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自民党総裁選挙の背後では二階幹事長の続投を巡る暗闘が激しさを増す

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(603)

葉月某日

 自民党は菅総理の自民党総裁任期が9月30日で満了するため、総裁選挙の日程を9月17日告示、29日投開票とする日程を決めた。3年ぶりに党員・党友を含めたフルスペックの方式で実施される。

 つまり国会議員票383票とそれと同数の党員・党友票383票の計766票の過半数を得た者が新総裁に選ばれる。過半数を得た者がいなければ、上位2名による決選投票が行われ、国会議員が新総裁を選ぶことになる。

 総裁選挙にはこれまでに菅総理が出馬の意向を明らかにしたほか、安倍前総理に近い高市早苗氏と下村博文政調会長も出馬を明言したが、総裁選の日程が決まった26日には岸田文雄前政調会長も出馬を表明した。

 前回の総裁選に出馬した石破茂元幹事長は、コロナ禍の中で政治空白を作ることに反対し、フルスペックの総裁選は行うべきでないと主張してきたが、しかしその主張は退けられた。一般的には出馬しないと見られているが、しかし一寸先は何でもありの政界のことだから出馬の可能性がゼロだとは考えない方が良い。

 メディアは、横浜市長選で菅総理が全面支援した小此木八郎氏が野党候補の山中竹春氏に大敗した直後であるため、「菅総理では総選挙を戦えない」とする自民党若手議員の声を過大に取り上げ、「デルタ株の猛威」と併せて菅総理の失政を強調する傾向がある。

 しかしフーテンはコロナ禍の真っ最中に総理を変えることを自民党がやるとは思えない。むしろこの総裁選の背後で、二階幹事長を巡る党内対立の駆け引きが活発化すると見ている。総裁選は二階幹事長を辞めさせたい側と続投させたい側の戦いだ。

 26日の岸田文雄氏の出馬会見で、岸田氏は「国民の協力や理解を得るための言葉が必要」と菅総理の発信力不足を批判する一方、国家権力が私権を制限する法改正の必要性を訴えるなど従来の「リベラル志向」とは相容れない主張で菅総理との差別化を図った。

 しかし具体策となるとワクチン接種の加速化とか医療体制へのテコ入れとか、菅総理の路線と大差がない。聞く限り誰がやってもコロナ対策にそれほどの違いはなく、政治の役目は国民感情のコントロールをどれだけうまくやるかということでしかない気がする。

 むしろ岸田氏の主張で注目されたのは「総裁を除く党役員の任期を1期1年、連続3期まで」としたことである。「権力の集中と惰性を防ぐため」と説明したが、これは連続5年間にわたり幹事長にとどまっている二階氏を念頭に置いたものとみられる。つまり自分が総裁になれば二階幹事長を続投させないと宣言したわけだ。

 これは二階幹事長を交代させ、甘利明税調会長を幹事長に据えようとしている安倍―麻生連合に向けたアピールである。ここにこそ今回の自民党総裁選の隠されたテーマがあるとフーテンは思う。

 フーテンの考えを理解していただくためには2つのことを説明する必要がある。1つは現在の政治構図である。菅総理の誕生は、専門家に厳しく批判された全国一斉休校や、アベノマスク、コラボ動画などコロナ対策に失敗した安倍前総理が、病気を理由にコロナ対策と東京五輪の両立という困難な事業を菅官房長官に押し付けたことから始まる。

 その意図は、コロナ対策と東京五輪の難事業でボロボロになった菅政権を短命で終わらせ、今年9月の総裁選では岸田氏に交代させる計画だ。岸田氏を傀儡としてリベラル色の強い憲法改正をやらせ、その後に安倍氏自身が3度目の総理となって返り咲く。岸田氏に露払いさせた憲法改正に自分が手を付け歴史に名を残すのが目的である。

 ところが菅政権の誕生と同時に、短命で終わらせるはずの菅総理が本格政権を狙っていることが明らかになる。それを後押ししているのが二階幹事長だ。そこから安倍―麻生連合VS菅―二階連合の暗闘が始まった。

 暗闘はスキャンダルの暴露合戦となる。総務省の接待問題が暴露され、菅総理の子飼い官僚群が失脚すると、一方で「桜を見る会前夜祭」に検察捜査の手が入る。菅総理の了解なしにはあり得ない捜査である。また河井夫妻の買収疑惑で、自民党から支出された1億5千万円を巡り、二階幹事長は「自分は知らない」と発言し、安倍前総理や菅官房長官の関与をほのめかす。

 そうした中で菅総理が安倍前総理のもとに「教えを請う」形で通い始め、安倍―麻生連合は今年9月の岸田擁立を諦め、菅続投に舵を切ったという情報が流れた。スキャンダルの暴露合戦で互いが傷つくのをやめようという訳だ。その代わり安倍―麻生連合は岸田氏ではなく菅総理を傀儡にしようと考えた。

 そのためには手ごわい二階幹事長と菅総理の間に楔を打ち込む必要がある。安倍―麻生連合が菅総理に二階幹事長を切るよう要求すると、それに二階氏も対抗する。自分を切れば菅総理にも打撃が及ぶことを思い知らせる。1億5千万円の話にはその意味もある。

 また安倍―麻生連合の菅支持の最低条件は東京五輪の完全な形での開催だったが、二階幹事長は「中止もあり得る」と冷や水を浴びせ、結局、両者の間に立った菅総理は中止せずに、しかし「無観客」という不完全な形の開催にした。それがフーテンの見る現状の政治構図である。

 そしてもう一つは、感染者数の増減を政治がコントロールしている可能性があることだ。以前から書いているように検査を増やせば感染者数は増え、検査を減らせば感染者数は減る。そしてコロナの感染者数の増減は季節性インフルエンザと同じ傾向がある。つまり感染拡大は夏場と冬場に起こる。

 従って夏場に東京五輪が開催されれば、感染者数が激増することを政治はあらかじめ分かっていた。フーテンが不思議に思ったのは開会式前までは千数百人程度だった感染者数が、開会されるとみるみる4千人を超え5千人の大台に乗ったことだ。それがなぜ開会式前に起きなかったのか。起きていたら国民から中止の声が盛り上がっただろう。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:11月24日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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