている。

シリア・アラブ共和国は、改めて米軍とトルコ軍の撤退を要求し、米国とシリア民主軍の行為が戦争犯罪、人道に対する犯罪のレベルに達しているとみなす。

国連の人道関連機関、そのほかの人道関連機関に、避難を余儀なくされた住民への緊急支援を求める。

国連安保理に、シリア北東部において無垢の民間人を守り、国際の平和と安全を維持するための責任を果たすよう求める。

これに対して、北・東シリア自治局の渉外関係委員会(外務省に相当)シリア民主軍は1月23日に声明を出し、次のように反論した。

10年間にわたるシリアの危機は深刻化し、複雑な様相を呈しており、シリアが苛まれている悲惨な人道、政治、経済状況の最大の責任はシリアの体制(政府のこと)にある。

占領国トルコによって破壊とシリア国土の一部の占領が行われているなか、シリアで起きていることに対してより大きな責任を伴う政策が必要だったが、責任を果たそうとする姿勢を欠いていた。

我々は、シリアの体制がショーヴィニズムに満ちた非合理的な言説で、テロと戦うシリア民主軍を攻撃し、ハサカ市のグワイラーン刑務所での事件について、テロリストに対する抵抗を戦争犯罪だと述べている。2015年にテロリスト100人を前に体制とその軍が逃げ出した同じ場所を、その後、YPGと女性防衛隊(YPJ)が解放したにもかかわらずだ。

体制の外務省、ファイサル・ミクダード(外務在外居住者大臣)が行うこの手の発言は滑稽でばかげている。体制は今日シリアで何が起きているのか、10年にわたって行われた民間人に対する殺戮と強制移住について自問すべきだ。

ハサカ市はシリアの都市であるにもかかわらず、誰が同市をイスラーム国から防衛してきたのかを忘れ、北・東シリア自治局との対話に体制が失敗したことを正当化するための手段としてイスラーム国を利用しているようだ。

我々はこうした無責任な声明を非難する。

体制の外務省は、国連安保理、国連の場でトルコの行動、占領、その傭兵どもの行動を抑える責任を果たすべきだ。

我々は、体制が自らの殻から抜け出し、シリアでの出来事やその進展に対する自らの施政について慎重に考える必要があると言いたい。

また、米国務省のネッド・プライス報道官も1月23日(米東部標準時22日)、以下のような声明を出し、シリア民主軍への支持を表明した。

米国は木曜日(1月20日)のイスラーム国によるシリア北東部ハサカ県の(北・東シリア自治局)内務治安部隊の拘留センターに対して行われた、イスラーム国メンバーを脱獄させようとした攻撃を非難する。

我々はシリア民主軍の迅速な対応と、シリア北東部でのイスラーム国との戦いへの継続的な取り組みを称賛する。我々は、最初の爆破攻撃、そしてその後の戦闘で犠牲となった守衛の家族に心からお悔み申し上げる。

拘留施設への攻撃は、1年以上にわたってイスラーム国の最優先事項だった…。今回の攻撃は、イスラーム国戦闘員の拘留状況を改善、さらには拘留施設の安全対策強化のため、イスラーム国を打ち負かす有志連合のイニシアチブにさらなる資金提供を行う必要を浮き彫りにした。また、戦闘員の出身国が拘留されている自国民を本国に送還し、リハビリ、再統合、起訴することが火急に必要だということを強調するものだ。

トルコの動きとPYDの非難

トルコはハサカ県の混乱に乗じて砲撃を強めた。

トルコ軍は、2018年1月20日に「オリーブの枝」作戦を開始し、シリア北西部アレッポ県のアフリーン市一帯に侵攻してから4年が経ったのに合わせるかのように、1月20日からシリア民主軍が活動を続けるアレッポ県北部のタッル・リフアト市一帯、ハサカ県北西部のタッル・タムル町一帯に対して攻撃を激化させていた。

1月22日になると、トルコ軍とその支援を受けるシリア国民軍(Turkish-backed Free Syrian Army)とともに、シリア政府と北・東シリア自治局の共同統治下にあるラッカ県アイン・イーサー市近郊のジャフバル村、ムシャイリファ村、マアラク村、ヒーシャ村、ファーティサ村、スカイルー村、ナヒール休憩所などのM4高速道路沿線、アイン・イーサーIDPsキャンプを砲撃、応戦するシリア民主軍と激しく交戦した。

ANHA、2022年2月22日
ANHA、2022年2月22日

トルコ軍の攻撃で、ジャフバル村で住民2人が死亡、ムシャイリファ村などで4人が負傷、ヒーシャ村の発電所と給水所が被弾した。これに対して、シリア民主軍は、ムシャイリファ村・ジャフバル村間から潜入を試みたシリア国民軍の戦闘員5人を殺害した。

トルコ軍とシリア国民軍は1月23日にも、アイン・イーサー市西のウライマート村を砲撃、これにより子供2人が負傷した。

一連の攻撃に関して、PYDの総合評議会は声明を出し、アサーイシュとシリア民主軍がグワイラーン刑務所での混乱を収拾しようとするのを阻止しようとしていると非難した。

シリア内戦の当事者たちは、自らの政敵を貶め、攻勢を強めるために今回の事件を利用するだけで、イスラーム国の根絶に向けて一致団結しようとする気配はない。こうした政治的なスタンドプレーこそが、イスラーム国にシリア国内での延命の余地を与えていることは、誰の目からも明らかだ。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリアの友ネットワーク@Japan(シリとも、旧サダーカ・イニシアチブ https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』など。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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