女性が活躍するホテル、女性プロジェクトが成功するために必要な3つのこと(後編)
(「女性が活躍するホテル、女性プロジェクトが成功するために必要な3つのこと(前編)」から続く記事です)
帝国ホテル
1890年に開業し、日本のホテルにおけるさまざまなサービスの先駆けとなったのは、帝国ホテルです。この老舗の日本のホテルでも、女性が活躍しているのです。
1993年にオープンし、和魂洋才をコンセプトにした鉄板焼「嘉門」では、2016年9月16日からランチコース「桔梗門」を提供していますが、実はこの「桔梗門」は帝国ホテル 東京の女性スタッフによる部門横断プロジェクトチームの提案が発端となり、「嘉門」シェフ 神谷望氏のアイデアが加わって実現したコースなのです。
「桔梗門」の由来
どうして「桔梗門」と命名されたのでしょうか。
桔梗には「誠実」や「気品」という花言葉があります。加えて実際に、皇居には一般参観者の集合場所となっている「桔梗門」という門があるのですが、このたくさんの人が行き交う「桔梗門」と同じように、多くの人々に食べに来てもらえるコースにしたい、また、「嘉門」がより繁栄するように、という願いも込めて命名したのです。
女性プロジェクトならではの女性の感性が感じられるところでしょう。
「なでしこ」PJの発足
では、女性プロジェクトはどのようにして発足し、組織されているのでしょうか。
ここ最近、帝国ホテル 東京ではメインダイニング「レ セゾン」に女性のメートル・ド・テルが誕生したり、メインバーの「オールドインペリアルバー」に初の女性バーテンダーが配属されたりするなど、女性スタッフの積極的な登用が続いています。そんな中、レストランの新しい取り組みを考えるにあたり、「女性活躍推進法」施行の社会情勢の追い風もあって、各職場でリーダー的存在として業務に取り組む女性スタッフたちに注目し、人材育成も鑑みて部門横断的な女性プロジェクトを発足するに至りました。
社長兼東京総支配人の定保英弥氏をはじめ、副総支配人の金尾幸生氏、総料理長 田中健一郎氏らもこの取り組みを後押しする中、2人の女性管理職がオブザーバーを務め、調理部の2人、レストラン部の2人、ホテル事業統括部の4人がメンバーとして任命され、合計10人の女性プロジェクトが結成されたのです。
親しみを込めて社内で「なでしこ」という通称で呼ばれ、初年度の今年は「パークサイドダイナー」と「嘉門」にそれぞれ4人ずつのチームが誕生しました。
狙いは女性層の拡大
「パークサイドダイナー」と「嘉門」が女性プロジェクトの対象となった理由はこうです。「パークサイドダイナー」はファミリーでの利用が、「嘉門」はビジネスでの利用が多いですが、どちらとも女性が十分に楽しめるレストランなので、何か新しい価値を創出し、さらに女性層を拡大したいという狙いがあったのです。
広報課の伊藤千夏氏は「新しいメニューに限らず、何を創り出す必要があるのか、原点を考えるところから始めている。今回も現状分析などを経て結論を導き出し、現場スタッフの協力も得られたことでこのような形が実現した」と説明します。
「嘉門」チーム
「嘉門」チームは、ペストリーのスタッフ、「インペリアルラウンジ アクア」のスタッフ、広報課の伊藤氏、そして、チームリーダーである顧客課の坂田玲子氏の4 人から構成されています。
週1回くらいの割合で議論の場を設けた結果、「野菜をたくさん食べたい」「さっぱりとしたお肉を食べたい」「色々なものをちょっとずつたくさん食べたい」という女性の要望に応えようという結論に至りました。
都内の他の鉄板焼店も訪れて研究し、それによって自社「嘉門」の強みも再認識しました。
例えば、「嘉門」では、1人の料理人が1組の客だけに付き、2組以上の客を同時に応対することがなく、お客様1組1組を大切にする精神があります。また、「和魂洋才」を標榜し、鉄板焼店の中にホテルで代々受け継がれている伝統のフレンチのエッセンスがいかされています。他の鉄板焼ではなかなか同じようなことはできません。
こういった自身の強みを再認識することによって、「桔梗門」の方向性も確かなものにしていったのです。
ランチョンマット
「桔梗門」では、客がテーブルに着いて最初に目にするランチョンマットからこだわりました。ランチョンマットには、6種類の「家紋」の絵柄が使われています。
真っ直ぐ伸びる「杉」、長寿を意味する「松」、神様にお供えする「大根」、永遠の象徴である「波」、新芽が生まれるまで落ちず、子孫繁栄を表す「柏の葉」、割け易さから儚さを連想させる「芭蕉の葉」と、それぞれ意味が込められた家紋を選定したのです。
最近は外国人の来店客も増えているので、ランチョンマットを和紙のようなテクスチャにもして、「家紋」をデザインとしても楽しんでいただきながら日本文化を表現しています。
プレゼンテーションプレート
調理する肉や魚、野菜などをのせるプレゼンテーションプレートには、帝国ホテル地下の「賞美堂本店」で新しく購入した有田焼の皿を使っています。
「嘉門」は店内に黒、赤、金を使用し、濃彩画が好まれた安土桃山時代をイメージしています。400年の歴史がある有田焼も同じ安土桃山時代に生まれ、「嘉門」の雰囲気にも調和しているということで、プレゼンテーションプレートとして使われることになったのです。
また、「ガルガンチュワ」でも販売している帝国ホテルオリジナル江戸切子で日本酒を提供するなどし、プレートやグラスにもこだわっています。
国産牛
鉄板焼の主役はもちろん肉なので、どういった肉を選ぶかは非常に重要です。
「なでしこ」メンバーが議論を重ねた結果、ランチタイムであること、女性はさっぱりしたものを好むので脂を控えめにした方がよいことから、国産牛フィレ肉が選ばれました。
しかし、これには理解を深めるのに多くの時間を費やしました。というのも、「帝国ホテルと神戸牛」でも述べたように、帝国ホテルにはブッチャーという肉の目利き専門の部署があり、肉には絶対の自信をもっています。これまで「嘉門」は黒毛和牛で高い評価を得ているだけに、今回のメニューはまさに「挑戦」でした。
最終的には、女性のために女性が考えた「なでしこ」のアイデアを尊重し、新しい方向性も取り入れる形で舵を切ることになったのです。
こういった経緯で国産牛フィレ肉を使うことになりましたが、ただ単に肉を切り替えただけではありません。
シェフの神谷氏が考案した彩り鮮やかな前菜をはじめ、トリュフオイルを使ってランチタイムから優雅な香りを演出したり、付け合せの野菜に甘味のある徳島県阿波市の「美~ナス」を選んだりするなど(季節によって野菜は変わります)、女性を意識した鉄板焼を創り出しています。
デザート
女性にとってデザートはとても大切な要素です。「嘉門」チームにはちょうど女性パティシエが参加していたので、「嘉門」でしか食べられないものをと、デザートも新しく考えました。
見た目が美しいヴェリーヌ、季節のフルーツを用いた円柱状の可愛らしいムースなど、定番のストロベリーショートケーキ以外は全てリニューアルしたのです。
これらのデザートは好きなだけ選ぶことができるので、甘いものが好きな女性には喜ばしいことでしょう。
パークサイドダイナー
また「嘉門」チームと同じように、「パークサイドダイナー」チームでもデザートを大切にしており、定番のパンケーキに加えて、クレープやフレンチトーストを新しく考案して女性客から好評を得ています。
さらには、ドリンクにも力を入れており、3種類のシロップを好みで加えて飲むハーブティーセレクションを創り上げました。
「桔梗門」のこれから
坂田氏と伊藤氏は「女性が女性のために提案するメニューなので、デザートまでおいしいと言っていただきたい。実際、お客様にデザートがおいしくなったというお言葉をいただいて嬉しかった」と笑顔で話します。
今後については、クリスマスの期間にはクリスマスにちなんだスイーツを特別提供したり、ドリンクも拡充してより多くの種類から選べるようにしたりと、花言葉で「才能」も意味する帝国ホテルの「なでしこ」たちによるアイデアは尽きません。
東京ステーションホテル
東京ステーションホテルは、2016年10月1日から「ロビーラウンジ」のランチタイムで、女性をターゲットにした「ロビーラウンジオリジナル バトネ」やタルティーヌやパスタなどのランチメニューを新しくしました。
この中で「ロビーラウンジオリジナル バトネ」は女性スタッフが中心となってアイデアを出して誕生したメニューであり、既にランチメニューの中では人気ナンバーワンとなっています。
5種類のテイスト
「ロビーラウンジオリジナル バトネ」は、ワンプレートの中で前菜から、メインディッシュ、スイーツを楽しめるランチで、以下のように5種の多彩なテイストを楽しめます。
- スモークサーモン×アボカド
- スモークタン×チョップドサラダ×スパイス風味
- 蒸し鶏×わさびマヨネーズ
- トリュフ香るクリームチーズ×ラディッシュ
- マンゴー×オーガニックきなこ&メープルシロップ
どうして「ロビーラウンジ」で女性プロジェクトがメニューを考えることになったのでしょうか。
広報 濱純子氏は「訪れたお客様がSNSによく投稿してくださるので、もっと女性受けするメニューにすれば、よりSNSに投稿していただいて話題が広がるのではないかと考えた」と答えます。
確かに、「ロビーラウンジオリジナル バトネ」は彩りが豊かで、食べるのがもったいないくらいに可愛らしい姿をしているので、これを見たら、SNSに投稿して知人に見せたくなるでしょう。
棒状になったオープンサンドなので、手軽に食べることができます。
また商材用の写真もこれまでのものとイメージを一新しました。草木を用意したり、真上から撮影したりと、普段の東京ステーションホテルの写真とは装いや構図を変えて、より「ロビーラウンジオリジナル バトネ」が映えるように工夫しているのです。
生まれた経緯
この「ロビーラウンジオリジナル バトネ」はどういった経緯で生まれたのでしょうか。
「ロビーラウンジ」の女性スタッフとマーケティング部の女性、そして総料理長の石原雅弘氏が2016年6月から企画を考え始めました。
「見た目にインパクトがある」「ボリュームもそれなりにあった方がいい」「食べ易さも大切」などをイメージし、4、5回試作を繰り返してようやく完成したのです。
「ロビーラウンジ」の食事をもっと充実させようと、これに伴ってキッチンも整備しました。
オリジナルのティーコージー
他にも、同じく2016年10月1日からは、女性だけでデザインを考えたオリジナルのティーコージー(ティーポットを保温カバー)を提供しています。
これまでの東京ステーションホテルのイメージにはない青が印象に残るデザインで、新しさが感じられます。
また、クリスマスチャリティーオーナメントのデザインも、昨年より多くの女性スタッフがデザインを考えているなど、東京ステーションホテルの女性も非常に活躍しています。
女性プロジェクトが成功するには
これまで様々なホテルの女性の活躍をみてきましたが、PRの観点から私が考える女性プロジェクトで成功するための条件は、以下の通りです。
- 名称が付けられている
- キャラクターが制作されている
- 物語が見えている
名称
女性客をターゲットにした商品を考える時、社内にいる女性に話を聞くのは、当然のことでしょう。それくらいであれば、むしろ話を聞かない方が怠惰なくらいです。従って、「この商品を考えるにあたり、マーケティング部や料飲部の女性たちから意見を聞いた」というだけでは、ほとんど意味を成しません。
漠然とした女性グループではなく、具体的な女性プロジェクトが活動していることを表すためにも、しっかりとした名称を考案することが必要です。対外的にアナウンスすることによって、ホテル全館挙げて女性に喜んでもらえるように尽力していることが伝わるでしょう。
キャラクター
名称に加えてキャラクターが制作されていれば、なおよいです。何故ならば、女性プロジェクトをアイコン化することができ、女性プロジェクトが考案したということがひと目で分かるようになるからです。
女性プロジェクトが考えた商品で満足した経験を持つ客は、このアイコンが付与された商品に好印象を抱き、次の商品も購入してもらえる可能性が高くなるでしょう。
物語
最後に、どういった部分が女性プロジェクトならではの考えであるのか、これが分かるようにする必要があります。そうしなければ、名称とキャラクターだけの見掛け倒しになってしまうでしょう。
女性ならではの感性や配慮、センスやきめ細かさが商品につながったことを示すことによって、名称とキャラクターだけだった女性プロジェクトが生きる存在へと昇華するのです。
今後の女性プロジェクト
外資系ホテルの広報に女性プロジェクトについて尋ねると「女性プロジェクトは組織しておらず、する予定もない。男性だから、女性だからという考え方はしていない」と欧米諸国のホテルらしい男女平等の考え方を話してくれます。
日本経済新聞の記事でも「男女平等ランキング、日本は過去最低111位」とあるように、日本は未だに女性の社会進出が遅れており、そのため冒頭にも掲げた「女性活躍推進法」が施行されるまでに至ったのですが、そういった日本にあっては、まだ「女性が考える女性のための商品」は必要かつ有効であり、おそらく、その先に女性プロジェクトが自然と必要なくなる時が訪れるのではないでしょうか。