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家業を継いだ兄と東京へ出た弟の微妙な距離。藤原季節が実家を飛び出た弟を演じて感じたこと

水上賢治映画ライター
「中村屋酒店の兄弟」で主演を務めた藤原季節 筆者撮影

 俳優としても活動する白磯大知が、独学で脚本を書きあげ初監督した映画「中村屋酒店の兄弟」。

 第13回田辺・弁慶映画祭をはじめ国内映画祭で受賞を重ねた本作は、今はもうない一軒の酒屋を舞台にしている。

 その酒屋は都内にあった「中村屋酒店」。ただ、同店は、本作において単なる撮影場所では片付けられない場になった。

 出発点は別のところから始まっている。中村屋酒店をモチーフにシナリオが書かれたわけではない。

 だが、不思議なめぐりあわせで本作は、中村屋酒店の歴史でありお店を切り盛りしてきた夫婦の歩みを封じ込めることになる。

 そして、それは白磯監督のみならず、キャストの望みが結実してそういう形になったといっていい。

 かつてあった酒店が物語にも、監督にも、キャストにも大きく影響を与えた「中村屋酒店の兄弟」はいかにして生まれたのか?

 スタッフとキャストに訊くインタビュー集。

 ひとり目は、いまもっとも注目を集める若手俳優のひとりといっていいだろう、内山拓也監督の「佐々木、イン、マイマイン」や山本起也監督の「のさりの島」をはじめ数々の話題作に立て続けに出演し、本作においては中村兄弟の弟、和馬を演じた藤原季節に訊く。(全三回)

僕は家を出た人間なので、実家に戻っても

『ここはもう自分の居場所ではないんだよな』という意識がある

 前回(第一回)の話で、白磯監督から「兄弟の距離感」を描きたいことを伝えられて、脚本に合点がいったと明かした藤原。

 実家を出た和馬と、親が経営していた酒屋を継ぐ兄の弘文の距離をこのように感じていたという。

「和馬は実家に突然戻ってくるわけですけど、それを変に喜ぶわけでもなく、かといって冷めた感じでもなく兄の弘文は受け入れる。

 身内だけどなんか久々に顔を合わせて、微妙に気恥ずかしい。

 兄弟というとむちゃくちゃ仲が良かったり、逆にライバルのように犬猿の仲だったりするような形で描かれることが多い。

 もちろんそういう兄弟もいると思うんですけど、でも、僕と姉妹の関係で考えると、和馬と弘文に近い。

 前に話した通り、僕は家を出た人間なので、実家に戻っても『ここはもう自分の居場所ではないんだよな』という意識があるんですよね。

 もうここの人間じゃないという意識があるからか、居心地が悪いわけではないんですけど、ちょっと遠慮気味になる。

 姉妹と顔を合わせると、はじめどういうテンションで接すればいいかわからなくて、微妙に距離がある。

 だから、和馬と弘文の微妙な距離の置き方はすごくリアリティがあるなと感じました」

「中村屋酒店の兄弟」で主演を務めた藤原季節 筆者撮影
「中村屋酒店の兄弟」で主演を務めた藤原季節 筆者撮影

和馬は思ったことを口にしているように見えるけど、

実は内心はまったく違うことを考えていたりする

 実のところ和馬は、わけあって実家に戻ってきている。そのわけは誰にも打ち明けられない。

 久々に戻った実家での兄と年老いた母との生活の中で、彼は自分のなすべきことを考えることになる。

 その和馬の心模様を表現するのはひじょうに難しかったと明かす。

「白磯監督とかなり綿密なリハーサルを重ねました。

 たとえば、和馬は思ったことを口にしているように見えるけど、実は内心はまったく違うことを考えていたりする。

 それがはっきり表情に出ていい場合もあれば、ちょっと曖昧にした方がいい場合もある。

 そのあたりの細かい調整がけっこう大変でした。

 ただ、そういう感情の表れはそうそう計算してできるものではない。

 自然にあふれ出てくればそれがベストなわけで。

 いかに、自分の身をそういう状態に置いておけるのかが重要。

 ですから、カメラが回っているときだけは、長尾卓磨という俳優ではなく、ほんとうの兄・弘文として接する。

 そういう思いをもって集中していました」

あそこで振り返ってみせる顔だけが、和馬の素顔かもしれない

 最後に関わることなのであまり明かせないが、ラストシーンは、兄の弟に対する優しさと厳しさ、弟の兄に対する感謝の思いと自らへの怒りが交錯するすばらしい場面になっている。

「兄の弘文は、和馬のしてきたことを全部知った上で、ああいう言葉を掛けてくる。

 それを受けとめた和馬の胸中というのは、兄の優しさをありがたく思う気持ちもあれば、ちょっと憎む気持ちもある。

 受け止めきれない気持ちもあって、多分いろいろな気持ちがごちゃ混ぜになったと思うんですよね。

 あそこで振り返ってみせる顔だけが、和馬の素顔かもしれない。最後に兄にほんとうの自分をみせた。

 あのシーンは、自分で言うのもなんですけど、見応えがある、兄弟のいろいろな思いがにじみ出ているシーンになったんじゃないかなと思っています」

(※第三回に続く)

【「中村屋酒店の兄弟」藤原季節第一回インタビューはこちら】

「中村屋酒店の兄弟」ポスタービジュアル
「中村屋酒店の兄弟」ポスタービジュアル

「中村屋酒店の兄弟」

監督・脚本:白磯大知

出演:藤原季節 長尾卓磨 藤城長子

橘 美緒 千葉龍都 新井秀吾 高橋良浩 中村元江

撮影:光岡兵庫 撮影助手:山田弘樹 、森本悠太、斎藤愛斗

録音:小笹竜馬

照明:岩渕隆斗、小松慎吉

制作:徳平弘一、長野隆太、光岡兵庫、樋井明日香、白磯大知

編集:キルゾ伊東、白磯大知

音楽:総理(響心 SoundsorChestrA)「とある兄弟」

ロケ地協力:中村屋酒店、清水宅

公式サイト:https://nakamurayasaketennokyoudai.com/

池袋シネマ・ロサほか全国順次公開中

ポスタービジュアルおよび場面写真は(C)『中村屋酒店の兄弟』

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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