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強面ドゥテルテ大統領がみせた「柔軟さ」:「ムスリムの自決権拡大」でミンダナオ島は安定するか

六辻彰二国際政治学者
マラウィ郊外に設置された軍の救護所(2017.7.3)(写真:ロイター/アフロ)

 フィリピン、ミンダナオ島西部のマラウィをイスラーム過激派が占拠して約2ヵ月。7月18日、ドゥテルテ大統領は穏健派ムスリムの代表らとともに、ミンダナオ島西部におけるムスリムの自治権を拡大する方針を表明しました

 ドゥテルテ大統領といえば、強面で知られます。麻薬組織メンバーに対する「超法規的な処刑」には、欧米諸国や人権団体からの批判が集中。また、関係が悪化したオバマ大統領(当時)に「地獄へ落ちろ」と述べるなどの暴言・放言も目立ちます。さらに、マウテなどイスラーム過激派の台頭以来、ドゥテルテ大統領は戒厳令を敷き、その鎮圧を進めてきました

 しかし、その強面のイメージからは意外なほど、少数派の宗派を自主性を保護し、宗派共存を目指す今回の「自治権拡大」は柔軟な方針です。これは、なぜ生まれたのでしょうか。また、これによってミンダナオ島の危機は克服されるのでしょうか。

バンサモロ基本法の「復活」

 今回、ドゥテルテ大統領が示したのは、ミンダナオ島のムスリムに自治権を与える内容のバンサモロ基本法の法案です。バンサモロとは、ミンダナオ島のムスリムの総称です。

 もともと、以前に取り上げたように、フィリピンでは、圧倒的多数を占めるキリスト教徒の支配を拒絶し、独立を求めるイスラーム勢力がありました。2014年、当時のアキノ大統領は、ミンダナオ島に拠点をもつモロ・イスラーム解放戦線(MILF)との間で、停戦と引き換えにムスリムの自治権を認める合意を形成

 その内容は、外交、防衛など国家の基本的な権限を中央政府が握り続ける一方、教育、徴税、年金、刑務所やインフラの管理など幅広い領域でバンサモロ政府の自治権を認めるものでした。特に司法権の自主性が認められたことは、コーランの教えに沿ったイスラーム法に基づく裁判の実現を可能にするもので、MILFにとって大きな成果だったといえます。

 ただし、バンサモロ基本法は、アキノ大統領の退陣とともに立ち消えとなりました(後述)。今回の合意は、2014年の合意に基づきながらも、バンサモロの自治権をさらに強化するもので、政府とMILFが共同でドゥテルテ大統領に提出。今後、この法案は議会で審議され、成立する見込みです。

「解毒剤」に期待される効果

 バンサモロ基本法の導入を指して、ドゥテルテ大統領は「解毒剤」と呼んでいます。つまり、穏健派のMILFに「ムスリムの自治権拡大」を提案することで、フィリピンにおけるイスラーム社会のなかで、マウテなどの過激派を孤立させ、その勢力を抑え込むことが期待されているのです

 フィリピン軍はロシアや中国からの武器支援を受け、米軍特殊部隊からの支援も受けています。しかし、マラウィを占拠したマウテなどとの戦闘は、長期化の様相を呈しています。

 そこには、大きく二つの要因があげられます。第一に、マウテなどの過激派が、ミンダナオ島のムスリム、特に貧困世帯出身の若年層をリクルートしながら活動していることです。

 第二に、シリアやイラクを逃れたISの「落ち武者」をはじめとする外国人戦闘員がミンダナオ島に集まっていることです。7月21日に公表された、インドネシアの紛争政策研究所(IPSC)の報告書によると、昨年の段階でシリアのIS中枢からミンダナオ島の過激派グループに向けて、少なくとも数十万ドルの資金が渡ったといわれます。その背景のもと、フィリピンの過激派は周辺諸国でも戦闘員をリクルートしており、なかにはタイで収監中のウイグル人(国籍上は中国人)を脱獄させたケースも報告されています

 つまり、シリアやイラクほどでないにせよ、「イスラーム国家の建設」を叫ぶ過激派がフィリピン内外で補充される状況からすれば、軍事的な制圧だけでは限界があります。その意味で、穏健派ムスリム団体の支持のもと、「ムスリムの自治」を認めたことは、ドゥテルテ大統領の「力押しだけでないテロ対策」という、現実的な方針を示すものといえるでしょう。

 その一方で、7月6日にフィリピン政府は、その前日にロイター通信が報じた「マウテなど過激派と交渉する用意」について強く否定。これに関連して、MILFもマウテなどと政府を橋渡しすることはないと強調しています。つまり、少なくとも公式には、ドゥテルテ大統領はMILFのみを交渉相手とみなし、マウテなどの過激派とは「話し合う余地がない」という姿勢を崩していないのです。

 とはいえ、ドゥテルテ大統領が過激派と穏健派の「裏の結びつき」に期待したとしても不思議ではありません。それは、英国の北アイルランド問題で、英国政府がテロを続けたアイルランド共和国軍(IRA)を取り締まり続けた一方、合法的な活動を重視したシン・フェイン党との間で自治交渉に臨み、長期的にIRAの勢力を衰えさせたことにも通じるものです。

独裁化への懸念

 ただし、この柔軟路線の影で、「ドゥテルテ大統領がマラウィ危機を利用して「独裁者」としての地歩を固めようとしている」という批判もあります。

 ドゥテルテ大統領は、マラウィ危機を理由に、5月23日に発布された60日間の戒厳令を、年末まで延長することよう議会に要求。この提案は、7月22日、上下両院で承認されました

 しかし、戒厳令延長には、フィリピン国内でも「独裁を招く」という批判があります

 フィリピン政府によると、5月23日から7月16日までの間に、フィリピン軍兵士から97人、民間人から45人、犠牲者が出た一方、当初600人ほどとみられたマウテなど過激派のうち411人が死亡しています。ところが、これに対して、フィリピン軍はマウテの生存者を「約60名」と発表しています

 現場にいる軍の発表より、政府のものの方が、マウテの生存者が多いことは、「戒厳令を正当化するためにドゥテルテ大統領がマウテの生存者を多めに見積もっているのではないか」という疑惑を呼んでいるのです。

 フィリピンでは、マルコス大統領(当時)が「共産主義ゲリラの脅威」を理由に1972年から1981年まで戒厳令を敷き、20年以上におよぶ支配を強化した歴史もあります。そのため、ドゥテルテ大統領は「自分はもう72歳だ。いつまで生きられると思っている」と強調し、マルコスのように長期間権力を握ることがないと主張。独裁化の懸念を払拭することに躍起となっています。

「独裁者」だからこその宗派共存

 「非常時」を強調することで権力の独占を正当化することは、「独裁者」の常套手段です。

 その一方で、ムスリムに自治権を認めることで宗派間の対立を和らげようとする柔軟路線は、逆説的ではありますが、ドゥテルテ大統領が「独裁者」とも呼ばれるほどに強い権限を握っていることで可能になったといえます。

 先述のように、今回のバンサモロ基本法は2014年の法案を下地とします。しかし、2014年当時、バンサモロ基本法は、国民の多くから強い拒否反応をもって迎えられました。

 2015年の世論調査では、バンサモロ基本法を成立させることにフィリピン人の44パーセントが反対し、明確に賛成したのは21パーセントのみ。特に反対が目立ったのは、他ならぬミンダナオ島の住民(66パーセント)でした。反対の多くは、ミンダナオ島のキリスト教徒によるとみられます。いずれにせよ、多くの国民が否定的な反応をみせた結果、議会での審議は難航し、バンサモロ基本法はアキノ大統領の退陣とともに立ち消えになった経緯があります。

 一方、ドゥテルテ大統領は、海外や国内の一部から根強く批判されていても、国内では幅広い支持を集めています。就任から一年たった6月末の段階に行われた世論調査では、約8割の国民が「とても信頼している」と回答しています

 「良識派」と目されたアキノ大統領のもとで作成されたバンサモロ基本法を、多くの国民は「弱腰」とみなし、これに反対しました。しかし、「無頼派」であるドゥテルテ大統領のもとだからこそ、バンサモロ基本法が進められる公算は大きくなっているといえます。これは、リベラルなリーダーが、常にその価値観に基づく政策を実行できるとは限らず、それと縁遠いリーダーが「結果的に」リベラルな結論に行き着くことがあるという、人間社会にありがちな「本来の目標と結果の不一致」を示す一例といえるでしょう。

ドゥテルテ大統領の綱渡り

 ただし、バンサモロ基本法が成立したとしても、それが期待通りの成果をあげるかは未知数です。

 例えば、1980年代以降のパレスチナでは、穏健派ファタハが現実的判断のもとでイスラエルとの交渉に臨んだことに反発する人々の不満を吸収し、過激派ハマスがかえって勢力をひろげることになりました。また、1990年代の北アイルランドでは、穏健派シン・フェイン党と英国政府の交渉が進み、IRAが勢力を衰えさせるなか、「おいてきぼり」となった過激派がIRAを飛び出し、テロ活動を続けました。

 これら各地の宗派・民族対立の事例からは、自治権をめぐる交渉が始まった時、穏健派リーダーが「内輪」をどれだけ固められるかが、その成否を大きく左右するといえます。ドゥテルテ大統領がマウテなど過激派以外のムスリムの反感を必要以上に集めれば、MILFもミンダナオ島のイスラーム社会をまとめることが困難になります

 したがって、ドゥテルテ大統領は、一方で戒厳令のもとで過激派を力づくで押さえ込みつつ、他方でそれを一般ムスリムの反感を招かない程度にセーブしなければならないという、困難な舵取りを求められているといえるでしょう。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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