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ミャンマー軍政と対立する少数民族に中国がコロナワクチン接種をする理由

六辻彰二国際政治学者
ミャンマーで軍事政権への抗議デモに手製の空気銃と発煙筒をもって参加する参加者(写真:ロイター/アフロ)
  • ミャンマーでは少数民族の支配地域で中国がコロナワクチンの接種を行なっている。
  • 中国はミャンマー軍事政権の後ろ盾であるが、少数民族はこれと衝突を繰り返しており、中国とミャンマーの少数民族は軍事政権を挟んで敵・味方の立場にある。
  • それにもかかわらず中国がミャンマーの少数民族を支援していることは、ミャンマー情勢がどう転んでも中国の立場が揺らぎにくいことを示す。

 ミャンマーではクーデタに反対する民主派が少数民族の武装組織と連携を強め、内戦の危機が迫っているが、ミャンマー軍事政権を支援してきた中国は、どう転んでも利益を失わない手を打っている。

「敵に塩を送る」中国

アル・ジャズィーラは5月10日、ミャンマー北東部の中国国境に近いカチン州やシャン州北部で中国赤十字が新型コロナのワクチン接種を行なっていると報じた。これはミャンマーの少数民族カチンの武装組織、カチン独立軍(KIA)が支配する地域にあたる。

 KIAはカチンの自治権を求め、1961年から武装活動を続けてきた。その規模は1万人以上にのぼり、ミャンマー少数民族の武装組織のなかでも、とりわけ規模の大きなものの一つだ。

 その支配地域でワクチン接種を進める中国赤十字は、日本赤十字など国際赤十字・赤新月社に加盟する他の国の団体と同じく、形式的には民間団体だが、中国において政府の意向に反する団体はあり得ず、KIA支配地域での活動も中国政府の了解があるものとみてよい。

 だとすると、これは奇怪にさえ映る。KIAと中国はミャンマー軍事政権を挟んで敵・味方の関係にあるからだ。

民主派を支持するKIA

 広く知られているように、ミャンマー軍事政権は中国を後ろ盾としている。そのため、クーデタに反対するデモ隊により、中国企業はしばしば放火などの標的にされてきた。

 この対立構図はKIAも同じだ。KIAはもともと軍事政権と衝突を繰り返し、2月1日のクーデタ以来、民主派のデモを支持してきた。

 民主派は4月16日、現在のミャンマー憲法の廃止や、国軍に代わる政権として「国民統一政府」発足を発表した。軍事政権はこれを「テロリスト」と呼んだが、KIAは国民統一政府も支持している。だからこそ、ミャンマー軍事政権はKIA支配地域でコロナワクチン接種をほとんど行なっていない。

 それにも関わらず、中国赤十字はKIA支配地域でワクチン接種を進めているのであり、アル・ジャズィーラは2月以来すでに2万人が接種を受けたと報じている。

敵の味方は敵か?

 関係の構図だけみると、軍事政権の後ろ盾である中国がKIAを敵視しても不思議ではない。それにもかかわらず、中国赤十字がKIA支配地域でワクチン接種を進めていることは、ミャンマーと中国の複雑な関係を象徴する。

 一言でいえば、KIAは軍事政権と衝突していても、その後ろ盾である中国とは必ずしも敵対していないのである。「敵の敵は味方」という古い格言があるが、「敵の味方が敵」とは限らない。

 その一つの転機になったのが、2015年10月に結ばれた全国停戦合意(Nationwide Ceasefire Agreement)だった。これはミャンマー各地にある8つの反政府少数民族の武装組織とミャンマー政府・軍の間で結ばれたもので、武装組織の武装放棄などが合意された。

 この会議の議長だったのは、軍事政権をかつて率いたテイン・セイン元将軍で、「この合意は我々から将来世代への歴史的な贈り物だ」と自画自賛した。

国軍に忖度した先進国

 しかし、自ら少数民族を弾圧し続けた者の発言を鵜呑みにはできない。

 実際、8つの武装組織が全国停戦合意に参加した一方、7つの武装組織はこれに参加せず、そのなかにはKIAも含まれた。全国停戦合意ではKIAなどが求める自治権などについて触れられなかったからだ。

 なぜ多くの当事者がボイコットするような合意が成立したか。

 この全国停戦合意は、国連の他、アメリカ、イギリス、ノルウェー、そして日本などの調停で実現した。ところが、ミャンマーへの経済進出を目指したい各国はミャンマー政府・軍に配慮し、その意向を汲んだ協議に終始した。

 その結果、KIAなど7つの武装組織は全国停戦合意を「降伏に等しい」と拒絶したわけだが、これらは軍事政権と対決を続けるうえで西側の支援も期待できなくなったのである。

二股をかける中国

 こうした状況のもとでKIAが接近した相手は、まさかの中国だった。

 2018年、KIAはミャンマー最大の反政府少数民族組織、ワ州連合軍(UWSA)と同盟を結んだ。UWSAは冷戦時代のビルマ共産党にルーツがあり、歴史的に中国と深い関係をもつ。

 UWSAとの同盟は、KIAが実質的に中国から支援を受けることを可能にした。香港メディア、アジア・タイムズの取材に対して、KIA幹部は「我々は中国と簡単に行き来できる」と述べており、ミャンマー政府が人道支援を規制するカチン避難民キャンプに中国から食料や医薬品が流入していると報じられる。

 ミャンマー政府・軍を支援してきた中国にとって、KIAを「手なずける」ことは無駄ではない。KIAはミャンマー北東部のカチン州やシャン州北部を勢力圏にしているが、ここはミャンマー産天然ガスを中国へ向けて輸出するパイプラインが通る地域でもあり、その安全を確保するうえでKIAへの支援は役に立つ。

 その結果、中国はミャンマー国軍とKIA(およびUWSA)の両方を支援してきたのであり、コロナ禍に直面する現在、ミャンマー政府向けにワクチンを送るのと同時にKIA支配地域でワクチン接種を進めていることは不思議でない。また、KIAが中国に出入りしているなら、なおさらワクチン接種を進める必要がある。

 ワクチン接種は形式上あくまで民間団体である中国赤十字の人道活動なので、軍事政権も表立って文句はいいにくい。

リビアの二の舞はない

 だとすると、内戦の危機が迫るミャンマーで情勢が今後どのように展開しても、中国はあまり困らないとみられる。

 民主派を中心とする国民統一政府は5月5日、独自の部隊「国民防衛隊」の発足も発表し、KIAなど反政府少数民族の武装組織との連携を強化する方針を示した。

 しかし、仮にミャンマーが全面的な内戦に陥り、軍事政権が敗れたとしても、民主派が頼みとするKIAやUWSAには中国が保険をかけているインドメディアによると、その軍事活動の激しさからミャンマー国軍が最も警戒する西部の反政府組織アラカン軍にも中国の支援が渡っているという)。そのため、中国はいざとなれば軍事政権を切り捨てることもできる。

 2011年に北アフリカのリビアで中国が支援していたカダフィ体制が崩壊し、西側が支援する反体制派が内戦に勝利した時、リビアの原油開発で大きな存在感をもっていた中国系企業が新体制のもとで一掃されたが、こうしたことはミャンマーでは想像しにくい。

 逆にいえば、中国に対して分が悪いことが分かっているからこそ、リビアの場合と異なり、ミャンマー情勢に対して欧米は及び腰になりやすいともいえる。いざコトが起こってから外部が「自由」や「民主主義」を叫ぼうとも、ミャンマーが中国の引力から逃れるのは難しいのである。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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