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自公政権が過半数を割ったからこそ生き延びている石破総理

田中良紹ジャーナリスト
(写真:西村尚己/アフロ)

 前回ブログで今回の選挙は「安倍一強体制、すなわち一強他弱という歪んだ政治構図を解体するための選挙」と書いた。同時に「仕組んだ者は自公過半数割れまでは想定していなかったのではないか」とも書いた。

 しかしよく考えてみると、自公過半数割れも仕組まれたのである。なぜなら自公が過半数を維持すれば、石破総理は辞任せざるを得なかった。いま石破総理が辞任せずに旧民主党系の立憲民主、国民民主と協調路線をとろうとするのは、自公が過半数割れを起こしたからである。

 選挙終盤にメディアは「自公過半数ぎりぎり」と予想した。ぎりぎりとは「ぎりぎりで維持される」という意味だ。過半数は233議席、公明党が従来の32議席を維持すれば、自民党は201議席という計算になる。その場合、自民党は議席を57減らしたことになり、自公政権は維持されても大惨敗に変わりはない。

 自民党内から惨敗の責任と辞任を求める声が上がるのは必至だ。その声に押されて石破総理は交代する可能性があった。ところが今回の選挙結果は、自民党がさらに多い67議席も減らし、しかも自公過半数割れという衝撃を生んだ。

 政権が維持されたなら出てきた総理辞任要求は、そんなことを言っている場合ではないという危機感によってかき消された。少数与党というのは滅多にない政治状況である。短命ですぐに倒れる政権を石破総理に代わってやろうとする人間がいるはずはない。

 この選挙を仕組んだ者はその状況を作り出すことも狙っていた。過半数割れしても野党に政権交代する気がないことを知っていたからだ。だから石破政権は継続され、これから自民党は旧民主党系との協調路線に踏み出す。それを自民党は誰も止めることができない。止めれば石破総理に代わる短命総理が繰り返されるだけになる。

 なぜ過半数割れが起きたか。投票日直前の10月23日、共産党機関紙「しんぶん赤旗」が、自民党は裏金事件で非公認となった候補が代表を務める政党支部にも党本部が政党助成金2000万円を振り込んだと報道した。

 これに対し自民党の森山幹事長は「党勢拡大のためで候補者の選挙のためではない」とコメントを発表した。しかし誰が見てもおかしな資金の振り込みである。振り込まれた候補者たちは口をそろえて反発した。

 自分たちの選挙を不利にする謀略で、党本部が背中から鉄砲を撃ってきたと返金する候補者も現れた。終盤に来てこの事実が報道されたことは、裏金議員はもちろん自民党候補者にとって大打撃だった。

 この報道がなければ自公はぎりぎりで政権を維持したかもしれない。しかしそれでは石破総理は退陣に追い込まれ、旧民主党系の政党との協調路線は実現しない。つまり「しんぶん赤旗」はこの選挙を仕組んだ者に利用された可能性がある。

 そう書くと、共産党と自民党に接点などあるはずがないと言う人がいる。しかし55年体制の政治を見てきた私は全くそうは思わない。社会党と自民党は実は裏で一心同体だったが、共産党も自民党に利用されてきた。

 社会党と共産党は国民の前では自民党と対立しているように見せながら実は自民党の最大の「補完勢力」だった。「9条守れ」を金科玉条にし、政権交代を現実の政治課題にしてこなかったことが自民党を万年与党にした最大の要因である。

 また安倍政権下の森友学園問題では自民党の故鴻池祥肇参議院議員が共産党の小池晃参議院議員に情報を流し、小池氏が国会で質問したことから問題が大きくなった。自民党の安倍一強を終わらせようとする勢力が「しんぶん赤旗」に分からぬように情報提供することはあり得る。それが今回の選挙で自公を過半数割れに追い込み、一強他弱を終わらせようとしているのである。

 少数与党と野党との協力関係はガラス細工のように繊細で脆い。両方がよほど慎重に事を運ばないと簡単に崩壊する。崩壊すれば政治混乱が続くだけになり、誰にとっても利益にはならない。だから当面はガラス細工を続けるしかない。

 現在は立憲民主党が首班指名選挙で野田代表の名前を書いてくれるよう野党各党に要請し、国民民主党が「手取りを増やす政策」に自民党を巻き込もうとしている。石破総理が再選されることはほぼ確実なのに、立憲民主党がやっていることにどんな意味があるのか私は理解に苦しむ。

 立憲民主党はそんなことより政治改革に正面から取り組むべきだ。「政権交代が最大の政治改革」という標語はただの標語である。政権交代しなくとも政治改革に取り組むことはできる。かつて自由党を率いた小沢一郎氏は自民党と連立する時に政治改革を条件にした。

 それによって国会で大臣の代わりに答弁する副大臣制や、定期的に党首同士が討論する党首討論が導入された。いずれも国会改革が政治を良くするという考えに基づいている。ところがそれをさせないようにしたのが、予算委員会の方が都合が良いと考える社会党や共産党だ。

 全大臣を出席させて野党がパフォーマンスを演じ、それをNHKに中継させて国民に対立する政治の姿を見せつけ、裏で自民党と取引する習慣があった。私はそれをやめさせようと90年代に米国議会と英国議会を真似た「国会テレビの実現」を提案したがあちこちから妨害され、うまくいかなかった。

 しかしこんなに馬鹿馬鹿しいパフォーマンスをしているのは日本の国会ぐらいだ。国会をまともな議論の場にしてほしい。そして裏金問題と旧統一教会問題を石破政権と連携して解明してほしい。この2つとも旧安倍派が力を持つ自民党では解明できない問題だった。しかし現状はやれる条件が整いつつある。

 特に岸信介、安倍晋太郎、安倍晋三と続く3代の政治家が、自民党に引き込んだ旧統一教会を自民党から引きはがすことは急務である。日本の政治がカルトの影響を受けないようにするのは与野党共通の課題だ。それを政権交代まで待っている必要はない。すぐにでもやるべきだ。

 裏金問題の真相はまだ解明されていない。森喜朗氏を国会に呼んで説明を聴取すべきである。本人はおそらく悪いことをやった意識はない。そのことと政治資金規正法の整合性をもう一度考えてみるべきだ。

 ロッキード事件を取材した私は、あれ以来日本人は「政治とカネ」の問題を誇大に捉え、政治を異常な目で見るようになったと思っている。それをいつかは是正すべきである。そして政治資金は罰則の強化や献金の禁止より透明性を実現することに力を入れるべきだ。

 共産党は「先進国で企業団体献金を禁止していないのは日本だけだ」と言うがそれは嘘である。OECD加盟の先進国38か国中3分の2は企業団体献金を認めている。禁止すれば裏金が増えて検察を喜ばせるだけの話になる。

 さらに立憲民主党がやるべきは、選挙争点にもなった選択的夫婦別姓を自民党に迫ることだ。これは旧統一教会の影響力排除とも重なる。自民党から影響力を排除するには旧統一教会が反対する選択的夫婦別姓を認める法改正を実現すべきである。

 小泉進次郎議員は総裁選で1年以内の法改正実現を主張した。すると急速に高市早苗議員の党員票が増え、石破議員を上回る結果になった。泡沫候補に過ぎなかった高市候補の党員票急増に私は旧統一教会の動きを疑った。

 4度も国連から勧告を受け、経団連も早期導入を求めている選択的夫婦別姓の導入は、野党が石破政権に実現を要求する機会が到来したと私は思っている。現在はキャスティングボートを握った国民民主党の経済政策「103万円の壁の撤廃」が注目を集めているが、それをうまく軟着陸させれば、政治は選挙によって変えられることを国民は実感すると思う。

 その意味で安倍一強体制を終わらせ、一強他弱を終わらせた今回の選挙は、意義のある選挙だった。ただ繰り返すが、安倍一強に代わる少数与党と弱体野党の「弱弱体制」はいつ壊れてもおかしくないガラス細工で、当事者たちは慎重に事を運ぶ必要がある。

 日本政治はこれまでにない未知の領域に入った。だから従来のパターンで政治を見るのではなく、白紙で政治を見て考えることを国民は求められているのである。

ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:11月24日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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