Yahoo!ニュース

いったい多摩川で何が起きているのか?人間のエゴだけで消えていくネコの命がこんなにある衝撃

水上賢治映画ライター
「たまねこ、たまびと」より

 いまYoutubeなどをみると、犬や猫といったペットのかわいい映像があふれている。

 以前はペットの殺処分が問題になっていたが、近年は、「殺処分ゼロ」を掲げる自治体も確実に増えている。

 一見すると、ペットをめぐる状況は以前に比べると好転しているかに思える。

 ただ、現実はいったいどうなのだろうか?

 そんなことをふと考えてしまう厳しい現実を突きつけられるのが、本作「たまねこ、たまびと」だ。

 多摩川の干潟を舞台にしたドキュメンタリー映画『東京干潟』『蟹の惑星』が高い評価を受けた村上浩康監督が再び多摩川にカメラを向けた本作は、人間の都合で捨てられた猫たちとその小さな命を守ろうと奔走する人々をみつめる。

 多摩川で起きている「いのち」の問題とは?2年間にわたって取材した村上監督に訊く。(全五回)

多摩川で死んでいった猫たちの写真

 前回(第二回はこちら)は、今回の作品でメインとして活動を追うことなった写真家・小西修さんとの出会いについての話になった。

 その中で、当初、小西さんを主人公にした作品を撮ることは考えていなかったと明かしたが、そこからどう心が動いて、今回の作品へとなっていったのだろうか?

「前にお話した通り、写真展で小西さんと知り合いまして。

 その後、『東京干潟』の上映でゲストに来ていただいたり、あと『東京干潟』のおじいさんを取材しているときに小西さんがやってきて、そのまま3人でお酒を飲んだりもしました。そういえば、3人でお花見をしたこともありました。

 ただ、小西さんを被写体に作品ということはその流れではあまり考えていませんでした。

 きっかけは、少しパンフレットの方にも書いたのですが、2020年の3月に、多摩川の橋桁を利用して、小西さんが写真展を開かれたんです。

 この写真展が大きかった。

 僕も見に行ったのですが、ちょっと言葉にならないというか。

 実際に多摩川で死んでいった猫たちの写真が、猫たちが暮らした多摩川の空気の中に並んでいる。

 そして、この猫たちの写真というのは遺影である。

 この写真を前にしたとき、なにかしなければと突き動かされるものがありました。

 この猫たちは人間の都合でここに捨てられた。そして、人間のストレスのはけ口のようなものになって命を奪われた猫もいる。

 こんな惨い仕打ちを受けるために彼らは生まれてきたわけじゃないでしょうと思いました。

 同時に、人間のエゴだけで消えていく命がこんなにあるんだなと思うとやりきれない。

 このことは撮らなければと思ったんです。そこでようやく決心がついて、小西さんに改めて撮影をお願いしました。

 ただ、前にもお話しましたけど、小西さんの30年にもわたる活動を描くことは僕にはとうていできない。

 じゃあ、自分はどういうアプローチであれば作品を作れるのかと考えたとき、小西さんが見ている世界、つまり小西さんが毎日見ている多摩川の日常を記録していこうと思ったんです。

 その日常の中には、写真展が物語っていた、多摩川で起きている捨て猫の問題、その猫への人間による虐待も入っている。

 多摩川で起きている猫への虐待はアクシデントではないんです。

 恒常的に多摩川のあちこちで行われていることなんです。

 そういう、多摩川の日常の中で猫を巡っておきるいろいろなことを、小西さんの目を通して記録していければ、映画になるかもしれない。

 それは小西さんを描くことにも、小西さんがされている活動についても描くことができるのではないかと思いました」

「たまねこ、たまびと」より
「たまねこ、たまびと」より

台風の裏側で多くの猫が命を失っていたことに愕然

 あまり伝えられていないが、多摩川には昔から多くの猫が遺棄されてるという。

 そうした現実がある中、写真家の小西修さんは1990年代から多摩川に捨てられた猫たちをカメラに収め、毎日救護活動を続けている。

 小西さんとともに猫たちを守っているのは、河原で暮らすホームレスの人たちや近所に住むボランティアの人たち。彼らもまた毎日のように多摩川に捨てられた猫たちの世話をしている。

 小西さんは河原をまわりながら、こうした人々とも交流を持って彼らの支援や相談などにものっている。

 撮影をはじめてすぐに小西さんの活動のすごさを実感したという。

「まず驚いたのが、小西さんが多摩川に捨てられた猫のことをほぼ把握されていたことですね。

 以前、小西さんは500匹ぐらいの猫を個体識別できたらしいんです。見ただけで、名前とかわかっていた。

 それだけではなくて、この猫は誰がめんどうをみているとか、この猫はせっかちとかのんびり屋とか、性格や性質まですべて把握していた。

 でも、3年前に巨大台風が関東を襲って、多摩川も大氾濫したのを境に、300匹ぐらいに減ってしまった。

 つまり200匹ぐらいが一夜にして川に流されてしまっておそらく命を失ってしまった。

 台風の被害はいろいろと伝えられたと思いますけど、このことを把握していたのは小西さんしかいなかったのではないかと思います。

 そして、台風の裏側でこんなに多くの猫が命を失っていたことに愕然としました。

 なので、僕が小西さんの撮影をはじめたときというのは、世話をする猫の数もずいぶん減っていたんです。

 そして、それまで猫がいたのだけれど、台風によっていなくなってしまった場所ができて。

 小西さんは多摩川全域をフォローしながら猫がいるところを重点的に見回っているのですが、以前と比べると4割ぐらいの場所から猫が姿を消してしまった。

 だから、小西さんの見回る場所は以前と比べるとかなり減っている。それでも一通り回るとなると、やはり数カ月かかるんです。

 僕はコロナ禍で仕事がなくなったり、映画の上映もなくなったりしたので、かなり頻繁に小西さんのもとを訪れて多摩川を周っていました。

 あまり猫が捨てられることのない奥多摩などは数カ月に1回ぐらいとかなるんですけど、それにしてもこれを30年続けられているのか、と考えると気が遠くなるというか。なかなかできることではないなと。

 猫の虐待が起きたりするとすぐに駆け付けて集中的に見回りもすれば、調子が悪くなった猫がいたりするとすぐに治療をして、場合によっては入院させたり、預かったりする。

 ほんとうに間近でみていて、頭が下がる思いでした」

(※第四回に続く)

【村上浩康監督インタビュー第一回はこちら】

【村上浩康監督インタビュー第二回はこちら】

「たまねこ、たまびと」ポスタービジュアルより
「たまねこ、たまびと」ポスタービジュアルより

「たまねこ、たまびと」

監督・撮影・編集・製作:村上浩康

全国順次公開中

公式サイト https://tamaneko-tamabito.com/

写真はすべて(C)EIGA no MURA

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

水上賢治の最近の記事