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立憲民主党は議席は増やしたが獲得票数を伸ばせなかった。自民党に助けられただけの勝利である。

田中良紹ジャーナリスト
(写真:つのだよしお/アフロ)

フーテン老人世直し録(778)

神無月某日

 第50回衆議院選挙は自公政権の大敗と立憲民主党と国民民主党の躍進という結果に終わった。これで日本の政治は12年間続いてきた「安倍一強体制」、すなわち「一強他弱」という歪んだ構図から脱却する入り口にたどり着いた。

 この選挙を仕組んだ者は、自公過半数割れと石井啓一公明党代表の落選までは想定していなかっただろうが、しかし自公が大敗することと、野党が他弱状態から抜け出る方向は想定していたと思う。

 従って石破政権の責任を言う者が自民党内にいても、石破総理が責任を取って退陣することにはならない。なぜならこの選挙は与野党が権力を巡って争った選挙ではなく、与党の中で権力を巡る争い、つまり自民党最大派閥の旧安倍派を解体するのが目的だったからである。

 通常、民主主義国家の選挙は権力を巡って与野党が争う。ところがこの国では私が知る限り与野党が権力を巡って争った選挙は09年までただの一度もなかった。冷戦時代の「55年体制」は、社会党や共産党が憲法改正阻止を叫び、憲法改正の発議をさせない3分の1の議席を獲得することを目標にした。

 そのため野党第一党の社会党は過半数を超える候補者を擁立せず、全員が当選しても政権交代にならないようにしていた。社会党は権力を握って自分たちの政策を実現するのではなく、権力を握らないことで自民党に貸しを作り、裏取引で自分たちの要求を自民党に飲ませ、その実態を国民には隠していた。

 こうして日本には38年間も自民単独政権が続き、そのおかげで高度経済成長がもたらされ、日本は世界一格差の少ない経済大国を実現した。日本の経済的繁栄は欧米各国の対日貿易赤字を意味したので、欧米からは自分たちに赤字を押し付ける日本の政治は本当に民主主義なのかという疑問を持たれた。

 85年に日本が世界一の債権国に上り詰め、アメリカが世界一の債務国に転落すると、アメリカとの経済戦争が深刻になり、アメリカは日本に円高と低金利を強制し、さらに半導体輸出を制限し世界シェアを削減するよう迫ってきた。

 政権交代する政治を作らなければならなくなった日本は、88年のリクルート事件で国民の政治不信の高まりを利用し政治改革に取り組む。その結果、万年与党だった自民党は分裂し、93年の総選挙で自民党は比較第一党ではあるが過半数を割り込んだ。この時、小沢一郎氏が共産党以外の8党派をまとめて細川政権を誕生させ、自民党は初めて野党に転落した。

 今回も自民党は比較第一党を維持したが、自公連立政権は過半数を失った。誰かが野党をまとめれば自公は野党に転落する。しかし細川政権の時に起きたことは、まもなく支えていた社会党とさきがけが自民党とくっつき、社会党の村山党首を総理に担いで自民党を復権させた。いま野党を無理にまとめても、同じことが起きる可能性がある。

 

 さらに言うと、現在参議院の過半数を押さえているのは自公である。仮に野田代表が野党各党を説得して特別国会の首班指名選挙で自分の名前を書かせ、野田政権を誕生させても何もできない政権になる。なぜなら予算案以外のすべての法案は参議院で可決されない限り法律にならないと憲法が決めているからだ。

 従って日本で政権交代を起こすには、まず参議院で過半数の議席を得て、それで自公政権を追い詰め、衆議院選挙で勝利する必要がある。だから来年夏の参議院選挙が極めて重要な意味を持つ。その選挙に勝つ前に政権を握っても、野党に転落した自公から厳しい攻撃を受けて、むしろ参議院選挙で勝つことが難しくなる。

 野田代表はこの選挙結果を受け、他弱だった野党のリーダーとして、野党をまとめ上げる作業に取り掛からなければならないが、特別国会の首班指名選挙で自分の名前を書かせることを他党に要求するとしても、本当に総理にはならないようにするはずだ。

 28日の記者会見で石破総理は続投を表明した。選挙で過半数割れを起こせば退陣するのが常識だが、先に述べたようにこの選挙は与野党が権力を巡って争った選挙ではない。野党に政権を奪取する気持ちも準備もない。野党が権力を自公に委ねるのは当然だ。

 そして選挙は自民党の最大派閥が起こした「政治とカネ」の不祥事で、国民が自民党にお灸をすえる選挙だった。落選議員を多く出した最大派閥の議員たちは石破政権に不満でも、石破総理を引きずり降ろして自分たちが権力の座に就くわけにはいかない。

 最大派閥以外の自民党議員も、大惨敗と言える選挙結果では石破総理に代わって権力を握るメリットがない。むしろ苦境にある石破政権に逆らうことは周囲から批判される恐れがあり、だから石破総理の続投表明は当然の話になる。

 続投を表明した石破総理には苦難の道が待ち受ける。まず特別国会の首班指名選挙で総理に選ばれなければならない。総理になるには1回目の投票で過半数の票を得る必要があるが、どの党も過半数の票を持っていないので、上位2名の決選投票になる。

 上位2名は確実に石破総理と野田代表になる。そこで石破総理が多数を得るには立憲民主党以外の野党に野田氏の名前を書かせないか、あるいは自分の名前を書いてもらわなければならない。そのため野党と交渉する必要がある。

 記者会見で石破総理は今回の選挙で数を増やした政党の意見には耳を傾けなければならないと言った。数を増やした政党とは立憲民主党と国民民主党である。つまり石破総理は旧民主党系の立憲民主と国民民主とは友好関係を保つ必要があることを認識している。

 そこで注目されるのが立憲民主党より自民党に政策的スタンスが近い国民民主党である。国民民主党の玉木代表は「自公政権と連立は組まない」と言った。つまり入閣して政権の一翼は担わない。しかし「政策で賛成できれば賛成する」と言うから「部分連合」を考えている。つまり決選投票の首班指名選挙では野田代表の名前を書かず、石破総理が再選されることを認め、石破政権に自分たちの政策の実現を迫っていく。

 今回の選挙の数字を見ると、立憲民主党が議席数では98議席から148議席に躍進したが、獲得票では勝利していないことが分かる。前回の12年衆議院選挙で獲得した選挙区の票は1721万票だったが、今回は1574万票でむしろ減っている。比例票で前回1149万票が今回は1156万票と微増にとどまる

 それに比べると国民民主党は議席数で7議席が28議席に4倍増し、選挙区票では前回124万票が今回は235万票、比例票で264万票が617万票と躍進した。特に若者にアピールする政策と選挙戦術が功を奏して勢いを得たようだ。

 これを見ると今度の選挙で勝利したのは国民民主党であり立憲民主党ではない。立憲民主党は自民党に対する国民の怒りに助けられただけで、自らの主張で支持を伸ばしてはいない。立憲民主党はよほどしっかりしないと野党第一党の役目を果たせないとフーテンは思う。

 票数の動向をさらに比較すると、今回選挙で敗北した公明党と共産党の深刻さも浮き彫りになる。小選挙区で党の代表を落選させた公明党は、かつては比例区で1000万票獲得を目標にしたが、今回は596万票を獲得しただけで目標の6割にとどまった。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:11月24日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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