「一帯一路」国際会議は成功したのか:「既成事実」の観点から考える
5月14-15日、中国で「一帯一路」国際会議が開催されました。2013年に習近平国家主席が打ち出したユーラシア大陸を網羅する経済圏「一帯一路」構想が、いよいよ本格的に始動するとみられます。
「一帯一路」構想は、中国からヨーロッパに至る約60ヵ国(「一帯一路」沿線国の数え方は様々で、後述するフィナンシャル・タイムズは53、Quartzは64と数えている)に及ぶ広大なエリアの総合開発を目指すもの。この地域のヒト、モノ、カネの移動を促すことで、経済発展を促すとともに、中国製品の販路や中国企業による投資先を拡大させることが目的です。
今回、習主席は、この地域のインフラ整備を目的とするシルクロード基金(現状で4兆5000億円相当)に約1兆6400億円を追加で提供すると表明。自らが中心となる、巨大経済圏の創出を目指す方針を前面に打ち出した格好です。
しかし、中国政府が期待するほど、「一帯一路」が順調に発展するかは不透明です。これに関して、「一帯一路」に対する中国企業と沿線国の反応を、「既成事実」の観点から考えます。
中国企業は『一帯一路』に熱心か
フィナンシャル・タイムズ(FT)は、「一帯一路」に中国企業はあまり関心を示しておらず、この構想自体が中国政府の過剰な宣伝(プロパガンダ)となっていると論じています。
そのポイントを要約すれば、中国の対外直接投資のうち、「一帯一路」沿線国へのものは、もともと多くないうえに、減少しているということです。
- 2016年、中国の対外直接投資は前年比で40パーセント増加し、過去最高を記録していた。
- にもかかわらず、「一帯一路」沿線に対する中国の直接投資は2016年に前年比で2パーセント減少した(2017年5月段階では18パーセントの減少)。
- さらに、これらの国に対する同時期の直接投資(金融を除く)は総額145億ドルで、中国の対外投資全体の9パーセントにすぎなかった。
- そのうえ、沿線国に対する投資でも、シンガポールのような高所得国向けのものが多く、それらの国ではインフラ整備がかなり進んでいるため、中国政府が強調するインフラ建設にどれだけの投資が向かうか疑わしい。
そのうえで、FTの記事は、実際に資金を提供する中国国有企業の間に「不採算事業を手伝わさせられることへの不満」が強く、「一帯一路」への積極性がみられないと指摘しています。
- 開発融資に関わる三つの中国国有企業のうち、最大の中国国家開発銀行による対外融資のうち、「一帯一路」沿線国の割合は、2014年の41パーセントをピークに、2016年には33パーセントにまで下落した。
「既成事実」になるか?
ただし、「中国政府が旗を振るわりに、国有企業を含めて、中国企業は消極的で、『一帯一路』はただの宣伝になりつつある」というFTの見解が正鵠を射ているかの判断は、少なくとも来年まで持ち越した方がよいでしょう。
「リーダーが根回しぬきでいきなり大きな方針を打ち出し、それを『既成事実』とすることで、コトを進める」というのは、中国でよくみられる意思決定の方式です。ただし、何らかの方針が打ち出されても、フォロワーが面従腹背して、すぐに反応するとは限りません。そういう場合、リーダーがこれまでにないほど強く「既成事実」を押すことで、フォロワーはブツブツ言いながらも従わざるを得ないというのが一般的です。
その一例として、やはり西側諸国が関心をもつ、中国のアフリカ進出の事例があげられます。中国政府は2000年に中国・アフリカ協力フォーラム(FOCAC)を創設。アフリカとの経済協力を大々的に推し進める姿勢を示しました。しかし、その後も中国からのアフリカ向け直接投資額は、2004年に3億1700万ドル、2005年に3億9200万ドル、2006年に5億2000万ドルと段階的に伸びたものの、劇的な増加はみられませんでした(UNCTAD Database)。
潮目が変わったのは、2006年のFOCAC IIIでした。
この第3回フォーラムは、それまでの閣僚級と異なり、初めての首脳級の会合だっただけでなく、この場において胡錦濤国家主席(当時)が、アフリカ向け援助の「倍増」を打ち出しただけでなく、それまでの実績をはるかに上回る50億ドルの融資を約束。この背景のもと、翌2007年に中国のアフリカ投資額は前年比300パーセント増の15億7400万ドルに急増(UNCTAD)。その後、中国はそれまで以上に、爆発的にアフリカ進出を加速させていったのです。
FOCACの場合、2006年の北京首脳会合が「国家ぐるみでのアフリカ進出」を国内に向けて「既成事実」にする決定的な転機になったといえます。
これに対して、「一帯一路」の場合、中国政府は今回の国際会議を「今年最大の外交イベント」と位置づけ、国内に向けて「一帯一路」を「既成事実」としてこれまでになく押しています。
つまり、FOCACの例に照らせば、現状において「中国企業が『一帯一路』に熱心でない」としても、それが今後も続くかは、中国政府がこれまでになく「既成事実」化を図ってからの投資状況をみてからでないと判断できないといえるでしょう。もし、来年以降、(たとえしぶしぶでも)中国企業が爆発的に投資を増やしたなら、その点で今回の会議は成功したことになり、そうでなければ、失敗だったということになります。
沿線国は『一帯一路』に期待しているのか?
中国企業の反応が現状では判断しにくいのに対して、海外に目を転じると、中国政府の旗振りに対する各国の反応には、総じて「様子見」が目立つといえます。それは、今回の会議の出席者の数やランクに表れています。
今回の会議には、130ヵ国が参加し、このうち29ヵ国からは首脳級(Head of states)が出席(事前に確認された各国の出席状況についてはこちら)。ロシアのプーチン大統領やトルコのエルドアン大統領が出席したことは、「米国主導の国際秩序に対する挑戦」を印象付けました。その一方で、イタリアやスペインからも首相が出席したことは、停滞するヨーロッパ諸国の間で中国の投資への期待が小さくないことを象徴しました。
ただし、沿線国の多くが、少なくとも中国政府が期待するほど、「一帯一路」に大きな関心を示したとはいえません。
Quartzによると、首脳級が出席した29ヵ国のうち、「一帯一路」の沿線国は20ヵ国にとどまり、9ヵ国はフィジーなどそれ以外からのものです。つまり、約60ヵ国の「一帯一路」沿線国のうち、首脳級を送り出した国は、全体の約3分の1にとどまります。冷戦期から中国と関係が緊密といいにくいサウジアラビアなどペルシャ湾岸諸国は閣僚級の出席にとどめ、「一帯一路」でインド洋が囲い込まれることを警戒するインドは代表団を派遣していません。
さらに、Quartzの推計によると、首脳級が出席した20ヵ国の一人当たりGDPが平均1万4700ドルだったのに対して、残る44ヵ国のそれは約2万5000ドルでした。つまり、沿線国のうち首脳級が出席した国のほとんどは、低所得国だったというのです。
中国の面子は立ったか
首脳級の出席状況に関しては、様々な評価があり得ます。
Quartzは今回の国際会議を「中国としては期待はずれで、外交的な成果として大きくない」という趣旨で論じています。一方、オリンピック競技でもそうですが、中国の場合は「競争の激しいメジャーなところ」ではなく「他が注目しないところ」に足場を築いて勢力を広げるという行動パターンもあります。その意味で、「一帯一路」沿線国のうち低所得国がとりわけ中国と接近したこと自体は、中国にとって悪いことばかりでもないといえます。
とはいえ、開催国が「今年最大の外交イベント」と呼び、各国に首脳級の参加を呼びかけたうえでの結果だったとすると、「沿線国の3分の1」はやや寂しいものと言わざるを得ません。開催国が面子を重んじる中国政府であることを考えると、尚更です。
参加者の数やランクだけでなく、会議の成果にも、中国の期待と異なる部分があったことは確かです。
15日、会議の閉幕にあたって、習主席は「幅広い合意と成果が得られた」と強調しました。その一方で、最終日の会合は、ロシアなど首脳級が出席した国だけを集めて開催されたことは、どの程度「幅広い」合意を得られたかを疑問視させるものです。
実際、英国やフランスなどは、中国の提案が自らの環境基準や透明性に合致しないことから、貿易の推進に関する文書への署名を拒否しています。参加国から異議申し立てがあったこともやはり、中国政府からみて面子にかかわる問題です。
「一帯一路」の問題点の背景にある中国の変化
中国政府の立場からすれば、今回の会議に参加者の数やランク、合意の「幅広さ」など問題があったと言わざるを得ないでしょう。このような「問題」が発生した背景には、中国自身の変化があるといえます。
社会主義中国を改革・開放に導いたトウ小平は、「平和的発展」の路線を目指しました。つまり、もともと巨大な中国が国力を増せば、それだけで警戒を招くことから、周囲との軋轢を回避しながら、静かに成長を遂げるという方針です。
トウ小平の薫陶を受けた江沢民、胡錦涛の両氏は、基本的にこの路線から外れないようにしていたといえます。先述のFOCACの場合、中国側の説明によると「アフリカからの要望によって開催が決定された」ことになっています。さらに、2000年、2003年と二度の閣僚級会合を経て、2006年に初めて首脳級会合が開催され、ここで先述の「既成事実」化が図られました。
アフリカの貧困国を相手にしてでも、このように周到に準備し、あくまで「周囲からの声に推されて」中国が動いた、という流れで国際的に「既成事実」を作っていた頃と比べると、習近平体制には「自らが主導して」という姿勢が鮮明です。少なくとも、「一帯一路」は、まぎれもなく(誰かの要望によってではなく)中国が主導しており、さらにいきなり首脳級会合を開催して、中国企業に対してだけでなく、国際的にも「既成事実」化を図っています。
先述のように、「既成事実」で押すのは、中国国内ではよくあることです。しかし、その方式を海外にまで適用しようとしたとき、中国政府が期待するような反応を示す国ばかりでないことは不思議ではありません。ここに、「平和的発展」を目指した歴代の最高指導者と、大国化してから中国を率いることになった習近平の間にある、「周囲への気配り」の差を見出すことができます。
参加国の代表団の陣容の観点からみれば、今回の会合が中国にとって満足のいくものだったとは言い難いでしょう。その一方で、先述のように、投資・融資の主体となる中国企業の態度を見極めるのは、もう少し時間がかかります。したがって、「一帯一路」の成否を今回の会合だけで論じることもできません。
ただし、仮に今後も中国政府が「既成事実」路線を海外に推し続けるのであれば、これまで以上に中国への警戒感が募ることも考えられます。その場合、中国政府が資金の上積みなどで対応することは十分に予想されますが、物質的な恩恵だけで得られる協力には限界があります。むしろ、大国意識とナショナリズムを強める習近平体制が「中国式」にこだわるかどうかが、「一帯一路」の分かれ道になるといえるでしょう。