いったい多摩川でいま何が起きているのか?棄てられ、虐待される猫たちの現実をまず知ってほしい
いまYoutubeなどをみると、犬や猫といったペットのかわいい映像があふれている。
以前はペットの殺処分が問題になっていたが、近年は、「殺処分ゼロ」を掲げる自治体も確実に増えている。
一見すると、ペットをめぐる状況は以前に比べると好転しているかに思える。
ただ、現実はいったいどうなのだろうか?
そんなことをふと考えてしまう厳しい現実を突きつけられるのが、本作「たまねこ、たまびと」だ。
多摩川の干潟を舞台にしたドキュメンタリー映画『東京干潟』『蟹の惑星』が高い評価を受けた村上浩康監督が再び多摩川にカメラを向けた本作は、人間の都合で捨てられた猫たちとその小さな命を守ろうと奔走する人々をみつめる。
多摩川で起きている「いのち」の問題とは?
2年間にわたって取材した村上監督に訊いた本編インタビューに続く番外編へ入る。(番外編全三回)
同じ多摩川という場所なのにまったく別の顔を知った
前回(番外編第二回はこちら)は主に、撮影の舞台裏について訊いた。
今回は、2年にわたる取材を村上監督に振り返ってもらう。
「東京干潟」「蟹の惑星」を経て、改めて多摩川と向き合って、何を感じただろうか?
「小西さんを撮影し始める前から、僕は多摩川に通っていて、それなりになじみのある場所でした。
でも、今回、小西さんとご一緒させていただいて、同じ多摩川という場所なのにまったく別の顔を知った、いままで知らなかった世界を知った、というのが正直な感想です。
僕が自分の手掛けるドキュメンタリー映画で心がけているのは、より世界が広がること。
ひとつの事柄をつぶさに見つめることで、より自分の視界が広がり、思いもしない世界が拓けて、何か新たな気づきがあるようなものになったらなと、考えています。
たとえば『東京干潟』は、今回の作品にも登場していただいている多摩川に住むホームレスのおじいさんの暮らしをつぶさに見つめた作品です。
おじいさんは特に有名人というわけではない。社会の片隅の小さな世界で暮らしている。
でも、そのおじいさんの世界をつぶさに見つめていくと、急に広い視野が拓けることがある。
『東京干潟』は、おじいさんの日常の営みから、東京の環境の変化、東京オリンピックの問題、高齢化社会の問題、格差の問題、いろいろな現実問題が浮かび上がってくる。
さらに、あのおじいさんの人生から、日本の戦後史が見えてくる。
このように自分の視野が一気に広がるのが、ドキュメンタリー映画の醍醐味だと思うんです。
まさに(今回の『たまねこ、たまびと』の取材も)これまで知らなかった多摩川の現実を目の当たりにした時間でした」
『まずこの現実を知ってほしい』という気持ち
ただ、今回はそうした小さな世界から大きな世界が見えてくる作品とはちょっと違った形になったという。
そのようになった理由をこう明かす。
「小西さんの影響が大きかったと思います。
小西さんがおっしゃっていたんです。『自分は写真家だから、この猫が棄てられて虐待されている事実をやはり一人でも多くの人に知ってもらいたい。そのために写真にきちんと残す。そして、写真展を開き、一般の人たちに見ていただくことで、こういう現実があることを知ってもらい、関心を向けてもらえれば』といった主旨のことを。
この思いというのが、小西さんの活動の信念にあるのではないかと思います。『まずこの現実を知ってほしい』という気持ちがある。
で、僕もこの小西さんの思いを共有したい気持ちがありました。
おそらく、小西さんの活動をつぶさに見つめていけば、現代日本のペット遺棄の問題や、そこに存在する人間の残虐性とか、弱いものにしわ寄せがいくストレス社会とか、イジメやパワハラの問題といったことと紐づけることができて、より広い観点を持つ作品になったと思います。
でも、今回はそうしなかった。
今回は、まず多摩川で起きている、この猫たちの現実をまず見てほしい、と思ったんです。
そこで何かを感じてほしかった。
この映画で僕が考えたのは、この多摩川で起きている現実をありのまま伝えること。
だから、これまでの作品とはちょっと違う。
これまでは、小さな世界や出来事が実は大きなものにつながっていることを伝えることで、いろいろと考えを巡らせてもらえればいいなといったような考えがありました。
でも、今回はもうただひとつの世界を知ってもらえればいいというか。
多摩川でいま何が起こっているのかを、とにかく見てほしい。
そういう思いがありました。ひとりでも多くの方にこの事実を知ってもらえることを願っています」
「たまねこ、たまびと」
監督・撮影・編集・製作:村上浩康
全国順次公開中
公式サイト https://tamaneko-tamabito.com/
写真はすべて(C)EIGA no MURA