元阪神タイガース・西村憲投手が甲子園に帰ってきた!―合同トライアウトでファンの拍手と声援に感激
■1万2千人の拍手と声援
「ストライク!」ズバッと低めに決まったストレートに、球審の声が響いた。
11月12日、甲子園球場で行われた12球団合同トライアウトで、西村憲投手(阪神タイガースー石川ミリオンスターズ)がラストボールに選んだのは渾身のストレートだった。「あそこを(ストライク)取っていただけたのはよかったのかなと思います、球的に」と、自身も納得の一球だった。
ずっと気持ちは昂ぶっていた。ピークは「ピッチャー、西村」とコールされたときだった。この日訪れた1万2千人の拍手と声援が地鳴りのように響いてきて全身を包み込んだ。タイガースで投げていたときに味わったあの感覚が蘇ってきた。「危なかったです。こみ上げてくるものはありました」と涙をこらえつつ、「またここ(NPB)に帰ってきたい。この中でプレーしたい」との思いを込めて腕を振った。
■打者3人との対戦はカウント1-1から
1人目は後藤光尊選手(オリックス・バファローズ―東北楽天ゴールデンイーグルス)だ。ストレートでぐいぐい押していきたいと思っていたが、キャッチャーから出たサインはスライダーだった。
受験者が多く、カウント1ボール1ストライクからスタートするシート打撃形式で行われるので、おそらくバッテリーを組んだ八木健史捕手(福岡ソフトバンクホークス―群馬ダイヤモンドペガサス)も「早く追い込みたい」という意識が働いたのだろう。直前のブルペンで受けた好感触もあってかスライダーを選択したようだ。
ストレートでファウルをとって…という自身のスタイルも頭にあった西村投手だが、相手が相手だけに「それを狙われても」というのもあったし、逆に意表を突けるのではと踏んだ。そしてまた次の2人に繋がるとも考え、首は振らなかった。
そのスライダーで追い込み、フォーク、ストレートでフルカウントになったあと、140キロストレートでポップフライを打たせてファウル。そして139キロストレートでレフトフライに打ち取った。ストレートで押し込むことができた。
2人目の榎本葵選手(東北楽天ゴールデンイーグルス)に対してはファウルでカウントを稼いだが、粘られ四球を与えてしまった。しかしストレートは走っており、ファウルボールが前に飛ぶことはなかった。
3人目の大平成一選手(北海道日本ハムファイターズ―信濃グランセローズ)には、まず140キロストレートでファウルを打たせ、1球ボールのあと、冒頭のこの日の最速141キロを決め球に見逃し三振を奪った。
■より一層強まったNPBへの思い
受験者65人のうち投手が42人と多かったため、対戦は投手1人あたり3人の打者だけだった。ちょうどノってきたところだっただけに「まだ投げたかった」と西村投手もちょっぴり残念そうだ。
しかし何より久々(ウエスタンで2年ぶり、1軍では3年ぶり)の甲子園での登板は、西村投手に改めてNPB復帰への思いを強くしてくれた。観客の拍手と歓声、綺麗に整備されたグラウンド、投げやすいマウンド、マウンドからの景色…そのどれもがワクワクさせてくれる。興奮させてくれる。
降板後、「投げやすかったですね、球場にファンの方がたくさんいるというのも含めて。あれだけ応援されるとやっぱり力が出せるかなと思いますね。ああいう歓声を聞くとまた、より一層(NPBへの思いが)強くなりますね。ああいうところで投げたいって。あの歓声を聞いたときは感激しましたし、ホントに嬉しかったです。嬉しいという感情しか出てこなかったです」と、昂揚した表情で語った西村投手。
午前の部のラストだったため、球場入りしてから登板するまで実に4時間を超える時間が経過していた。「ずっとベンチで見ていたんですけど、そのときは普通でした。あぁトライアウト始まったなぁ、みんなピリピリしているなぁって」。そんな中、タイガースの選手が登場すると、ひときわ大きな拍手や声援が飛んだ。「みんな、いいなぁ〜なんて思いながら見ていましたね」。それがいざ自身も登板するや、ほかの選手をも上回るような湧き上がり方だった。それだけに「なんかアドレナリンが出て、ふわふわしていた感じです。大きなものを得たなって気がします」。
トライアウトを終えての心境は「半々です」と答えた。「思いきり腕は振れたんですけど、もうちょっと数字的に出せたなというのがあるし、悔しい部分もありますね。ファンの皆さんの声援をいただいて嬉しい部分と悔しい部分、その半々です」と、率直な気持ちを明かした。
トライアウト前、かなりの手応えは感じていた。ボールの質にもスピードにも。それは出せた。しかしまだまだいける。自分自身にまだ「限界」を感じないのだ。さらなる“上積み”を見せる自信もある。あとはただ吉報を待つだけだ。
■たいせつな「宝物」ーそれは石川ミリオンスターズの後輩たち
この日、感激したことはファンの声援だけではなかった。石川ミリオンスターズの後輩たちが遠路はるばる応援に駆けつけてくれたのだ。“ナックル姫”こと吉田えり投手や、先のドラフトで千葉ロッテマリーンズから指名された安江嘉純投手ら5選手もスタンドから声援を送っていた。
「ボクら、西村さんが大好きなんで。ホント尊敬してるんです」「西村さんはオーラが違います」「練習からすべて勉強になるんです」と、絶賛のオンパレードだ。
さらに意外な一面も披露してくれた。「名づけ名人」だという。後輩たちに次々とニックネームを授けているそうだが、安江投手は「えーやん」、吉田投手は「ちゃんえり」という呼び名を拝命したという。そのセンスのほどはさておき、後輩たちにとっては「西村さんにつけてもらった」ということが貴重なのだ。
特にエースの安江投手は公私ともにお世話になっているといい、「あんな男になりたい」と心酔している。
安江投手は前日、前乗りする西村投手を駅まで送ったそうだ。「早く着きすぎて駅でお茶したんですけど、初めて無言が続いたんですよ」。心情を察すると、言葉が出てこなかったという。
そして当日、西村投手の投げる姿を見た安江投手は「めちゃくちゃ感動しました」と感無量な様子。「ネット越しに西村さんを見るのは初めてで、すごく新鮮でした。あのすごい歓声…ホントにファンに愛されてるなぁって」。改めて西村投手の功績を思い知った。
さらに“西村さんらしいシーン”を挙げてくれた。「最後、マウンドから降りるとき、足場を綺麗にされていたじゃないですか。久しぶりの甲子園だし、いろんな思い出もあるんだと思いますけど、ああいうところ、見習いたいです」。丁寧に丁寧に足元をならす姿に胸がいっぱいになったという。
だから、終わって出てきたときの西村投手の表情の違いに、自然と笑みがこぼれた。「この日に向けて野球漬けで自分をコントロールしてきたと思うんで。前の日と全然違って、なんか達成感というかスッキリした顔していたんで、ボクらも嬉しくなりました」。
そんな「西村さんラブ」「西村さんリスペクト」な後輩たちは、西村投手にとっても大切な存在だ。「アイツら、ほんと可愛いんですよ。自慢の後輩たちです。アイツらと出会えたことは、ボクにとって大きな宝物です」。後輩たちといるときの西村投手は鎧を脱いだような、本当に心からくつろいだ表情をする。
トライアウトの後、可愛い後輩たちにささやかなお礼がしたかった。「わざわざボクのためだけに来てくれたのに、すぐにバイバイじゃ申し訳ない。せめて何か…」と、甲子園球場の裏のカフェでお茶をしたあと、大阪観光に繰り出した。みんなで写真を撮ったり、西村投手オススメのラーメンに舌鼓を打ったりと、この上ないひと時を過ごした。
後輩たちの応援に応えるためにも、そして後輩たちに野球人としての姿勢を示すためにも、西村投手は決して諦めない。
「せっかくもらった体なんで、動かなくなるまでは腕振って仕事したいなという気持ちです」。
体が動く限り、腕が振れる限り、ただただ上を目指して投げ続けるつもりだ。
(西村憲投手、トライアウト前の記事⇒3度目のトライアウトへー。元阪神タイガース・西村憲投手が不屈の精神で挑む)