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勝手が許される弟と大人にならざるをえない兄の立場の違いを描く。そして映画を最後に閉店した酒屋への感謝

水上賢治映画ライター
「中村屋酒店の兄弟」の白磯大知監督  筆者撮影

 俳優としても活動する白磯大知が、独学で脚本を書きあげ初監督した映画「中村屋酒店の兄弟」。

 第13回田辺・弁慶映画祭をはじめ国内映画祭で受賞を重ねた本作は、今はもうない一軒の酒屋を舞台にしている。

 その酒屋は都内にあった「中村屋酒店」。ただ、同店は、本作において単なる撮影場所では片付けられない場になった。

 出発点は別のところから始まっている。中村屋酒店をモチーフにシナリオが書かれたわけではない。

 だが、不思議なめぐりあわせで本作は、中村屋酒店の歴史でありお店を切り盛りしてきた夫婦の歩みを封じ込めることになる。

 そして、それは白磯監督のみならず、キャストの望みが結実してそういう形になったといっていい。

 かつてあった酒店が物語にも、監督にも、キャストにも大きく影響を与えた「中村屋酒店の兄弟」はいかにして生まれたのか?

 スタッフとキャストに訊くインタビュー集。

 主演を務めた藤原季節(第一回第二回第三回番外編)に続いて、手掛けた白磯監督に訊く(第一回第二回第三回)。(全四回)

酒屋さん探しはものすごく大変でした

 最終回は、奇しくも、その歴史と切り盛りした夫妻の歩みを封じ込めることになった実在した「中村屋酒店」の話を。

 まず、中村屋酒店との出会いを白磯監督はこう明かす。

「実は、酒屋さん探しはものすごく大変で、なかなか見つからなかったんです。

 いろいろな酒屋さんに場所を貸していただけないかお願いしたんですけど、やはり営業がありますから、なかなか首を縦に振ってくれるところはありませんでした。

 東京からはじまって、車や電車で出かけていって探したんですけど、なかなか『これ』というところはみつからない。

 事前に調べていくんですけど、すでに閉店してしまっているお店もいっぱいありました。

 そうこうしているうちに時間だけがいたずらに過ぎていって、いよいよまずい時期にまで来てしまったんです。

 それであるとき、目星をつけていった酒屋さんにお願いしにいって、いろいろと説明をさせていただいたんですけど、まあ感触としてはそれほどよくなかった。

 で、その帰りのバスの中でどうしたものか考えながら、ほかに酒屋はないかスマホで調べていたら、近くにひとつ酒屋があった。

 ただ、その日はお店の定休日に当たっていた。

 でも、そこに載っていた酒屋の写真がすごく素敵で。外観だけでもといいと思って見に行ったんです。

 すっごい坂道の上にあったので、ちょっとへこたれそうになったんですけど(笑)、この登った先にきっといいことがあると言い聞かせながら、行ってみたんです。

 それが中村屋酒店さんで、なんとたまたまお店も開いていた。

 すぐにお店の中に入って、店主の中村さんに話を切り出しました。『こういう映画を作りたいと思っていて、このお店を使わせていただけないか』と。

 最初、店主の中村さんは『いやあ、そうね』となんとなく考える時間をみたいな感じだったんですけど、お店の奥にいらっしゃった奥さんの方が出てきてくれて。

 『いいじゃない。このお店を映像に残してもらえるならば、残してもらったら』と僕を後押ししてくださった。

 その奥さんの後押しもあって、ご主人も『じゃあ』といってくださって、その場で同意してくださったんです。ほんとうにその場で決まってしまった。

 ほんとうにうれしかったです。

 というのも、それまでいろいろと酒屋さんをめぐってきたわけですけど、正直なところ、『ここで絶対に』と思えたところはなかったんですよ。

 僕がイメージしていた酒屋さんとはどれも違っていた。

 ただ、中村屋酒店さんは、僕が求めていた酒屋さんのイメージ通り。だから、中村屋酒店を目の前にしたときは、『ここだ!』と思ったんです。

 ですから、その場で『いい』とおっしゃっていただいたときは喜びもひとしおでした」

「中村屋酒店の兄弟」より
「中村屋酒店の兄弟」より

ご主人から『すごくありがたい』という言葉をいただきました

 では、中村屋酒店のご夫妻には映画を見ていただけたのだろうか?

「ご主人は、すごく映画好きで。『すごくうれしいし、ありがたい』とおっしゃってくださいました。

 閉店して更地にしてしまうのは、ご主人が自ら決めたことで撮影の前から決まっていたこと。とはいえ、長年にわたって仕事をした愛着のある場所で。

 それがこういう作品になって、映画の中に、その建物の在りし日の姿が収められている。そのことが『すごくありがたい』という言葉をいただきました。

 僕もその言葉を聞いて、ひとつ安心して、ほんとうによかったと思いました」

酒屋さんって世間が思うほど楽じゃなくて、ものすごくハードでタフな仕事

 閉店を知った白磯監督は、そこから撮影を開始。中村屋酒店の最期を記録した。

「(藤原)季節くんから『ご主人が閉店するといっていた』という話をきいて、もうこれは撮るしかないと思いました。

 それでお店が閉店するまでの3カ月の間に、何度かおじゃまさせていただいて、お店とご夫妻をいろいろと撮らせていただきました。

 そこで、改めてご主人と奥さまからいろいろとお話をおうかがいしました。

 お話をうかがって、思ったのは、酒屋さんって世間が思うほど楽じゃなくて、ものすごくハードでタフな仕事ということ。

 ほんとうによくご夫婦でやられてきたなと頭が下がりました。

 お客さんの要望に応えるとなると、自分たちのスケジュールなんてあってないようなものなんです。

 旅行でしばらく店を閉めるとかできない。

 お子さんがいらっしゃるんですけど、旅行になんて連れていけない。

 中村屋酒店のご夫婦は、『お客さんに迷惑をかけたくない、お客さんが第一』ていう気持ちが人一倍強いので、自分たちの都合は二の次なんですよね。

 もう、二人のお話には、頭が下がりました」

この看板を背負ったほうがぜったい映画の力になると思ったんです

 「中村屋酒店」は、映画のタイトルにも、そのまま刻むことになる。

 この選択はどういう思いがあってのことだったのだろう?

「もともとは違いました。

 でも、あの看板をみたら、この看板を背負ったほうがぜったい映画の力になると思ったんです。

 ご主人は、『上からなにか張って書き換えてもらっていいよ』とおっしゃってくれたんですけど、僕は『そのまま使わせてください』と逆にお願いしました。

 むしろ『この看板は使わないでくれ』といわれたら、どうしようと思ったぐらいでした」

監督業がなんたるかはまだ今回の作品が初めてで、わからないです

 では、最後に今回、監督業に初めて取り組んでみて、どういう体験になっただろうか?

「役者とは完全に別のものだと思いました。

 役者をやっているので、その視点から気にとめられる部分はあったと思うんですけど、仕事としてはまったく別ものでしたね。

 といいつつ、監督業がなんたるかはまだ今回の作品が初めてですし、わからないです。

 ただ、映画監督ってすごいなと思いました。

 こんなにもいろいろなことをやっているのを、役者のときは知る由もなかったです。

 今回も、『自分も演じればよかったのに』とよく言われるんですけど、僕はとても自分が出演しながら監督をするなんてできないです。

 そこまでのキャパが自分にはないです(苦笑)。

 それぐらい大変なことではあるんですけど、これからも続けていきたいですね」

【藤原季節インタビュー第一回はこちら】

【藤原季節インタビュー第二回はこちら】

【藤原季節インタビュー第三回はこちら】

【藤原季節インタビュー番外編はこちら】

【白磯大知監督インタビュー第一回はこちら】

【白磯大知監督インタビュー第二回はこちら】

【白磯大知監督インタビュー第三回はこちら】

「中村屋酒店の兄弟」より
「中村屋酒店の兄弟」より

「中村屋酒店の兄弟」

監督・脚本:白磯大知

出演:藤原季節 長尾卓磨 藤城長子

橘 美緒 千葉龍都 新井秀吾 高橋良浩 中村元江

撮影:光岡兵庫 撮影助手:山田弘樹、森本悠太、斎藤愛斗

録音:小笹竜馬

照明:岩渕隆斗、小松慎吉

制作:徳平弘一、長野隆太、光岡兵庫、樋井明日香、白磯大知

編集:キルゾ伊東、白磯大知

音楽:総理(響心 SoundsorChestrA)「とある兄弟」

ロケ地協力:中村屋酒店、清水宅

公式サイト:https://nakamurayasaketennokyoudai.com/

全国順次公開中

場面写真は(C)『中村屋酒店の兄弟』

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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