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“ナチス支持”批判で極右候補が仏議会選挙撤退――それでも苦戦するマクロンは“無謀な賭け”に敗れるか

六辻彰二国際政治学者
パリ中心地で行われた反極右デモ(2024.7.3)(写真:ロイター/アフロ)
  • フランス議会選挙に立候補していた極右系候補が、ナチスの軍帽姿の写真が流出して選挙撤退に追い込まれた。
  • そうしたスキャンダルがある極右政党に対してもマクロン陣営は苦戦しているが、そこまで追い詰められたのはマクロン自身の責任もある。
  • そもそも今回マクロンが議会の解散・総選挙に踏み切ったのは、極右への警戒の高まりを政権基盤の強化のために利用したとみられているからである。

改めて浮き彫りになった極右の思想性

 フランスでは7月3日、ルディヴィーヌ・ダウディ候補が7日に実施予定の議会選挙から撤退した。ナチス時代のドイツ空軍の帽子を被った過去の写真が流出した結果だった。

 ダウディ候補は極右政党“国民連合”に所属しており、北西部カルバドスの選挙区から立候補している。

 フランス議会選挙は2回投票制で、第1ラウンドで選挙区の過半数の票を獲得する候補が出なければ、上位2名によって第2ラウンドが行われる。ただし、第1ラウンドの得票率が12.5%を上回った候補にも決選投票進出の権利が与えられる。

 ダウディ候補は6月30日に行われた議会選挙第1ラウンドで3位だったが、19.5%の票を獲得していたため、第2ラウンドに進出予定だった。

パリ中心部で行われた反極右デモ(2024.7.3)。「我々は全員反ファシスト」と掲げられている。
パリ中心部で行われた反極右デモ(2024.7.3)。「我々は全員反ファシスト」と掲げられている。写真:ロイター/アフロ

 国民連合はダウディ候補の立候補を取り消したが、除名といった懲罰の対象にするかは触れていない。

 移民・外国人の権利制限を主張する国民連合は、これまでも“差別的”といった批判にさらされてきた。そのため最近では“ネオナチ”のイメージ払拭に努めている。

 とはいえ、ダウディ候補の一件は国民連合にある排外主義、外国人嫌悪の気風を改めて浮き彫りにした。

マクロンの“無謀なギャンブル”

 しかし、ここでの問題はむしろ、その国民連合が権力の座に近づいていることだ。6月30日の第1ラウンドで国民連合は33.2%以上を獲得し、暫定一位になった。

第1ラウンドで首位に立った国民連合のマリーヌ・ルペン前党首(2024.6.30)。これまでに2度、マクロンと大統領選挙の決選投票を争った経験をもつ。
第1ラウンドで首位に立った国民連合のマリーヌ・ルペン前党首(2024.6.30)。これまでに2度、マクロンと大統領選挙の決選投票を争った経験をもつ。写真:ロイター/アフロ

 国民連合が議会第一党になったのは、1972年にその前身“国民戦線”が発足して以来、初めてだ。

 マクロン大統領が所属する中道右派連合“アンサンブル”と、左派連合“新人民戦線”はそれぞれ21%、28.1%にとどまった。

 つまり、国民連合がこのまま第2ラウンドでも有利に選挙戦を展開すれば、議会第一党になる公算も高い。その場合、同党のジョルダン・バルデラ党首が弱冠28歳で首相になることがほぼ確実である。

投票所に足を運んだ国民連合のジョルダン・バルデラ党首(2024.6.30)。28歳という若さは若年層の支持者獲得の原動力にもなってきた。
投票所に足を運んだ国民連合のジョルダン・バルデラ党首(2024.6.30)。28歳という若さは若年層の支持者獲得の原動力にもなってきた。写真:ロイター/アフロ

 フランスでは大統領に首相の任命権があるものの、首相は議会過半数の支持によって指名される。議会に指名された首相を大統領が拒絶することは基本的にできない。それが政治の空転を呼ぶからだ。

 そしてその場合、大統領より首相の方が、影響力が強くなる。現在のフランス第五共和制憲法では、大統領には非常事態の宣言や宣戦布告、議会解散などの権限があるものの、日常的な行政権は首相に委ねられている。

 要するに、国民連合が議会第一党になれば、マクロン大統領は手足を縛られたのも同じになる

 ただし、ここまで追い詰められたのにはマクロン自身にも責任がある。もともとこの議会選挙は、マクロンの“無謀な賭け”とも呼ばれていたからだ。

投票所の近くで支持者と自撮りするマクロン大統領(2024.6.30)。その支持者には中高年が目立つ。
投票所の近くで支持者と自撮りするマクロン大統領(2024.6.30)。その支持者には中高年が目立つ。写真:代表撮影/ロイター/アフロ

マクロンの賭けとは

 マクロンの賭けとは何か。一言でいえば、支持率低迷を逆転する手段として、極右台頭で高まる危機感を利用して議会解散・総選挙に打って出たという意味だ。

 そもそもマクロンが6月9日、議会解散・総選挙を発表したきっかけは、同日行われた欧州議会選挙で、各国の極右政党がそれまでになく議席を増やしたことだった。

 極右台頭に各国政府は危機感を強めている。マクロンは議会解散にあたって「誰が多数派かを明らかにする」と主張し、極右の勢いを止めるためと強調した。

 他のヨーロッパ諸国の首脳と比べてもマクロンが極右台頭に神経を尖らせることは不思議でない。過去2回の大統領選挙でマクロンは、国民連合のルペン候補と一騎討ちを演じてきたからだ。

 しかし、マクロンの決定はいわば過剰反応とも呼べるものだった。躍進したとはいえ、欧州議会に占める極右政党の議席は全体の20%程度にとどまるからだ。

マクロンは墓穴を掘るか

 だからこそ、解散・総選挙という選択は多くの欧米メディアで驚きをもって迎えられ、そのなかで「マクロンが極右台頭をむしろ利用している」という観測も当初からあった。

 仏紙ルモンドは解散の直後、政権関係者の話として、マクロンは欧州議会選挙投票日の数週間前から解散・総選挙を計画していたと報じた。

 大統領官邸はこれを否定しているが、そうだったとしてもおかしくないほどマクロン政権が追い詰められていることは確かだ。

 インフレなど生活不安を背景に、政府支持率は低迷している。例えばIPSOSによると、マクロン再選直後の2022年5月に42%だった支持率は、2024年6月には28%にまで下がった

 とすると、「マクロンがこのタイミングで解散・総選挙にあえて踏み切ったのは極右への危機感を利用して政権基盤を強化するため」という説は信ぴょう性を帯びてくる。

 だからこそ、マクロンの決定は“無謀な賭け”とも呼ばれた。ベルギー最大の仏語紙Le Libreはマクロンを“手負いの政治的動物”と評している(生存本能のみに従っているというニュアンス)。

 もしこの観測が正しければ、第2ラウンドで国民連合が勝利した場合、マクロンは墓穴を掘ったことになる。フランスのみならずヨーロッパの行方にも大きな影響を及ぼす、運命の第2ラウンドは7月7日に行われる。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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