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「一帯一路」10周年なのに熱心に宣伝しない中国――求心力低下への警戒

六辻彰二国際政治学者
全人代で李強新総理と握手する習近平首席(2023.3.11)(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)
  • 今年で10周年を迎える中国主導の経済圏「一帯一路」構想には、これまで多くのヨーロッパ諸国も参加してきた。
  • しかし、2019年以降、香港デモとコロナ禍をきっかけに、ヨーロッパにおける反中感情はかつてなく高まっている。
  • この状況下、中国政府は今年「一帯一路」フォーラムを開催する方針だが、首脳クラスの参加が減少する公算も高い。
  • ただし、中国は「一帯一路」フォーラムを開催しないわけにもいかないジレンマに直面している。

 中国政府は「一帯一路」10周年を大々的にアピールしたくてもできないジレンマに直面している。

「一帯一路」10周年の国際会議

 2023年は習近平国家主席が「一帯一路」構想の前身「シルクロード経済ベルト」構想を打ち出して10年の節目を迎える。それを自ら祝うように昨年11月、習近平は第3回「一帯一路」フォーラムを2023年中に開催する方針を打ち出した。

 「一帯一路」はユーラシアからアフリカにかけての広大な領域に交通系インフラを建設して物流を活発化させ、中国主導の経済圏を創設することを目指す。

 「一帯一路」構想には約140カ国が参加しており、ウォール・ストリート・ジャーナルの推計では、これまで中国はインフラ建設のために約1兆ドルを投じてきた

「一帯一路」構想の一環として中国企業がマレーシア東海岸に建設中の高速鉄道(2022.1.13)
「一帯一路」構想の一環として中国企業がマレーシア東海岸に建設中の高速鉄道(2022.1.13)写真:ロイター/アフロ

 その沿線国を招いたフォーラムは、第1回が2017年5月に、第2回は2019年4月に、それぞれ開催された。

 コロナ感染拡大で中断されていた第3回フォーラムを今年中に開催するという方針は、中国にとって「ゼロコロナ政策の成功」「国際取引の本格的再開」を打ち出すメッセージになる。

 ところが、第3回「一帯一路」フォーラムの開催について、中国政府はその後、公式声明でほとんど触れてこなかった。3月初旬の全国人民代表会議(全人代)でも「一帯一路」に関する言及はほとんどなかった。

 そこには「習近平自身が打ち出した『一帯一路』構想の10周年をスルーできないが、あまり大々的に宣伝したくもない」という中国政府のジレンマをうかがえる。

首脳会合出席国が減る懸念

 中国政府にとって最大の懸案は恐らく、「一帯一路」国際会議のメインイベント、首脳会合にどれだけの国が出席するかだろう。その数が2019年の第2回より減りかねないからだ。

 中国政府は「一帯一路」フォーラムの参加国のうち、君主、大統領、首相といった首脳クラスを派遣した国だけを選別し、首脳会合(リーダー・ラウンドテーブル)を開いてきた。いわば特に積極的な国だけ特別扱いするということだ。

 もっとも、その数は実はあまり多くない。2017年の第1回で首脳会合に参加したのは中国を含めて29カ国だった。

2019年の第2回でこの数は中国を含めて39カ国にまで増えたが、それでも参加国全体の3割程度だった

 これが第3回でさらに減りかねないというのはなぜか。

 ここで注目すべきは、39カ国のなかにヨーロッパ連合(EU)に加盟する6カ国(オーストリア、キプロス、チェコ、ハンガリー、ポルトガル、イタリア)があったことだ。また、EU加盟国以外のヨーロッパからも、永世中立国で独自路線をいくスイス、EUに仮名申請中のセルビアが39カ国に含まれていた。

 ヨーロッパでも中国の投資への期待はあり、とりわけ反EU的な政府が率いるイタリアやハンガリーにそれは目立った。これは中国にとって「先進国でも中国は期待されている」とアピールする格好の手段になったといえる。

 しかし、2019年と現在では中国を取り巻く環境は大きく変わっている。

転機として香港とコロナ

 その最大の要因は香港デモとコロナ禍にある。

 アメリカのピュー・リサーチ・センターの調査では、ヨーロッパ各国における「中国に好意的でない」割合はそれまで半分前後にとどまっていたが、多くの国で2019年に急に高まった。これは香港で中国統治に対する抗議デモが拡大した時期に一致する。

 その翌2020年、武漢で発生したコロナ感染を中国当局が過小評価して隠蔽しようとしたという疑惑は、各地で反中感情をそれまでになく高め、ヨーロッパでもアジア系ヘイトを多発させるきっかけとなった。

 「人工的なウイルス開発」の疑惑は、これをさらに後押しした。

 その結果、2022年段階でスウェーデンでは「中国に好意的でない」が83%を占め、これより低いものの、イタリアやハンガリーでさえ、それぞれ64%、52%にのぼった。

中国にとってのリスク

 こうした状況下で発生したウクライナ侵攻で、ロシアと密接な関係を維持していることが、どの程度ヨーロッパで問題視されているかは不明だ。ヨーロッパでは、ロシアと異なり地理的に離れている中国を安全保障上の脅威として認知する割合は高くない。

 実際、「特に深刻な問題」に関するピュー・リサーチ・センターの質問項目で、調査対象のヨーロッパ各国のなかで最も反中感情が鮮明になったスウェーデンでは「人権問題」が59%だったのに対して、「軍事力」は34%にとどまった。

 しかし、それでもすでに反中感情がヨーロッパでかつてなく高まっている以上、第3回「一帯一路」フォーラムに首脳クラスが出席する国が減る公算は高い。例えば、これまでかなり積極的だったイタリアでも、昨年発足した新政権が「一帯一路」に基づくプロジェクトの更新を見直しているといわれる。

香港のデモ参加者(2019.12.29)。中国による統治強化に反対するデモの拡大はヨーロッパにおける反中世論が高まる引き金になった。
香港のデモ参加者(2019.12.29)。中国による統治強化に反対するデモの拡大はヨーロッパにおける反中世論が高まる引き金になった。写真:ロイター/アフロ

 仮にヨーロッパからの参加国がゼロになれば、「一帯一路」フォーラム首脳会合そのものが前回の4分の3程度の規模に縮小する。そうなれば中国政府が何より重んじるメンツは大きく傷つく。

 かといって、「首脳クラスを派遣する国が少なくなると見込まれるから『一帯一路』フォーラムを開かなかった」とみなされれば、それはそれでメンツは傷つく。だからこそ習近平はあえて「2023年中に開催」を打ち出したのだろう。かなり強気ともいえる方針だ。

習近平の強気は通るか

 しかし、この強気が裏目に出る可能性もある。

 中国は2010年代末頃から、かつてほどインフラ整備に資金を投入しなくなった。そこには「債務の罠」などの悪評が立ったことや、中国自身の財政事情など、いくつもの理由があり、これらと連動して中国政府が以前ほど国際的な舞台で「一帯一路」をアピールしなくなっているという指摘もある。

ドイツ・エルマウに集まったG7首脳(2022.6.28)。このサミットで中国を念頭にアジア、アフリカにおける大規模なインフラ投資が合意された。
ドイツ・エルマウに集まったG7首脳(2022.6.28)。このサミットで中国を念頭にアジア、アフリカにおける大規模なインフラ投資が合意された。写真:代表撮影/ロイター/アフロ

 これに対して、日本を含む西側はアジア、アフリカの「失地回復」を本格化させている。昨年の主要国首脳会合(G7)が途上国・新興国のインフラ建設のため5年間で6000億ドルの拠出を発表したことは、その象徴だ。

 もともと他の国際会議と比べても「一帯一路」フォーラムの首脳会合への参加は、中国と政治・経済両面で関係を強化するアピールとしてはかなり踏み込んだものだ。そのため、中国と政治的・経済的に近い国の多くはすでに首脳クラスを派遣している。

 中国の方針がシフトし、西側が巻き返すなか、あえて首脳クラスの派遣に新たに応じることは火中のクリを拾うようなもので、多くの途上国・新興国が「割に合わない」と判断しても不思議ではない。

グローバル・サウスのバランス感覚

 ウクライナ侵攻をめぐり、西側が対ロシア制裁を強化するなか、多くの途上国・新興国はこれと距離を置いているが、それは「ロシアを支持しているから」というより「大国同士の対決に巻き込まれたくないから」と言った方がよい。

中国、南アフリカとの共同軍事演習のため南アフリカ・リチャーズ・ベイに入港したロシア艦艇(2023.2.22)。その一方で南アフリカはアメリカとも軍事演習を行なっている。
中国、南アフリカとの共同軍事演習のため南アフリカ・リチャーズ・ベイに入港したロシア艦艇(2023.2.22)。その一方で南アフリカはアメリカとも軍事演習を行なっている。写真:ロイター/アフロ

 同じことは中国に関してもいえる。

 例えば、台湾海峡を挟んで米中の緊張が高まった昨年8月、アフリカ各国は共同で「台湾は中国の一部」であることに中国と合意したが、その一方で第2回「一帯一路」フォーラムに首脳クラスを派遣していたのは5カ国(ジブチ、エジプト、ケニア、モザンビーク、エチオピア)だけだった。これは大陸全体の10分の1程度だ。

 つまり、「一帯一路」沿線国の多くは中国と主に経済面で付き合いを深め、自分たちにあまり関わりない中国の「死活的利益」(台湾や香港など)で共同歩調をとり、いわば恩を売る一方、それ以外の部分では深入りを避けているといえる。

 だからこそ、政治的に中国と強い結びつきを持つ国のなかにも「一帯一路」フォーラムに首脳クラスが出席しない国は珍しくない(例えば南アフリカ、タンザニアなど)。そこには「踏み込みすぎれば中国に取り込まれる」という警戒感をうかがえる。

 だとすると、トップの強気の方針を受けて、ヨーロッパからの出席が減っても穴埋めできるように、アジア、アフリカ各国の政府への働きかけに駆け回らざるを得ない末端の中国外交官には気の毒ながら、首脳クラスを派遣する国をかき集めるのは容易ではない。そのため、場合によっては、第3回「一帯一路」フォーラムそのものが、まるで何事もなかったように消えることさえあり得るのである。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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