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いったい多摩川で何が起きているのか?人間の都合で捨てられた猫たちの命と向き合う写真家と出会って

水上賢治映画ライター
「たまねこ、たまびと」より

 いまYoutubeなどの動画配信をみると、犬や猫といったペットのかわいい映像があふれている。

 以前はペットの殺処分が問題になっていたが、近年は、「殺処分ゼロ」を掲げる自治体も確実に増えている。

 一見すると、犬や猫などのペットをめぐる状況は以前に比べると好転しているかに思える。

 ただ、現実はいったいどうなのだろうか?

 そんなことをふと考えてしまう厳しい現実を突きつけられるのが、本作「たまねこ、たまびと」だ。

 多摩川の干潟を舞台にしたドキュメンタリー映画『東京干潟』『蟹の惑星』が高い評価を受けた村上浩康監督が再び多摩川にカメラを向けた本作は、人間の都合で捨てられた猫たちとその小さな命を守ろうと奔走する人々をみつめる。

 多摩川で起きている「いのち」の問題とは?2年間にわたって取材した村上監督に訊く。(全五回)

「東京干潟」「蟹の惑星」に記録した多摩川の風景はもうない

 まず、今回の「たまねこ、たまびと」の話に入る前に、前作に当たる「東京干潟」「蟹の惑星」について少し話を。

 新藤兼人賞受賞など大きな評価を得たが、いまこの連作をこう振り返る。

「いろいろな賞を受賞できたことは光栄ですけど、それよりも『残せてよかった』という気持ちがあります。

 というのも、まさに劇場公開直後、3年前に巨大台風が関東を襲って、関東のみならず各地に被害もたらしました。

 このとき、多摩川も大氾濫して、あの干潟の環境がものすごく変わってしまったんです。

 『東京干潟』は、あの干潟でシジミとりをして生計を立てていたおじいさんが主人公でしたけど、台風によってシジミが採れなくなってしまった。

 『蟹の惑星』は、あの干潟に棲むカニの研究をしている吉田さんが主人公でしたけど、台風によって干潟からカニが消えてしまった。

 台風によって干潟自体の土壌が大きく変わってしまった。

 どんどん葦が生えてきて、干潟が縮小してしまっている。

 それに加えて『東京干潟』でも触れていますけど、高速道路の付け替えの橋の工事がまだ続いてまして。

 その影響もあって、干潟の環境が、生き物の住める環境ではもうなくなってしまった。

 だから、いまもうあのような干潟に大量のカニがいるような風景を撮りたくても、撮れない。不可能なんです」

干潟にいっても『カニなんてどこにいるの?』といったことに

 では、いまシジミ採りのおじいさんや、カニ研究の吉田さんはどうしているのだろうか?

「シジミ採りのおじいさんは、シジミが採れないので、いまは空き缶回収とかで生計を立てて、相変わらず多くの動物のめんどうを見ています。

 あと、器用で何でもできる人なので、たとえば近所に住んでいるお年寄りにちょっとした頼まれごと、庭の枝切りとかをして、ちょっとお駄賃をいただいたりとか。

 それからパンク修理ですね。あそこは、サイクリングロードが続いていて、けっこうパンクする人が多い。

 そこで、『パンク修理やります』という看板を立ててると、けっこう修理の依頼が入る。

 ちなみに、その看板は、おじいさんから頼まれて、僕が作ったんですけど(苦笑)。

 逞しく生きていらっしゃいます。今年90歳になられて、年が明けるともう91歳になるんですけど、まだまだお元気ですね。

 吉田さんの方はやはり干潟にカニがいなくなってしまって、またコロナ禍になってしまったことから、もう頻繁に干潟に来ることはなくなってしまいました。

 吉田さんももう80代後半ですので、体力的な部分もあるかもしれないですが、それよりもやはり干潟に来てもカニがいないので……。

 カニがいないことはないんです。繁みの中にいるようなカニは増えていたりする。

 でも、干潟の泥の中を棲みかにするような生態のカニはいなくなってしまった。

 撮影時は、干潟を覆い尽くすようにカニがいましたけど、あの光景はない。

 干潟にいっても『カニなんてどこにいるの?』といったことになってしまっています。

 ですので、何かこう、ぎりぎりのタイミングといいますか。干潟がひとつの楽園だったときを撮れたというか。

 偶然ですけど、もう二度と撮れないものを撮れたんだなっていう思いが、いまは強いです。

 『東京干潟』と『蟹の惑星』の二つの映画の中に封じ込められたあの世界はもう存在しない。

 わずか3年しか経っていないんですけど、もうなくなってしまったんです。

 ですので、僕としては最期に立ち合ったところがあって。映像として記録で残せたことはよかったのかなと。

 シジミ採りのおじいさんやカニの研究してる吉田さんにとっては無念のところがあると思うのですが……。

 ということで、作品が高い評価を受けたとかではなく、いまは映像として記録して作品として残せてよかったという気持ちがあります」

「たまねこ、たまびと」より
「たまねこ、たまびと」より

『多摩川三部作』とかまったく意識していなかった

 そして、今回の「たまねこ、たまびと」も多摩川を舞台にしたが、これは考えていたことだったのだろうか?

「多摩川を舞台にした『東京干潟』『蟹の惑星』に続いて、今度もまた多摩川が舞台ということで。

 周囲からは『多摩川三部作』と関連付けて考えられるんですけど、実は、そんなことはまったく意識していなかったんですよ(笑)」

写真家の小西修さんとの出会い

 本作が主体的に追うのは、多摩川に棄てられた猫やホームレスの人々の支援活動を続けている写真家の小西修さん。

 その出会いは偶然とも必然とも言うべきものだったという。

「実は『東京干潟』のシジミのおじいさんのところに小西さんは定期的にこられてもいた。

 あと、NHKのドキュメンタリーで小西さんを追った番組があって、それもみていました。

 ですから、小西さんの存在は存じ上げていた。すごい活動をしている人がいるなと思っていました。

 ただ、取材したいという意識はその時点ではあまりなくて、接点ももっていませんでした」

 その後、接点を持つ機会がやってくる。

「ある時、シジミのおじいさんのところへ伺った時に、『今度うちの猫の写真が写真展に出るんだよ』と宣伝のポストカードをみせてくれたんです。

 それが小西さんの写真展で、『あっ、これって多摩川でずっと猫を撮り続けてる小西さんですか?』と聞いたら、『おう、そうだよ』と。

 『こにもよく来るんだよ』ということで、僕もちょっと会ってみたいし、おじいさんの世話する猫の写真がどう写真展で展示されているかも見てみたい。

 で、『じゃあ、一緒に行きましょう』ということで、写真展が開催されている高円寺のギャラリーにおじいさんと一緒にいったんです。

 そこではじめて、小西さんとお会いしました」

 ただ、小西さんに会ったことよりもまず、その写真展で衝撃を受けたという。

「簡単に説明すると、小西さんの写真展は、多摩川に棄てられた猫たちの現実を伝えるものだった。

 僕も長く多摩川をまわっていたわけですけど、こんなことが起きているのかと、言葉を失いました。

 この写真展は、ちょっと言葉にならないぐらいの衝撃でしたね」

(※第二回に続く)

「たまねこ、たまびと」ポスタービジュアルより
「たまねこ、たまびと」ポスタービジュアルより

「たまねこ、たまびと」

監督・撮影・編集・製作:村上浩康

ポレポレ東中野にて公開中、以後、全国順次公開

公式サイト https://tamaneko-tamabito.com/

写真はすべて(C)EIGA no MURA

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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