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“イスラエルに300発撃って戦果はほぼゼロ”をイランは想定していたか――大空爆の3つの理由

六辻彰二国際政治学者
イスラエル南部アシュケロンへの空爆(2024.4.14)(写真:ロイター/アフロ)
  • イランがイスラエルに300発以上のドローンやミサイルを打ち込んだが、そのほとんどは迎撃された。
  • イスラエルの安全保障専門家は「空爆でイスラエルに実害を与えることが困難」とイランがわかっていた公算が高いと指摘する。
  • だとすると、いわばショーのような大空爆は、軍事的な効果より政治的な意味合いの方が大きかったといえる。

 イランがイスラエルにこれまでにない規模の空爆を行ったが、ドローンやミサイルのほとんどは迎撃された。しかし、“空爆の効果は低い”とイランが想定していた可能性も指摘されている。だとすれば、なぜ今イランは大空爆に踏み切ったのか。

300発以上の前例のない空爆

 イランは4月13日夜から14日未明にかけてイスラエルを空爆した。

 約170機のドローンと120発余りの弾道ミサイルを用いたこの空爆は、これまでイランが行ったことがないほど大規模なものだった。

 イランとイスラエル、そしてアメリカとの対立は根深い。

 イランは1979年のイスラーム革命以来アメリカと対立し、その支援を受けるイスラエルとも敵対してきた。1980年代以来、レバノン南部を拠点とするイスラーム組織ヒズボラはイスラエルと衝突を繰り返してきたが、このヒズボラを支援してきたのがイランだ。

 さらに昨年からのイスラエル・ハマス戦争では、ヒズボラだけでなくイエメンのフーシ、そしてガザを拠点とするハマスなど、イスラエルと敵対する各地の勢力(いわゆる「抵抗の枢軸」)が、イランの支援を受けていると言われる。イラン政府は公式にはこれを否定している。

 また、イラン隣国のイラクやシリアでは昨年以来、駐留米軍に対するイランのドローン攻撃が相次いでいた。

“成果は乏しい”と想定していたか

 とはいえ、イランがイスラエルを直接、しかもこれほど大規模に攻撃したことはかつてない。

 そればかりか、イランの攻撃は軍事的な効果はかなり限定的だった。ドローンやミサイルのほとんどは、イスラエル、アメリカ、ヨルダンなどの防空システムによって迎撃されていたからだ。

 イスラエル国防省によれば“99%”撃墜されたという。独立以来、周辺国との間で戦火の絶えなかったイスラエルの防空システムは世界屈指のレベルにあり、あながち誇張でもないだろう。

 しかし、ここでの問題は「損害をほとんど与えられない」とイランが予測していた可能性だ。

 イスラエルの諜報機関モサド出身で、現在はイスラエル国立安全保障研究所に務めるシーマ・シャイン研究員は英ロイターの取材に「イスラエルの防空システムが非常に強固であることも、ほとんど損害を与えられないことも、イランは考慮していたと思う」と述べている。

 さらに、イランが大きな軍事的アクションを起こすことは、事前に広く察知されていた。

 実際、各国政府は事前に現地在住の自国民や観光客に警戒を促し(理由は後述)、多くの航空会社がイスラエル便をキャンセルするなどの対応をとっていた。

 こうしたなか、なぜイランは“成果が乏しい”と見込まれる攻撃にあえて踏み切ったのだろうか。

 そこには主に3つの理由があげられる。

①「報復と懲罰」というメンツ

 今回の空爆の直接的な理由は「報復と懲罰」だった。

 シリアの首都ダマスカスにあるイランの施設が4月1日、イスラエルにより空爆されて7人の死者を出したが、このなかにはイラン革命防衛隊の高官2人も含まれていた

 その一人ザヘディ将軍は昨年10月7日のハマスによる大規模な攻撃にも関与していたとイスラエル当局はみている。

 革命防衛隊はイランの正規軍ではなく政府直属の武装組織で、レバノンのヒズボラをはじめ各地の反イスラエル勢力に対する支援の中核にあるとみられている。

 革命防衛隊の高官が死亡したことを受けてイラン世論は激昂したが、これまで反米、反イスラエルを叫んできた手前、イラン政府もこうした世論を無視できず、「懲罰」を宣言していた。

 こうした文脈で読み取れば、前例のない規模の空爆の一因には、イラン政府の国内向け「メンツ」があげられる。

 ほとんどのドローンやミサイルが撃墜されながら、イラン政府は攻撃を「成功」と宣伝している。

 もっとも、これを真に受ける市民ばかりではなく、イラン政府はあくまで政権支持者に向けてアピールしているとみた方がいいだろう。

②イスラーム世界での存在感

 第二に、イスラーム各国をイスラエル封じ込めに巻き込むことだ。

 ほとんどのイスラーム各国はガザ侵攻をめぐってイスラエルを批判しているが、実際には経済取引の制限すらほとんどしていない。サウジアラビアはイスラエルとの国交正常化交渉の最中で、ガザ侵攻があっても基本的にその方針は維持されている。

 「パレスチナ支持」の大合唱とは裏腹に、ほとんどの国はイスラエルとまともにやり合うリスクを避けているのだ。

 こうしたなか、イランの最高指導者ハメネイ師は4月11日イスラーム各国政府に向かって「イスラエルへの対抗」を呼びかけた

 つまり、前例のない規模の空爆で緊張を高めることにより、イランはイスラーム各国に協力せざるを得なくさせようとしているとみられる。

 昨年10月7日、ハマスは大規模なイスラエル攻撃を行ったが、それまでにないインパクトによってイスラーム各国を引き込もうとした点では基本的に同じといえる。

 イランによる空爆は、少なくともイスラエル軍の猛攻にさらされるガザでは、英ロイターによると、イランによるイスラエル空爆が概ね歓迎されている

 イスラーム世界でも、イランによるイスラエル空爆を政府レベルで歓迎する国は、ほとんどない。実際、サウジアラビアやエジプト、トルコなども「緊張のエスカレートへの懸念」を表明している。

 それでも、どの国もイランの動向を無視できなくなったという意味で、前例のない規模の空爆による政治的インパクトを見出すことができるだろう。

③ロシアへの“脅迫”

 最後に、ロシアへの突き上げだ。

 ロシアはイランと軍事協力協定を結んでおり、4月1日にイラン高官が死亡した事件では「政治的殺害」とイスラエルを批判した。

 ただし、ロシアとイスラエルの関係は決定的に悪化しているわけでもない

 冷戦終結後、旧ソ連から多くのユダヤ人がイスラエルに移住したこともあり、ロシアとイスラエルは比較的良好な関係を保ってきた。

 ガザ侵攻後、プーチン政権はイスラエルをしばしば批判するようになり、関係は冷却化したが、それでも経済取引や人的交流は続いている。

 ウクライナで忙殺されるロシアは中東への関与を控えているとも指摘される。

 この微妙な関係を反映して、イスラエルもウクライナ向け軍事援助をしていない。

 このロシアの態度が、イスラエル攻撃の先頭に立つイランを苛立たせたとしても不思議ではない。とすると、イランはロシアを逃れられなくする必要がある。

 こうしてみれば、空爆でイスラエルを挑発することは、どちらにつくかの踏み絵をロシアに踏ませるだけでなく、プーチン政権にもっと強いコミットメントを求める効果があるといえる。

イスラエルはどう動くか

 空爆を受けてイスラエル政府では「断固たる対応」が検討されているが、その内容は今のところ不明だ。

 一方、米バイデン政権はイランを非難し、イスラエル支援を増やす意向だが、その一方でイスラエル政府に「イランへの報復攻撃には参加しない」と言明し、自重を促した。

 エスカレーションを恐れるアメリカが限定付きの協力しかしないなら、イスラエルにとってこれまで以上に戦線を拡大させるリスクは大きい。

 かといって、保守強硬派に支えられるネタニヤフ政権にとっては無反応で済ますこともできないが、仮にイランへ大攻勢をかければ、それこそイスラーム各国やロシアがイランに傾く転機にさえなりかねない。

 とすると、イランが行った300発以上の空爆はその直接的な損害こそ大きくなくても、イスラエルにとって悩ましい選択を迫るものであることは間違いない。それがイランの狙いだったかどうかは不明だが。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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