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女性料理人はなぜ活躍しにくいのか? 女性料理人の意義と強み

東龍グルメジャーナリスト
糀甘酒

活躍する女性パティシエ

女性の活躍が叫ばれる中、<女性が活躍するホテル、女性プロジェクトが成功するために必要な3つのこと(前編)><女性が活躍するホテル、女性プロジェクトが成功するために必要な3つのこと(後編)>で、女性の活躍について、具体例と成功するための考察を述べました。

食べ物の作り手を見回してみた場合、パティシエには女性が多く、男女比が6:4とも言われており、活躍する日本人の女性パティシエも多いです。

具体的に挙げると、<新宿NEWoMan(ニュウマン)にデザートバーをオープンした天才ジャニス・ウォンとは誰なのか?>でも紹介したジャニス・ウォン氏、そのウォン氏と親しく、ヴァローナ主催のデザートコンクールC3世界大会で2度の準優勝を果たし、ヒルトン東京でシェフ・パティシエを務めたこともある「NARISAWA」の坂倉加奈子氏、野菜スイーツで有名な中目黒「パティスリーポタジエ」オーナーパティシエの柿沢安耶氏、ジャン=ポール・エヴァン氏の右腕であったパティスリー「K.ViNCENT」の石井 Vincent 敬子氏、日本とフランスでいくつもの有名パティスリー修行経験を持つ「patisserie PARTAGE」オーナーパティシエ齋藤由季氏などが挙げられ、他にもまだたくさんいます。

活躍している日本人の女性料理人は少ない

しかし、残念ながら、活躍している日本人の女性料理人となると少なく、「Morceau(モルソー)」オーナーシェフの秋元さくら氏、老舗天ぷら店「天茂」の高畑粧由香氏など、ほんの数人しか思い浮かびません。

<人気爆発のストロベリーデザートブッフェを大総括、3つの傾向と楽しみ方>でも紹介したコンラッド東京「セリーズ」の副総料理長ガブリエラ・ゴメス氏やファッション・デザイナーという異色の経歴を持つザ・リッツ・カールトン 大阪「スプレンディード」料理長のオリアナ・ティラバッシ氏、フランスのM.O.F(国家最優秀職人賞)を女性料理人で初めて受賞した「レ ロジェ エギュスキロール」のアンドレ・ロジェ氏もいます。

しかし、外資系ホテルであったり、日本人以外だったりするので、女性が働く環境や女性のキャリアについて日本とは異なるので、状況は違うでしょう。

女性料理人が少ない理由

料理人もパティシエも、休みが少なく、重労働も多いので、男性の体に比べてデリケートな女性の体では負担が大きいです。

活躍している料理人がパティシエに比べてずっと少ない理由は、料理人はパティシエに比べると女性の志望者が少ないことが大きな原因でしょう。

家庭料理の研究家に女性は多いですが、プロの料理人となるとレストランを運営していかなければならないので、難しくなります。ストイックなガストロノミーの世界であれば、なおさらのことでしょう。

注目の若手女性料理人

蛤のジュレとグレープフルーツのソルベ
蛤のジュレとグレープフルーツのソルベ

こういった女性料理人が活躍しにくい状況の中にあって、注目するべき若手の女性料理人がいます。

それは、<【クッキングコンテストの今】独学者 杉本敬三氏が優勝した「RED U-35」は何が新しいのか?>で紹介した若手料理人を対象とした料理コンクール「RED U-35」において、ファイナリストになったことに加えて、最も優れた女性料理人に贈られる「岸朝子賞」を受賞した桂有紀乃氏です。

桂氏は、<【グルメ/快挙】何故ザ・プリンス パークタワー東京「ブリーズヴェール」は料理コンクールに強いのか?>でも紹介したように、私が以前から注目しているザ・プリンス パークタワー東京「ブリーズヴェール」の料理人です。

桂氏のプロフィール

桂氏のプロフィールは以下の通りです。

<プロフィール>

2005年 ザ・プリンス パークタワー東京 入社

2005年 宴会調理 配属

2007年 レストラン ブリーズヴェール 配属

2014年 ニューヨークのフレンチレストラン"Bouley"にて研修

出典:PR TIMES

ザ・プリンス パークタワー東京に入社してから他の事業所への異動はなく、2007年からはプリンスホテルの中でも評価の高い「ブリーズヴェール」で腕を奮っています。

また、ニューヨークを代表するレストラン「Bouley」で研修していることからも、期待されている料理人であることが窺えるでしょう。

桂氏の受賞歴

受賞歴は以下の通り、輝かしいものです。

<受賞歴>

  • 2012年

第1回 MAILLE 料理コンクール 入賞

  • 2013年

第15回 FFCC料理コンクール

メートル・キュイジニエ・ド・フランス "ジャン・シリンジャー杯" 歴代初女性ファイナリストとなり入賞

  • 2015年

第49回 ル・テタンジェ国際料理賞コンクール・ジャポン 歴代初女性ファイナリストとなり入賞

RED U-35 2015 ブロンズエッグ受賞

  • 2016年

RED U-35 2016 岸朝子賞受賞

出典:PR TIMES

<32年振りの快挙なるか? 日本人料理人によるパリ・ファイナルへの挑戦>でも紹介した三大料理コンクールのうちのひとつである「ル・テタンジェ国際料理賞コンクール・ジャポン」で決勝まで勝ち残ったり、「RED U-35」で素晴らしい成績を収めたりしています。

桂氏のメニュー

新玉葱のリエット
新玉葱のリエット

そして、この輝かしい経歴を誇る桂氏の料理を存分に味わえるフェアが行われています。

それは、2017年3月1日から5月31日まで「ブリーズヴェール」で行われている<RED U-35 2016 「岸朝子賞」受賞記念 桂 有紀乃が贈る春の彩り>です。

フェア名からも想像できるように、このフェアは「ブリーズヴェール」における春の代表的なフェアとなっています。

これは以下の2点から非常に画期的なことです。

  • 料理長ではないこと
  • 女性であること

料理長ではないこと

先程、桂氏のフェアを行うと書きましたが、実はとんでもないことです。何故ならば、料理の世界では「シェフ」=「料理長」がそのレストランのトップであり、かつ、全てであるからです。

シェフ以外には、「スーシェフ」=「副料理長」や「部門シェフ」=「シェフ ド パルティエ」という肩書もありますが、料理長ではない限りその料理人の名前を冠したフェアを行うことはまずありません。

料理長になるのに20年、総料理長になるのが30年と言われているホテルの中で、若手の桂氏がフェアを行うというのは異例中の異例なのです。

女性であること

女性の地位向上が叫ばれていますが、冒頭でも述べたように女性料理人は非常に少ないです。特に女性料理長となれば、なおさらのことでしょう。

そういった中で、日本人の女性料理人が自身の名を冠したフェアがこれまでにあったのかと考えると、思い浮かびません。

ザ・プリンス パークタワー東京は日本を縦断するプリンスホテルの旗艦ホテルであり、「ブリーズヴェール」はその旗艦ホテルのメインダイニングです。こういったことも併せて鑑みると、桂氏のフェアはより大きな意味を持つことが分かるでしょう。

コース料理のメニュー

左:ルーコラ豆腐とフェタチーズ/右:チアシードのクッキーとフォアグラのムース、メンブリージョ
左:ルーコラ豆腐とフェタチーズ/右:チアシードのクッキーとフォアグラのムース、メンブリージョ

では、<RED U-35 2016 「岸朝子賞」受賞記念 桂 有紀乃が贈る春の彩り>ではどういった料理を提供するのでしょうか。

ディナーメニューは以下の通りです。

  • 小さな前菜

蛤のジュレとグレープフルーツのソルベ

新玉葱のリエット

チアシードのクッキーとフォアグラのムース、メンブリージョ

ルーコラ豆腐とフェタチーズ

  • 帆立貝

イベリコチョリソーのクルート、アーモンドミルクとガーリックのブロス、パースニップ

  • リ・ド・ヴォーのフリット

ペドロ・ヒメネス、スプリングビーンズ、ブラックベリー

  • ラングスティーヌ

ココナッツオイルのラビオリ、海老のブイヨン、カルーア

  • 糀甘酒

ア・ラ・ネージュ -30℃からの雪融け

  • 牛テールのブレゼ

バニラ風味のポレンタ、コンテチーズのフォーム

  • キウイフルーツとバジルのヴァシュランまたはヘーゼルナッツのフォンダンショコラ 焙じ茶と豆乳クリーム
  • コーヒーと小菓子

「発酵」をテーマとした「RED U-35 2016」で提供して評価された「糀甘酒」もコース料理に組み込まれています。

メニューを見てみると、どのような料理なのか想像がつかず、どのような味がするのだろうと興味を引くものばかりです。

コース料理の特徴

桂氏は「心も体も元気になる料理」をモチーフとしています。これは「華やかなフランス料理の食事後でも日本人の体に負担にならない優しさとバランスを意識した料理」ということであり、このコースでもそれが表現されているのです。

最初の小さな前菜で順番に提供される4皿では「酸味」「塩味」「甘味」「旨味・苦味」を意識して織り込んでおり、次第に味覚を覚醒していきます。時間軸が進むに従って徐々に味が強くなっていき、最後は消えていくような軌跡を描くので、舌を驚かせることもないのです。

また伝統的なフランス料理のコース構成にこだわっていません。コース料理全体を通して水分、塩味、タンパク質のバランスがとれていれば、あえて前菜、スープ、魚料理、肉料理、デザートという流れに従う必要はないと桂氏は考えているのです。

例えば、このコースにはスープはありません。「ルーコラ豆腐」にたくさん水分があり、「ラングスティーヌ」のソースはスープになっているので、スープを入れていないのです。

桂氏の料理は、既存の枠に囚われず、人にとってどういうものが本当に必要であるかを徹底的に考え抜いて作られています。

気遣いのある料理

牛テールのブレゼ バニラ風味のポレンタ、コンテチーズのフォーム
牛テールのブレゼ バニラ風味のポレンタ、コンテチーズのフォーム

また、料理に気遣いもあります。

メインディッシュの肉料理は「牛テールのブレゼ」ですが、「バニラ風味のポレンタ、コンテチーズのフォーム」が別皿に分けられています。この理由は、2つを合わせて食べるとおいしいが、それを押し付けたくないという気遣いからです。

最初の「蛤のジュレとグレープフルーツのソルベ」は裏返したライムの皮に載せられており、スプーンで食べても、そのまま手に取って食べてもよいようにと、2つの選択肢が提示されています。

「糀甘酒」

糀甘酒 ア・ラ・ネージュ -30℃からの雪融け
糀甘酒 ア・ラ・ネージュ -30℃からの雪融け

コース料理の中で、肉料理の直前となるグラニテの位置にあり、「RED U-35 2016」で提供された「糀甘酒」について触れましょう。

「糀甘酒」は糀菌が生きた状態で作った甘酒の泡のみを瞬間冷凍し、フォアグラとラズベリーを合わせたものです。口中に入れると、ほろっと溶けていきますが、香りや味わいは後からやってきて、心地よい食後感が残ります。

この不思議なメニューが考えられた理由は以下の通りです。

日本人は、その体の中に米の味覚が刻まれており、米の甘味を十二分に知っています。その米から生まれる糀はまさしく日本人の味覚の原点であることから、桂氏は母の味をイメージし、子供の時に雪を食べた時の初々しさを表現したのです。

活躍の秘密

リ・ド・ヴォーのフリット ペドロ・ヒメネス、スプリングビーンズ、ブラックベリー
リ・ド・ヴォーのフリット ペドロ・ヒメネス、スプリングビーンズ、ブラックベリー

桂氏は料理コンクールで素晴らしい成績を収めていますが、どうしてなのでしょうか。

質問をぶつけると、桂氏は思案した後で「気になったことがあれば、すぐに解決するようにしている。問題や課題は素通りしないことが大切」と真剣な眼差しで答えます。

また「自分にしかできないことをやりたい。苦労や回り道をしてでも、常に新しいことにチャレンジしていきたい」と述べるように、毎年複数の料理コンクールに出場することを自らに課しています。

新しいことへの挑戦がモチベーションの源泉となり、結果に対する徹底的な内省が自身を飛躍させているのです。

プリンスホテル料理コンクール

プリンスホテル全体について目を向けてみると、<【クッキングコンテストの今】24回目を迎える日本系ホテルグループの料理コンクール>でも紹介し、私も毎年審査員として参加しているプリンスホテルの料理コンクールで、今年2017年は初めて女性の優勝者が現れました。

西武ホールディングス代表取締役社長の後藤高志氏が「プリンスホテルはどの事業所も料理がおいしいと言われるようにしたい。年々どの事業所の料理も評価が高まってきている。リゾートホテルの優勝者が増え、女性の優勝者も初めて誕生した」と述べましたが、トップの後藤氏が自ら積極的に毎年料理コンクールに参加し、料理が大切であるとメッセージを送り続けていったことが、料理人たちを鼓舞したのではないでしょうか。

また、<女性が活躍するホテル、女性プロジェクトが成功するために必要な3つのこと(前編)>で紹介したように、女性だけのメンバーから構成されている「TOKYO HONEY PROJECT」が成功しています。

こういった土壌も、若手の女性料理人である桂氏が実力を発揮する環境を作ったのだと私は考えています。

女性料理人の強み

ラングスティーヌ ココナッツオイルのラビオリ、海老のブイヨン、カルーア
ラングスティーヌ ココナッツオイルのラビオリ、海老のブイヨン、カルーア

桂氏は「女性ということでハンデを感じたことは一度たりともない。働き易い環境を整えてもらっている」と「ブリーズヴェール」料理長である吉田功氏を始めとした人々に感謝の念を述べます。

続けて「料理コンクールに出場し始めた5年ほど前は、予選落ちしていた。何がダメだったのか徹底的に考えて見直してから結果を残せるようになった。失敗から多くの気付きを得られた」と振り返りますが、桂氏の料理に対する絶え間ない真摯な姿勢が認められたからこそ、周囲の人々がサポートしたのではないかと私は思うのです。

最後に桂氏は女性料理人ならではの強みを「女性はトレンドに対して敏感。自身の哲学を前面に出しながらも、押し付けがましくないかと気遣える」と説明し、「母親の料理は絶対においしい。その母親の料理を作れるのは女性だけ」と笑顔で締めくくります。

女性料理人の意義

たくさんの料理が生まれて、それぞれのレストランが自身の個性を発揮すれば、より多くのレストランが賑わいをみせることでしょう。そうなるためには、男性料理人だけがいるよりも、女性料理人もいた方が、より多様性が生まれることは明白です。

いつの日か日本人の女性料理人がミシュランガイドで星を獲得することを期待していますが、そこに最も近い人物は、女性としてのハンデを感じず、むしろ、女性としての強みを理解している、この桂氏ではないかと思うのです。

グルメジャーナリスト

1976年台湾生まれ。テレビ東京「TVチャンピオン」で2002年と2007年に優勝。ファインダイニングやホテルグルメを中心に、料理とスイーツ、お酒をこよなく愛する。炎上事件から美食やトレンド、食のあり方から飲食店の課題まで、独自の切り口で分かりやすい記事を執筆。審査員や講演、プロデュースやコンサルタントも多数。

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