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ミンダナオ島IS掃討作戦の終息:マラウィ危機後のフィリピンを待つ「四つの罠」

六辻彰二国際政治学者
廃墟となったマラウィの街を進むフィリピン軍の車両(2017.10.23)(写真:ロイター/アフロ)

 10月17日、フィリピンのドゥテルテ大統領はミンダナオ島マラウィが「イスラーム国」(IS)系のアブ・サヤフやマウテから解放されたと宣言。これに続き、10月21日にはフィリピン軍のパモナグ司令官が、マラウィの一部で部隊がまだ活動を続けているものの、IS系勢力との戦闘に勝利したと発表しました

 米国嫌いのドゥテルテ大統領と親米派の多いフィリピン軍は必ずしも関係がよくないため、両者の声明が食い違うことも珍しくありません。しかし、両者が同様の発表を行ったことから、5月から続いてきたミンダナオ島での戦闘は、ほぼ終息したとみてよいでしょう。

 ただし、フィリピンにとって戦闘の終息は、必ずしも平穏を意味しません。今後、ドゥテルテ大統領率いるフィリピンは、どんな「敵」や課題に直面するのでしょうか。そこには、大きく4つのリスクを見出せます。

強気がもつリスク

 まず第一に、今回の「勝利」がドゥテルテ大統領をこれまで以上に「強気」にすることで、国内政治を逆に混乱させかねないことです。

 フィリピン軍は部分的に米国やオーストラリアから支援を受けながらも、基本的に独力でIS系組織からマラウィを解放。これはドゥテルテ大統領にとって、国民に対して大いに面目をほどこすものだったといえます。

 ただし、ドゥテルテ大統領の神通力にも陰りが見え始めています。ドゥテルテ大統領は麻薬取引や犯罪に厳しい態度で知られ、その強気が人気の源泉でした。しかし、マラウィ危機の最中の8月16日、マニラで2人の10代の若者が麻薬取締官によって殺害されたことをきっかけに大規模な抗議デモが発生した後、支持率は78パーセントから67パーセントに下落

 その支持率が未だに高水準を保っていることは確かですが、10ポイント以上の支持率の下落は初めてのことです。この状況下、ドゥテルテ大統領がマラウィ危機を契機に導入した非常事態宣言の早期終結を求める声も噴出しています

 マラウィ危機の終息を受けて、10月21日にドゥテルテ大統領は早くも警察に「麻薬戦争」への復帰を命じています「麻薬戦争」を名目に、大統領に独裁的な権力を認める非常事態宣言を維持する場合、ドゥテルテ大統領がマラウィ危機であげた株を維持できるかも不透明になるといえるでしょう。

強気の外交方針の加速

 第二に、マラウィ危機の終息は、ドゥテルテ大統領を対外的にもさらに強気にする契機になるとみられます。

 国内の人権侵害を理由に、その就任以来、ドゥテルテ大統領は欧米諸国との関係が必ずしも良好ではありませんでした。実際、マラウィ危機が始まってからも、伝統的な同盟国である米国は、兵士の武器が人権侵害に用いられる懸念から、武器提供を行いませんでした。

 そのなかでマラウィ解放にこぎつけたことは、ドゥテルテ大統領にとって、米国への「借り」を最小限にとどめたことで、強気の外交方針を維持しやすい環境を保てたことを意味します。

 その一方で、西側先進国と対照的に、中国やロシアはマラウィ危機に直面したフィリピン政府の求めに応じて、武器提供を増加。両国にとって、マラウィ危機は米国の伝統的な同盟国であるフィリピンに接近する格好の機会だったといえますが、他方でフィリピンにとっては中ロの軍事援助は「独立路線」を強める材料になったといえます。

 こうしてみたとき、マラウィ危機後のドゥテルテ大統領は、これまで以上に、とりわけ米国に対して、強気の独立外交を展開するといえます。特に国内で「麻薬戦争」への批判が高まり、ドゥテルテ大統領が「外」に関心を向けさせて批判をかわすために反米的なトーンをさらに強めた場合、地域内の力関係はこれまで以上に動揺しかねないとみられるのです。

復興をめぐる駆け引き

 これに関連して、第三に、マラウィ危機の復興・再建は、各国間のつばぜり合いの次のステージになるといえます

 5月23日以来の戦闘では、フィリピン軍兵士や警察官から165名、武装勢力側から897名の死者がでました。さらに、市街地での戦闘は市民生活にも大きな影響を与え、40万人以上が避難を余儀なくされました

 マラウィの復興は急務ですが、破壊されつくした街の再建に必要な資金は560億フィリピン・ペソ(約11億ドル)にのぼるとも試算されます。これがフィリピン政府にとって大きな負担になることは、想像に難くありません。

 そのなかで、6月27日には早くも中国が1500万ペソの復興支援を約束。これに対して、9月5日に米国は7億3000万ペソの復興支援を申し出ました。その他、オーストラリアは10億ペソ、日本も1億ペソの提供を約束するなど、各国とも復興支援を提供しています。

 このうち、オーストラリアは近隣でISの勢力が増すことへの警戒が人一倍強く、最大の援助額を提示していることも不思議ではありません。さらに、2017年5月に中国が開催した「一帯一路」国際会議に貿易相が出席するなど、中国との関係において日米とは必ずしも同一歩調をとっていません

 しかし、少なくとも日米にとって、中国の復興支援がフィリピン援助を促す一因になったことは確かです。つまり、復興支援を通じて中国がフィリピンにアプローチする状況に、特に日米は強い関心を抱かざるを得ない状況にあるといえます

 逆に、それはフィリピンにとって「売り手」の強みを増加させる要因になることは確かですが、それが復興を加速させるかは未知数です。

 国内の公共事業などと同じく、援助には腐敗や汚職が珍しくなく、数多くの相手からアプローチされるほど、それはより容易になります。政治的な理由から「売り手」になるほど、ただでさえ汚職の目立つフィリピンで、復興・再建の事業が特定の有力者たちの食い物にされる懸念は大きくなるといえるでしょう

ムスリム同士の反目

 最後に、マラウィの解放がフィリピンにおける次のテロの呼び水になりかねないことです。特に、今回の戦闘はムスリム同士の敵意も加熱させたといえます

 戦闘の最中の7月、フィリピン政府はムスリムが多く暮らすミンダナオ島マラウィ一帯の自治権を拡充。これはマウテなどIS系をフィリピンのイスラーム社会で孤立させるものでしたが、カトリック信者が大半を占めるフィリピンにおける宗派対立を、長期的に鎮静化させる効果もあると期待されます。

 その一方で、マラウィでの戦闘が激化するなか、フィリピンの穏健派イスラーム組織であるモロ・イスラーム解放戦線(MILF)の民兵は、フィリピン軍とともにアブ・サヤフなどIS系掃討作戦に参加。先述の自治権拡大の交渉は政府とMILFの間で行われたもので、その軍事協力は自治権拡大の「見返り」であったといえます

 社会的に認知度の高いMILFが政府を支援したことは、「一般ムスリムもIS系を忌避している」、「宗派を超えてフィリピン国民が結束して過激派にあたる」というイメージ化につながったといえるでしょう。ただし、その一方で、ムスリム同士が銃口を向け合うことで、フィリピンの狭いイスラーム社会における亀裂が深まったことも確かです。そのため、フィリピン内部でもMILFがフィリピン軍と行動をともにすることに反対する声もありました

 サウジアラビアやエジプトでは、「不信仰者」である米国に協力する政府を「背教者」とみなすテロ攻撃が絶えません。アブ・サヤフやマウテなどの指導者は死亡したと伝えられており、フィリピンのIS系勢力が四散したことを考えると、少なくとも当面、フィリピンで大規模な戦闘は起こりにくいとみられます。しかし、フィリピン政府だけでなく「不信仰者」と結びついた「背教者」を狙う散発的なテロには、今後とも警戒すべきといえるでしょう

復興への道

 こうしてみたとき、マラウィ危機が終息したとはいえ、フィリピンの前途には多くの課題が山積し、決して平たんな道のりでないことが予測されます。

 とりわけ、フィリピン内部の抑圧や格差は、マウテをはじめとするテロ組織や麻薬組織の跋扈と無関係ではありません。テロや内乱は真空から生まれるのではなく、社会のひずみがその助産師の役割を果たすことで、その多くは現実のものとなります

 マラウィ危機の終息はフィリピンにとって、新たな道のりのスタートに過ぎないともいえるでしょう。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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