中国のメンツを潰したアラカン軍とは何か――内戦続くミャンマーの「バルカン化」
- ミャンマーで続く内戦で中国は停戦合意を仲介したが、その3日後に武装組織「アラカン軍」は合意を破棄し、北西部の主要拠点を制圧したと宣言した。
- 中国の仲介を反故にしたアラカン軍は軍事政権と対決しているが、軍事政権の最大スポンサーである中国から支援を受けているといわれる。
- つまり中国は「飼い犬に手を噛まれた」わけだが、それでもミャンマー北西部に事実上の独立政権が発足した場合には黙認せざるを得ないとみられる。
中国の仲介を無視した「北西部制圧」
ウクライナやガザの陰でスポットが当たりにくいが、ミャンマーはアジア最大の戦場と呼べる。
2021年2月のクーデタでアウン・サン・スー・チーら民主派が逮捕・投獄されて以来、民主派が事実上の亡命政権「国民統一政府」を発足しただけでなく、それまで押さえ込まれていた少数民族の武装組織が各地で蜂起し、軍事政権と衝突を繰り返しているのだ。
戦闘と並行して、軍事政権支持者による民主派、異教徒、マイノリティへの襲撃も増えていて、死者は6000とも3万以上ともいわれる。
武装組織を社会的に孤立させるため、反体制派を支持する住民まで国軍は組織的に殺害しているといわれ、こうした手法を国連は「ジェノサイド」と呼んでいる。
このミャンマーで15日、武装組織の一つアラカン軍が「北西部の拠点を制圧した」と発表した。それによると、インドやバングラデシュとの国境にちかいチン州の主要都市パレッワ一帯から国軍は駆逐されたという。
これは大きな意味をもつ。
そのわずか3日前、軍事政権はアラカン軍を含む三つの武装組織との間で停戦が合意したと発表していたからだ。しかも、その停戦合意は中国の仲介によるものだった。
中国のメンツを潰したアラカン軍とは
中国は隣国ミャンマーの最大の貿易相手国で、軍事政権の最大のスポンサーとみられている。
その仲介で停戦合意が成立したはずの直後、中国や軍事政権のスキをつくようにしてアラカン軍が北西部を制圧したことは、国軍の後退だけでなく、中国のメンツが潰されたことも意味する。
そもそもアラカン軍とは何者か?
アラカンとはミャンマー北西部の古い地名に由来し、アラカン軍はチン州やラカイン州北部での自治権拡大を求める武装組織だ。2021年のクーデタ以前から頻繁に軍事政権と衝突し、「テロ組織」に指定されていた。
ミャンマー各地ではもともと少数民族の武装活動があったが、クーデタ後はそれが拡大している。そのなかでもアラカン軍は、多くの反体制派を吸収して3万人以上ともいわれる巨大勢力になった。
アラカン軍は民主派やその他の少数民族の武装組織とも「反・軍事政権」では一致していて、民主派に軍事訓練を提供している。
アラカン軍はやはり北西部を拠点とする他の2つの武装組織、ミャンマー国民民主主義同盟軍とタアン民族解放軍を「同胞」と呼ぶ。
中国が仲介した停戦協議に応じたのはこの「3同胞同盟(3BHA)」だが、アラカン軍による北西部制圧には他の2組織も協力したとみられている。
「国軍の後退は中国の後退」か
しかし、「国軍の後退でミャンマーでは中国の影響力が衰える」といえるかは微妙なところだ。
先述のように、中国は軍事政権を支援し、欧米から湧き上がる「ジェノサイド」批判から擁護してきた。
ただし、その一方で、アラカン軍は中国製の武器を使用していて、中国から軍事援助されていると指摘する専門家も多い。
中国がアラカン軍を「てなづける」のは、軍事政権との停戦交渉に向かわせる手段になると同時に、最悪の場合の「保険」にもなる。いわば戦局がどう転んでもいいようにできる。
このように中国が対立する当事者に両股をかけるのは、ミャンマーの他の武装組織に関しても、さらにはミャンマー以外でも見受けられる。
とすると、国軍の後退が中国にとってマイナスと限らないのでは、とも思われる。
しかし、アラカン軍が中国とつながっているとすると、一つ疑問が残る。中国の仲介で軍事政権と停戦を合意したところまではともかく、なぜアラカン軍は停戦合意を破って北西部を制圧したのか?
その理由として考えられるのは、「アラカン軍が中国の足元をみた」ということだ。
なぜ停戦合意を無視したか
「アラカン軍が中国の足元をみた」とはどういう意味か。
米シンクタンク、スティムソン・センターのヤン・サン上級研究員は「アラカン軍に対する中国のコントロールは弱体化している」と述べたうえで、「お互いの利益は基本的に異なる」とも指摘する。
つまり、中国にとっての優先事項はビジネスの安全を確保する、あるいは難民の流入を抑えるための「ミャンマーの安定」であるのに対して、アラカン軍の究極目標は「北西部の自治」にある、というのだ。
ところで、アラカン軍の拠点である北西部は中国のビジネスにとって重要度が高い。中国にとってこの地はインド洋に抜けるルート上にあるからだ。
チン州の南隣ラカイン州チャウピューでは「一帯一路」構想に基づき、中国が7億ドルを出資した港湾整備が急ピッチで進められている(そのそばのシットウェではインドも同じようなプロジェクトを進めている)。
つまり、中国にとっての最善は軍事政権のもとで戦乱が収まることだが、国軍の後退でそれが難しければ、アラカン軍など3同胞同盟による北西部の治安回復は次善の策となる。
とすると、アラカン軍などが事実上の独立政権を打ち立てた場合、それ以上の戦乱で経済活動が妨げられるのを恐れて、中国はそれを黙認せざるを得なくなる公算が高い。その場合、中国以外に有力スポンサーを期待できない以上、軍事政権は「裏切り」にも公式には苦情をいえないだろう。
この推測が正しいかは、今後アラカン軍が北西部を実効支配した場合、中国がこの地でビジネスを粛々と続けるかで判定できるだろう。
ミャンマーのバルカン化?
ただし、アラカン軍の台頭がミャンマー全体の安定を意味するとは限らない。
アラカン軍が陥落させたパレッワについて、オーストラリア戦略政策研究所のナサン・ルーサー研究員はミャンマー全土で国軍が失った42番目の街と指摘し、戦闘が続いている街はあと16と推計する。つまり、国軍は徐々に全土で後退しているとみられる。
ところが、アラカン軍に限らず、少数民族の武装組織は戦術的には民主派とも協力しているが、その優先事項は「ミャンマーの民主化」よりむしろ「ビルマ人による支配」を拒絶することにあるとみた方がよい。独立以来、ビルマ人中心の政府は少数民族の権利を制限してきたからだ。
そのため、アラカン軍のように国軍を後退させる状況が各地に広がれば、ミャンマーが分裂する可能性すらある。ミャンマー出身の政治アナリスト、カウ・フサウ・フライン氏はこれを「バルカン化」と表現する。
とすると、民主派の国民統一政府はアラカン軍による北西部制圧を歓迎する声明を発表しているが、内心は穏やかでないだろう。
2021年のクーデタで口を開いたミャンマーの全面的な内戦は、ミャンマーという国家そのものを崩壊させるかもしれないところまできているのである。