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「金がないから結婚できない」の先にある「結婚したらもっと稼がないとならない」事情【未既婚所得格差】

荒川和久独身研究家/コラムニスト/マーケティングディレクター
(写真:イメージマート)

話題にされない所得格差

所得格差という話では、大抵「男女格差」という面ばかりが取りざたされる。

もちろん、男女での違いは存在する。しかし、それは、男女差だけではなく、正規雇用か非正規雇用かの就業形態の差、就業する企業の規模の差、就業地の差、労働時間の差、継続就業年数の差、働く職種の差などいろいろな要素が組み合わさって生まれた差であって、全く同条件において比較したものではないことには留意したい。

男女の所得格差に対して、ほとんどメディアでは報道されない格差というものがある。それは「配偶関係格差(未既婚格差)」である。

恋愛できるかどうかに金はあまり関係ないが、こと結婚となると「男の経済力」は女性から極めて冷徹に判断される。婚活の現場でも「年収いくら以上が条件」というものが必ずついてまわる。事実、年収別の生涯未婚率を紐解けば、男性の場合は、年収が低ければ引くほど未婚率が高くなるという強い正の相関がある。

よって「金がない男は結婚できない」と言われるわけだが、では、実際に未婚と既婚とでどれくらいの所得格差があるものだろうか。

正規雇用の男女未既婚格差

対象を全有業者に広げてしまうと、冒頭に書いた通り、就業形態の差で大きく所得の差が出てしまうため、正規雇用における男女未既婚で比較する。また、平均値では一部の高所得または低所得者によって実態が正確に把握しきれないので、年代別中央値を算出して比較するものとする。

それをグラフ化したものが以下である。

ご覧の通り、男性では未婚と既婚の差が大きい。20-24歳時点で既婚と未婚の差はわずか1.14倍に過ぎなかったものが、子育て時期である35-39歳では1.3倍に、55-59歳では1.46倍とMAXになる。

しかし、女性の未既婚比較では、正規雇用に限定すればほぼ差はない。それどころか、未婚の男性と比較してもほぼ同じである。

ここからいえるのは、男女の所得格差というよりは、既婚男性とそれ以外の格差があると見た方が妥当ではないか、という点である。

そして、何もこれは日本だけの特殊な現象ではない。アメリカでも同様だ。

経済学者のギヨームヴァンデンブルック氏らのレポートにおいても、既婚男性だけが突出して年収が高く、未婚男女及び既婚女性は同程度という結果を報告している。

アメリカの場合、2016年のデータによれば、既婚男性は40代半ばで年9万ドルを稼ぐようになるが、未婚男女と既婚女性は揃って年5万ドルであり、既婚男性の年収はその他のグループの1.8倍になることが示されている (参照→Married Men Outearn Single Men and Women as a Whole )。

「金がないから結婚できない」の先

この結果を見て「日本もアメリカも、やはり金がない男は結婚できないのだ」と因果推論することは可能だ。平均初婚年齢帯の30-34歳でも既婚と未婚の差は1.25倍、金額にして約100万円もの差があるからだ。

しかし、視点を多重化すると、結婚後もさらに年収を上げ続ける既婚男性と30代以降年収の伸びが停滞する未婚男性から、「結婚したら男はもっと稼がざるを得なくなる」という見方も生まれてくる。

内閣府の「令和4年度 新しいライフスタイル、新しい働き方を踏まえた男女共同参画推進に関する調査報告書」に、仕事とプライベート・家庭生活のバランスの現実について配偶状況別に比較してものがある。

それによれば、未婚(調査では独身)と既婚(調査では有配偶)の男性において、「仕事に専念」および「仕事を優先」する割合の合計は、独身男性が20代から50代まで36-37%であるのに対し、有配偶男性は30代で45%、40代でも42%と、プライベートや家庭生活より独身仕事を優先する傾向が高い。

意識だけではなく、実態として、未既婚男性の労働時間を比較しても、既婚男性の方が1.3-1.4倍ほど働く時間は長い(2022年就業構造基本調査)。

単純に若いうちから、残業などをいとわず仕事に邁進することで、毎月の給料だけではなく、管理職などへの昇進を遂げて、結果として未婚男性より大きく年収をあげることになっているのかもしれない。

裏を返せば、夫や父になった以上、稼がないといけないということでもある。

「令和モデル」という空虚

男女共同参画白書においては「固定的性別役割分担を前提とした昭和モデルから脱却し、令和モデルに切り替える時である」などと、まるで「夫が家族の大黒柱として一生懸命働くこと」が悪しきものであるかのように言われているが、現実的には、結婚や出産・子育てを契機に夫の一馬力にならざるを得ない若い夫婦は多い。働きたくないから専業主婦になっているのではなく、就業を継続できない理由がある場合が多いのだ。

そうした時に、夫婦のそれぞれの稼ぎを天秤にかけて、「外は夫にまかせた。内のことは妻が担う」という夫婦役割分担を夫婦が合意の上で決める場合もあるだろう。そうやって決めた役割に基づいて、家族のために一生懸命一馬力で働いている夫を「古臭い昭和モデル」などと切り捨てていいものだろうか。夫婦からすれば「それぞれ事情があるんだよ。他人の家を勝手に昭和モデルなどと決めつけるなよ」と言いたくもなるだろう。

東京の大企業のように、代替え要員も豊富で、育児休暇制度など福利厚生も充実している会社に勤務し、保育所機能も充実している自治体に住む人ばかりではない。「世帯所得が足りないなら働き続ければいいじゃない」とマリー・アントワネットのような能天気なことを言われても困るのだ。

提供:アフロ

共稼ぎ夫婦が増えたというが…?

今回は正規雇用だけに限定して比較をしたが、メディアは何かと専業主婦世帯が大幅に減って共稼ぎ夫婦が増えたという話ばかりをする。しかし、実態としてフルタイム就業している妻の割合は1980年代から一貫して3割程度でまったく増えてはいない。増えているのは、パートなどの短時間就業妻の割合である。

これも視点を変えれば、かつて皆婚時代は、結婚すれば夫の一馬力でもなんとかなっていたということでもある。今は特に中間層の場合、夫の稼ぎだけでは到底足りなくなっているのだ。ちなみに、この専業主婦世帯の減少分だけ婚姻数は減っている。

中間層の婚姻と出生だけが減少している原因がここにある。

独身であればなんとか暮らしていける所得でも、家族を持つには足りないと諦めてしまう若者も多い。

過去記事でも紹介したが、実際2014年くらいまでは、20代の一馬力でも結婚できていたのに、この10年で結婚に必要な年収意識ばかりが増大し、実質所得は全く増えていない。現実をみれば、諦めてしまうのも無理はないだろう(参照→20代の若者が考える「年収いくらなら結婚できるか?子ども産めるか?」その意識と現実との大きな乖離)。

実態を無視した「令和モデル」などとキレイごとでは家族は運営していけない。全員が東京の大企業並みの給料と福利厚生があるなら話は別だが。

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独身研究家/コラムニスト/マーケティングディレクター

広告会社において、数多くの企業のマーケティング戦略立案やクリエイティブ実務を担当した後、「ソロ経済・文化研究所」を立ち上げ独立。ソロ社会論および非婚化する独身生活者研究の第一人者としてメディアに多数出演。著書に『「居場所がない」人たち』『知らないとヤバい ソロ社会マーケティングの本質』『結婚滅亡』『ソロエコノミーの襲来』『超ソロ社会』『結婚しない男たち』『「一人で生きる」が当たり前になる社会』などがある。

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