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プーチンが停止した核軍縮条約は「消滅しても問題ない」 超タカ派ボルトン元米補佐官の一番の懸念とは?

飯塚真紀子在米ジャーナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

 プーチン氏が、米ロ間で残っている最後の核軍縮条約である、新戦略兵器削減条約(新START)の履行を一時停止すると発表したことが波紋を呼んでいる。プーチン氏はまた、核実験を米国が最初に行うならロシアも核実験を始める用意があるとし、戦略ミサイル部隊を戦闘体制に置くとも述べた。

 新戦略兵器削減条約とはロシアと米国が締結した核軍縮条約。2009年12月に失効した第1次戦略兵器削減条約(START1)の後継条約として2011年2月に発効し、バイデン氏は大統領就任まもない2021年2月、プーチン氏とこの条約を5年間延長することに合意している。

 この核軍縮条約では、両国共に戦略核弾頭の配備数を、2002年に制限した数から30%削減した1550発以下とすることを取り決めている。もっとも、削減されたとは言っても、それでも、その数は世界を何度も爆破するのに十分な数だ。また、この核軍縮条約では、配備するミサイルや爆撃機、ミサイル発射台の数の上限も設けており、核弾頭の在庫量を確認するため、両国は328回現地査察を行ったり、25000回以上核弾頭運搬車や発射台の状況を通知したり、19回会議を開いたりしてきたと言う。

やっぱりハッタリ!?

 ウクライナ侵攻開始以降、プーチン氏が度々、核の使用をちらつかせてきたことを踏まえると、プーチン氏の条約履行停止により現実的な核使用へと近づいたように見えるが、バイデン氏は条約履行停止について「大きな間違いだ」と批判しつつも「核兵器使用の検討を示唆するものだとは受け止めていない」と解釈している。バイデン政権はプーチン氏から核の脅しを受けながらも、ウクライナにより攻撃力のある武器を段階的に供与し続けており、その背景には、バイデン政権がプーチン氏は核を使用しないという判断があるという見方もあるが、バイデン氏の解釈はそんな判断を裏づけているようにも思える。結局、プーチン氏の核の脅しはハッタリ、戦略と見なされているのかもしれない。

 ウクライナ侵攻をめぐって辞職したロシアの元外交官ボリス・ボンダレフ氏も、今回の履行停止発言について、ニューズウィーク誌に対してハッタリだと明言、「プーチン氏はハッタリをかました。彼はこれまで核威嚇のハッタリをかましてきた。ウクライナ軍は領土の一部を取り戻したものの、核による報復なかった」とプーチン氏は核の脅しをするものの、実際には核による報復をしていないのでハッタリをかましているだけなのだと話している。

 シンクタンク「戦略リサーチ財団」のエマニュエル・マイトレ氏も「西側諸国によるウクライナへの軍事支援を阻止させたい狙いから、彼(プーチン氏)はウクライナ侵攻の正当性を主張し、西側諸国に低レベルの恐怖を与え続けるために、核の威嚇を定期的にする必要があるのだ」という見方を示しつつ、履行停止については「ロシアが核弾頭の配備数を増やすことを意味するわけではない」とAFP通信で述べている。実際、ロシア外務省は、プーチン氏の発言後、核軍縮条約の履行停止中でも核弾頭の配備数制限は「順守する」と述べた。

履行停止は核軍縮条約の完全な終焉

 しかし、核軍縮条約の履行停止が、これまで同様の、核使用をちらつかせるプーチンのハッタリであるとしても、結局のところ、履行停止は核軍縮条約を完全な終焉へと導くという指摘もある。

 超タカ派で知られる元大統領補佐官のジョン・ボルトン氏は「合意事項に従わなくなったら、(条約の)相手国も“あなた方は違反している。では、当方も義務も無効にすることを検討する”と言って正当化してしまうかもしれない」とNBCニュースで懸念を示している。つまり、ロシアが合意内容に従わないなら、アメリカも従わなくなる可能性があり、核軍縮条約は形骸化する恐れがある。

 また、この核軍縮条約は2026年2月に失効するが、履行停止は2026年以降核軍縮条約が結ばれず最終的には終焉することに繋がるとみる識者もいる。核軍縮条約が期限を迎えて失効すれば、両国の戦略核弾頭配備数は、1972年以降初めて制限されなくなる事態となることが懸念されるのだ。

査察や会議を拒否していたロシア

 核軍縮条約はすでに履行停止になっているも同然だったとの見方もある。タイム誌は、履行停止発言について「アメリカは、プーチン政権が2年以上実行してきた政策を表明したに過ぎないと考えている」と解釈している。プーチン政権が2年以上実行してきた政策とは、ロシアが2020年3月以降アメリカの現地査察を受け入れておらず、2021年10月以降両国間で行うべき会議も拒否してきたことを指す。ロシアが拒否している状況から、米国は、1月31日、ロシアが核軍縮条約に従っていないと批判していた。つまり、プーチン政権は今回履行停止を表明する前から、査察や会議などを取り決めた核軍縮条約に従っておらず、すでに履行停止していたも同然の状況だったわけである。そのため、アメリカは、最新のロシアの戦略核弾頭配備数を確認できていない状況だ。

三極の核世界

 そんな核軍縮条約を前述のボルトン氏は“ひどい条約”とみており、「もし、明日消滅したとしても、全然問題ではない」と批判している。同氏がそう明言する背景には軍事大国としてプレゼンスを高めている中国の存在がある。同氏は「中国を一番に懸念すべきだ。この核軍縮条約は、アメリカとロシアの攻撃能力に制限を設けているだけだ。中国は核の製造能力と運搬能力を高めており、三極の核世界となっている。だから、アメリカが、主要核大国の一つ(ロシアのこと)と条約を結んでいるだけで、もう一方(中国)とは条約を結んでいないのは無謀だ」と中国とも核軍縮条約を結ぶ重要性を訴えている。

 軍事力を高めている中国の核弾頭保有数は2035年に1500発に増え、米国の保有数に近づくとの見通しを米国防総省は昨年11月に示している。ボルトン氏が訴えているように、中国抜きの核軍縮条約は考えられない状況へと向かっているようだ。

 そして、その中国がウクライナ侵攻に絡み始めていることも懸念される。ブリンケン米国務長官は先日、中国がロシアに兵器供与を検討していると言及したが、それを裏付けるように、ドイツの有力誌「シュピーゲル」が、中国企業がドローン試作機100機を製造して4月までにロシア国防省に送る方向で調整していると報じている。

 ウクライナ侵攻から1年。中国がロシアを軍事支援する事態になれば、世界は西と東により鮮明に分断していくことになるのではないか。

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在米ジャーナリスト

大分県生まれ。早稲田大学卒業。出版社にて編集記者を務めた後、渡米。ロサンゼルスを拠点に、政治、経済、社会、トレンドなどをテーマに、様々なメディアに寄稿している。ノーム・チョムスキー、ロバート・シラー、ジェームズ・ワトソン、ジャレド・ダイアモンド、エズラ・ヴォーゲル、ジム・ロジャーズなど多数の知識人にインタビュー。著書に『9・11の標的をつくった男 天才と差別ー建築家ミノル・ヤマサキの生涯』(講談社刊)、『そしてぼくは銃口を向けた」』、『銃弾の向こう側』、『ある日本人ゲイの告白』(草思社刊)、訳書に『封印された「放射能」の恐怖 フクシマ事故で何人がガンになるのか』(講談社 )がある。

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