中国はロシアに協力するふりをしつつ裏切るか――中央アジア争奪をめぐる暗闘
- ロシアの‘裏庭’中央アジアに中国は進出を加速している。
- これは「ウクライナに忙殺されるロシアに代わって中央アジアの結束を固めるため」というより、ロシアの縄張りに本格的に切り込むためとみられる。
- この地域は中国にとって死活的な重要性を増しており、米ロが身動きしにくい間隙をついてアクションを起こすのは中国の常套手段でもある。
中国がロシアと完全に手を切ることは想定できないが、その一方でロシアと一蓮托生するつもりでいるとも思えない。
「裏切り」を思わせる4つの理由
G7広島サミットの開催日と同じ5月19日、中国政府は中央アジア5カ国の首脳を招いた国際会議C5+1を西安で開き、その共同宣言で「先進国が古臭い冷戦型の思考に陥っている」と批判したうえで、先進国主導の国際秩序と異なる秩序の必要を強調した。
この場で中国政府はインフラ建設などのために38億ドルの資金協力を約束した他、貿易や投資のさらなる活発化で合意した。
中央アジア5カ国は1991年のソビエト連邦崩壊にともなって独立したが、その後もロシアの影響が強い。
そのためC5+1西安サミットを「先進国vs中ロ」の構図でとらえ、「ウクライナ戦争に忙殺されるロシアに代わって中国が中央アジアの結束を固めること」が目的だったと理解することは可能だ。
しかし、別の捉え方もできる。
「ロシアがウクライナ戦争で手一杯の隙に、ロシアの‘裏庭’に中国の影響力を伸ばすこと」が主な目的だったという見方だ。
そのように考えられる理由は主に4つある。
1.中央アジアでロシア不信が表面化している
2.中国にとって中央アジアの重要性が高まっている
3.ロシアのいない場で全面的な支援を約束した
4.これまでも中国は米ロが忙殺されているタイミングで大きなアクションを起こしてきた
ロシア植民地主義への警戒
第一に、中央アジアではロシアへの警戒感が表面化していることは、中国にとってチャンスといえる。
中央アジアはロシア帝国の時代に編入された。それ以来いわばロシアの縄張りで、それはウクライナ侵攻後も同じだ。
例えば昨年、中央アジアで経済規模が最大のカザフスタンでは世論調査で、ロシアとの関係強化を支持した回答者は88%にのぼり、英シンクタンクのアリーシャ・イルハモフ博士は「ロシアの影響力を過小評価するべきでない」と述べている。
ただし、その一方でカザフ政府はウクライナ侵攻にしばしば否定的な反応を示してきた。
昨年9月、ルハンスク州やドネツク州などでロシア編入の賛否を問う住民投票が、両州を実効支配するロシアのテコ入れで行われ、賛成多数の結果が発表された。これを先進国は揃って批判したが、カザフ政府も住民投票そのものを認めないと表明した。
こうした反応は極めて稀だ。そこにはロシアの植民地主義的な態度への疑念があるとみてよい。
プーチン大統領は2014年8月、「カザフ人には国家がなかった」と発言した。要するに「18世紀のロシア帝国による編入がカザフ人に近代国家の観念をもたらした、だから現在の国境線にたいした意味はない」と言いたかったのだろう。
歴史的に正しいかどうかはさておき、この主旨をあえて強調すれば「場合によってはカザフの領土をロシアが取り戻すこともあり得る」となる。この論理が成立するなら、アフリカ大陸もイギリスやフランスのものにできる。
プーチンのこの主張はウクライナ侵攻に関してもよく聞く。プーチンはウクライナ国家の起源をロシア人入植に求め、「ウクライナという国はもともとなかった」、「歴史の誤りを正す」と侵攻を正当化してきた。
とすると、ウクライナ侵攻はカザフ政府にとって自国の領土や主権にも関わる問題といえる。カザフ政府は「西と東、グローバルノースとグローバルサウスとの架け橋になる」と強調しているが、これはロシアと一定の距離を保ちつつ、ロシアとの摩擦を必要以上に高めないためとみられる。
カザフほど鮮明ではなくとも、ウズベキスタンやキルギスタンも「懸念」を表明し、ウクライナ侵攻とは距離を置いている。
このように中央アジアには、国ごとに差があっても、ロシア以外の選択肢を視野に入れる機運があり、それはこの地に関心をもつ国にとって絶好のタイミングともいえる。
中国にとっての死活的重要性
第二に、中国から見た中央アジアがこれまでになく重要度を増していることだ。
この地はもともと中国にとって関心の高い地域だ。
中央アジアと接する中国の新疆ウイグル自治区には、中華人民共和国が建国を宣言した1949年以降、生産建設兵団という名の屯田兵が送り込まれた。その任務はこの地の開拓、少数民族の管理、そして当時ソ連の一部だった中央アジアとの国境警備にあった。
つまり、表面的なアピールとは裏腹に、中国は歴史的にソ連/ロシアへの警戒心を抱き続けてきた。それは今も基本的に同じで、中央アジアを取り込めれば、その向こうにあるロシアとの間に緩衝材を挟む効果が期待できる。
これに加えて、天然ガスの産出国が中央アジアに多いことも、中国にとっての重要度を高めている。2022年の中央アジア5カ国と中国の間の貿易額は700億ドルにのぼり、このうち最大の経済規模をもつカザフスタンとの間のそれは310億ドルを占めた。
急速に高まる中国の存在感に、現地では反中感情も表面化しており、米シンクタンク、オクサス協会によると、2018年1月1日から2021年6月30日までの間にカザフで反中デモは241回発生した。
しかし、それでも西安サミットで習近平は中央アジアと中国の間のパイプライン建設をさらに加速させると強調した。
そこには中央アジアだけでなく中東への関心も含まれているとみた方がよい。
今年3月、それまで国交を断絶していたサウジアラビアとイランは中国の仲介で外交関係を修復した。これによって中東における中国の存在感はかつてなく高まった。
ところで、中東と中国をつなぐ陸路のルート上には中央アジアがある。つまり、中東からパイプラインを敷設し、エネルギー安全保障を強化する場合、中央アジアを取り込むことが中国にとって死活的な重要性をもつのだ。
ロシアがいないところで
第3に、中央アジアへのアプローチ強化が、ロシアのいないC5+1で打ち出されたことだ。
中国とロシア、そして中央アジア各国がいずれも参加する組織としては上海協力機構(SCO)がある。
しかし、このタイミングのSCOで中国がアプローチ強化を打ち出せば、ロシアの露骨な警戒を招くだけでなく、カザフなどに「中ロが一体となって締め付けを強めようとしている」と思わせかねない。
その場合、カザフなどはむしろ先進国への接近に舵を切る可能性も大きい。
むしろ、ロシアがメンバーではないC5+1で中国がアプローチ強化を打ち出したことは、カザフなどに「ロシア以外の大きな選択肢」として中国を意識させやすいといえる。
これがロシア政府の神経を苛立たせることは疑いないが、かといって表向きは文句を言うこともできない。
もっとも、こうしたことは初めてではない。習近平の代名詞ともいえる「一帯一路」構想は2013年に発表されたが、それはカザフスタン訪問中のことだった。
ユーラシア大陸からアフリカ大陸までをカバーする中国主導の経済秩序の構想は、ロシアだけでなくその縄張りまでも含まれている。
これに対して、プーチンはその翌2014年、旧ソ連圏の経済協力を目指す「ユーラシア経済連合(EAEU)」の創設を発表し、さらにその翌2015年にはEAEUを「一帯一路」と結びつけることを提案した。
この顛末にもやはり、表向きの友好とは裏腹の、中央アジアをめぐる中ロの静かなつばぜり合いを見出せる。
世界の目が向かいにくいタイミング
そして第4に、タイミングの問題だ。
中国による中央アジア進出の加速はロシアだけでなくアメリカからも強い警戒を招きやすい。しかし、米ロはウクライナ侵攻で身動きが取れない。
冷戦期以来、中国は世界の目が一ヶ所に集中しているタイミングで重大なアクションを起こす傾向がある。
1962年10月、中国は領有権争いを抱えるインドのアクサイチンなどに軍事侵攻して実効支配するに至った。これはキューバ危機で人類が核戦争の淵に立ち、米ソがその解決に忙殺されていたタイミングだった。
また、「中国のアフリカ進出」は今やよく知られるテーマだが、その土台ともいえる中国アフリカ協力フォーラム(FOCAC)は1999年5月、中国政府とマダガスカル政府の間でフォーラム創設に関する合意が形成されたことをきっかけにスタートした。
これはちょうど東欧コソボで発生した軍事衝突により、この地を縄張りにしてきたロシアと欧米の対立がエスカレートしていたタイミングだった。
つまり、長年あたためた計画を人目をひきにくいタイミングで実行するのが中国のパターンといえる。
だとすると、ロシアの‘裏庭’に背後から手を伸ばそうとする習近平にとって、ウクライナ戦争は世界の目を届きにくくする煙幕ともいえるだろう。これが中国の期待通りに進むなら、その意味でもウクライナ侵攻は大きな歴史の節目になるかもしれないのだ。