シリア北東部でのイスラーム国の反乱に伴う混乱の責任を免れようと国際機関をも非難するクルド民族主義勢力
シリア北東部のハサカ市にあるグワイラーン刑務所で1月20日に襲撃・脱獄事件が発生してから6日目を迎えた25日、同地では国際テロ組織イスラーム国のメンバーとシリア民主軍・アサーイシュによる戦闘は続いた。
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分割統治(共同統治)下にあるハサカ市
シリア北東部最大の都市であるハサカ市は、治安厳戒地区と呼ばれる中心街がシリア政府の支配下にある。だが、同地区を除く地区は、トルコが「分離主義テロリスト」とみなすクルド民族主義組織の民主統一党(PYD)が主導する自治政体の北・東シリア自治局が実効支配している。そこでは、PYDの民兵である人民防衛隊(YPG)を主体とするシリア民主軍、アサーイシュと呼ばれる内務治安部隊が軍事・治安活動にあたっており、シリア、ロシア軍の展開は認められていない。
非紛争地帯のただ中にあるグワイラーン刑務所
グワイラーン刑務所は、北・東シリア自治局が実効支配するハサカ市南部のグワイラーン地区の工業高校を転用した施設で、同自治局の管理のもと、イスラーム国のメンバー5,000人以上が収容されていたとされる。
北・東シリア自治局の支配地各所には、米国が主導する有志連合が違法に基地を設置し、部隊を駐留させている。その数は、900人とも3,000人とも言われるが、ハサカ市グワイラーン地区と同地区に隣接するスポーツ・シティに約150人を駐留させている。
ハサカ市が位置するユーフラテス川東岸地域(いわゆるジャズィーラ地方)は、2015年10月に、米国が、当時イスラーム国を含むアル=カーイダ系組織、そしてこれらの組織と共闘する反体制派に対して激しい爆撃を実施していたロシア軍との領空での偶発的衝突を回避するため、「非紛争地帯」(de-confliction zone)に設置されている。同地には、トルコ国境に近いカーミシュリー国際空港にロシア軍が基地を設置し、国境地帯でヘリコプターなどによる航空偵察を行っている。また、トルコもしばしば国境に近い北・東シリア自治局の支配地(あるいはシリア政府と北・東シリア自治局の共同統治地)を無人航空機(ドローン)で爆撃を行っている。だが、その領空権は米国(そして有志連合)によって握られている。
シリア・ロシア軍、そしてトルコ軍が今回のグワイラーン刑務所での反乱に軍事介入しないのはこうした事情による。
戦果を鼓舞するシリア民主軍
シリア民主軍の広報センターは1月24日晩から25日晩にかけて、グワイラーン刑務所内で軍事治安作戦を実施し、イスラーム国のメンバーによって捕らえられていた刑務所職員32人の解放に成功するとともに、グワイラーン地区と隣接するズフール地区でイスラーム国のメンバー17人を新たに殺害したと発表した。
また、25日朝にグワイラーン刑務所に立て籠もっていたイスラーム国のメンバー250人が投降、これまでに投降したメンバーの数が500人余りとなったと発表した。
さらに、イスラーム国のメンバーによって占拠されていたグワイラーン刑務所内の収容棟8棟を制圧したと発表した。
英国を拠点に活動する反体制系NGOのシリア人権監視団によると、有志連合所属の装甲車複数輌が、グワイラーン刑務所内での作戦に参加するために同地に派遣されていたという。
刑務所外で続く米軍の爆撃
一方、PYDに近いハーワール・ニュース(ANHA)は、グワイラーン地区の外塀一帯での戦闘は小康状態が続いたと伝えた。
だが、国営のシリア・アラブ通信(SANA)は、イスラーム国のメンバーをグワイラーン刑務所で包囲したとのシリア民主軍の発表(1月22日)にもかかわらず、シリア民主軍、アサーイシュとイスラーム国のメンバーとの戦闘が刑務所の外で続いており、米軍戦闘機が同地に対して爆撃を実施したと伝えた。
米軍は1月21日にイスラーム国のメンバーが立て籠もったユーフラテス大学経済学部テクノロジー研究所を爆撃で破壊したが、SANAによると、これに加えて、経済学部関連施設、土木学部講堂、ユーフラテス大学ハサカ分校本舎、ガレージなどが爆撃で破壊された。
SANAによると、シリア民主軍はまた、グワイラーン刑務所、ズフール地区の住宅地で強制捜査を行い、住民多数を拘束、連行したという。
シリア人権監視団によると、1月20日以降の戦闘での死者は172人に上っている。内訳はダーイシュ・メンバーが119人、シリア民主軍、アサーイシュ、刑務所守衛が46人、住民が7人だという。
治安厳戒地区に大挙する避難住民
戦闘と混乱が続くなか、グワイラーン地区やズフール地区からの住民の避難も続いた。SANAによると、政府支配下の治安厳戒地区に避難した住民は1月24日晩までに3,900世帯に増加した。
彼らは、ハサカ県社会問題労働局が関係機関と連携して設置した6カ所の一時収容センターに収容され、シリア赤新月社やNGOが寝具、飲料水、食糧などの物資の配給を受けた。
一方、ANHAは、北・東シリア自治局の支配地では、自治局の関係機関が避難住民350人以上を複数の収容センターに収容し、支援物資を提供していると伝えた。だが、受け入れ人数は、政府の10分の1にも満たず、北・東シリア自治局の危機管理能力の低さが露呈されたかたちとなった。
混乱の責任を免れようと非難に終始する北・東シリア自治局
こうした事態を取り繕い、混乱の責任を免れようするかのように、北・東シリア自治局の各部局は非難声明を相次いで発表した。
保健省に相当する保険委員会は、政府によって任命されたハサカ県知事がハサカ市への国際機関による人道支援を妨害していると非難した。
だが、SANAによると、国際機関による支援は今のところ、政府支配下の治安厳戒地区に対しても行われていない。
一方、ラッカ県アイン・イーサー市に本部を構える執行評議会は、トルコに批判の矛先を向けた。次のように述べ、グワイラーン刑務所の襲撃・脱獄事件にトルコが直接計画に関与していたと断じたのである。
それだけでなく、北・東シリア自治局は国際機関にも噛みついた。
外務省に相当する渉外関係委員会は次のような声明を出し、赤十字国際委員会を非難したのだ。
損なわれる米国以外のシリア内戦の当事者からの信頼
国際機関によるシリアへの人道支援は、政府をカウンターパートとする正規のルートと、2014年7月14日に採択された国連安保理決議第2165号に基づく越境(クロスボーダー)での人道支援を通じたルートがある。このうち、シリア北西部(イドリブ県中北部およびその周辺地域)を支配下に置くシリアのアル=カーイダであるシャーム解放機構などの反体制派は(国連が国際テロ組織にしているにもかかわらず)、欧米諸国やトルコからの人道支援を受けることができる。
これに対して、PYD(シリア民主軍、北・東シリア自治局)は、シリアに対する人道支援の枠組み、あるいは国連やロシア、トルコ、イランが主導してきた停戦・和平プロセスの一切を無視して、米国の主導する「テロとの戦い」に協力することで、シリア北東部に支配地を獲得・拡大してきた。
シリア内戦の当事者には、政府であれ、反体制派であれ、ロシア、トルコ、そしてイランであれ、それぞれの政治的思惑があり、それは時として非難と嫌悪に値するような非道な手段を伴う。PYDは、米国を最大の後ろ盾とする一方で、トルコを除く当事者らと一定の距離を保ち、時に共闘し、時に対立していた。PYDのシリアでの勢力拡大を可能としたのは、まさにこうした戦略の結果だった。だが、今回の事件をめぐって、国際機関を含む当事者に非難を浴びせるその姿勢は、米国以外の当事者の信頼を損ねるものであり、シリアにおける威信の低下にもつながりかねない。