「復帰」ではなく「復活」。ペナントレース終盤の阪神タイガースに強力な戦力、髙橋遥人が加わった!
■1009日ぶりの復活マウンド
髙橋遥人投手(阪神タイガース)が1009日ぶりに1軍のマウンドに帰ってきた。
登板前に緊張するのは、いつものこと。1軍でだけでなくファームでも、なんなら練習のシート打撃でも、登板前は緊張するという。
しかし、いつもと違ったのは緊張に「うるうる」がプラスされたことだ。マウンドに上がる前、スタンドから送られる虎ファンの大きな声援をベンチで耳にし、「うるうるした」と吐露する。
長い長いリハビリ生活だった。いや、手術前の「原因がわからなくて、きつかった」時期から数えると、こうして思いきり腕が振れるようになるまで、どれほどの歳月を要したことか。
万感の思いを抱いて8月11日、髙橋投手は広島東洋カープ戦のマウンドに上がった。
■満塁のピンチで空振り三振斬り
注目の初球は低めの148キロストレート。スーッと糸を引くような軌道でストライクが決まると、やや安堵の表情で、握った左拳にフッと息を吹きかけるいつもの仕草を見せた。
初回は3つのアウトをすべて三振で奪って好発進し、「いけるかな」と感じた。
最大のピンチは四回だった。ぽんぽんと2アウトを取ったあと、野手のエラーと四球で満塁となった。ここでカープは早くも先発投手に代えて、代打を送り込んできた。
しかし、髙橋投手は落ち着いていた。ファウル2球で追い込むと、カウント1-2から大きく膝元に曲がるスライダーで空振り三振に斬ってしのいだ左腕は、小さく拳を握ってグラブをぽんと叩いた。
五回も最後は空振り三振で締め、4安打7奪三振2四球、89球で責任投球回を無失点で投げ終えた。
■ヒーローインタビューは独壇場
先制、中押し、ダメ押しと味方の援護もあり、六回以降は鉄壁のリリーバーが「0」のバトンをつないだ。
勝利の瞬間、髙橋投手の顔いっぱいに笑みが広がり、岩崎優投手からウィニングボールを手渡されると両手で大事そうに受け取って、お尻のポケットにしまい込んだ。1025日ぶりの白星だ。
試合後はお立ち台に上がった。通常、ホームゲームでは2人か3人選出されるヒーローインタビューだが、広報の粋な計らいで、髙橋投手1人の“ワンマンショー”となった。
緊張の面持ちながら、投球内容を問われると「完璧です…嘘です(笑)」とジョークを口にする余裕も見せた。
「また勝つことができるって思えないときもあったんで嬉しい。今が本当に夢のようです」。
この言葉には、髙橋投手のこれまでの苦しさと復帰登板できた喜びが凝縮されていて、スタンドでは涙を拭う人も少なくなかった。
■スライダーに自信を深めた
試合後、「声援とか全然違うんで。緊張感も。ファームも緊張感あるんですけど、また違った緊張感。なつかしいなと思いました。こんな感じだったなって。なので、今日が一番緊張しました」と語った髙橋投手。
“今日イチ”のボールに、「満塁のときのインコースのスライダー」を挙げた。「梅野さんが要求してくれたんで、信じて投げた」と振り返る。
「満塁だったんで当てられたら1点だし、インコースに大きく曲がるっていうのは攻めづらいんで、そういう意味では自分で選ばないボールだった」。
思いきって自信をもって投じたから、空振りを取れた。
スライダーは「ファームで投げていて、一番成長したっていうか、自信がついたボール」で、サインを出してくれた梅野隆太郎捕手に感謝し、勝負どころで投げきれたことでさらに自信を深めた。
「(ファームで)今までよりもストレートやカットボールがあまりよくなかった分、スライダーを投げる場面が多かった。スライダーってこんなに使えるんだとか、バッターの反応を見てよくなったかなって思いました」。
これまで「優先順位的には下の球種」だったのが、髙橋投手の中で一気にランクアップした。ただ、「精度はちょっと低かったなと思う。もっと確率よくしていきたい」と、今後さらに磨いていきたいとスライダーに期待をかける。
■ファームの江草仁貴コーチも祝福
ずっと復活の旗印に掲げてきたのはストレートだ。だが、この日のゲームでも「そんなによくないんじゃないですかね」と、自己評価はまだ低い。「ここで『まっすぐが選択できれば』っていうところが何回かあった」と、ストレートではない1つの球種に頼りすぎていたと振り返る。その球種とはツーシームだ。
「もう少しまっすぐがよくなれば、もっとそのボールも効くし、そのボールに頼らなくなる」と、ストレートの向上は永遠の課題だ。
ただ、ファームでずっと見ていた江草仁貴ピッチングコーチは、「バンテリン(7月31日・7回4安打9奪三振、無失点)くらいから、まっすぐもよくなってきて、本人も手応えを感じてたんじゃないかな」と、ストレートにも及第点を与える。
登板に向けて「今のハルトを出せばいいんじゃない」と激励すると、髙橋投手は「どうなると思います?」と自身のピッチング予想を尋ねてきたという。「6回を0か1(失点)でいけたらいいんちゃう。今ぐらいの球なら、それくらいいけるから、自信もっていったらいいよ」と答えた。
試合後に「よかったね」と送ったLINEに「1イニング足りんかったっす」と返ってきたと笑う。
「やっぱりコントロールがいい。四球は出したけど、狙ったところにはだいたい投げられていたし。コントロールがハルトの一番の持ち味。チームが負けられないときにしっかり戦力になってほしいと、みんな思っている。無事に投げられること前提で、その期待に応えるピッチングをしてほしいと思いますね」。
髙橋投手自身が納得いくストレートではないが、江草コーチは「手術前と比べる必要はない」と、今の髙橋投手のストレートなら十分に通用し、そのピッチングはチームを救ってくれると信じている。
■リハビリ担当の新井雄太トレーナーも復活を喜ぶ
ファームでの復帰登板のときもそうだったが、この日も変わらずさまざまな人たちに感謝の意を表した髙橋投手。
中でもリハビリ担当のトレーナーである新井雄太さんへの思いは尽きない。この日、新井トレーナーの姿は京セラドームの一塁側スタンドにあった。「永吉ファームディレクターがわざわざ席を用意してくださったので」と感謝し、沸き上がる感情を胸にマウンドの髙橋投手の姿を見つめていた。
「無事に投げきってくれたら」と願い、「ハルトが満足いく球が投げられるように」と祈るような思いで見守っていた。
「彼はすごいです。めちゃくちゃ考えて、決めるときは自信を持って投げているんで、やっぱりすごいなって思いました。ああやって勝ちにつながるピッチングをするなんて、1000日ぶりとは思えない。でも、ヒーローインタビューは相変わらずのキャラで、泣くどころか笑ってしまいました(笑)。今のリハビリ中の選手に勇気を与えてくれたと思うので、ハルトには感謝しています」。
新井さんも胸がいっぱいの様子だった。
■ずっと傍で寄り添ってくれた
6年前にタイガースに入団し、5年前からリハビリ担当になった新井さんは、最も近くで髙橋投手に寄り添ってきた。「ここまで長かったですね…。一番長くリハビリしていたというか、ずっと一緒にいる感じだった」と、しみじみ思い返す。
「2021年の前半、本人もこちらも(不調の)原因がわからなくて、どうしたらいいかわからない状態だった。あの時期が本人も僕たちも一番大変だった。もちろん、本人に比べたら…」。
まだ手術にも至る前、どこがどう悪いのか判明せず、ただモヤモヤとしたまま時が過ぎた。苦しむ髙橋投手の姿を見るのがつらく、手助けできないもどかしさに苛まれた。
髙橋投手自身も「新井さんにはだいぶ迷惑もかけているし、弱音もたくさん吐いた。今も全然吐くけど(笑)。新井さんには言っちゃう。手術前から診てもらって、手術直後から治療もしてもらって、動かないところから見てもらっているんで、ほんとに信頼しています。気持ちの波がすごいときもあったし、ぶつけちゃって申し訳ないっていうか、ありがたいです。新井さんのおかげで投げられている」と明かすように、新井さんが気持ちの拠りどころだった。
新井さんは、髙橋投手の気持ちの波にも真摯に向き合ってきた。
「こっちも受け止めるのはダメージありますけど、言えるならいったほうがいいし、出せるものは出したほうがいいと僕は思うので。僕の役割としては、ちゃんと聞くとか受け止めるとか、だから。同調して一緒に文句言ったりはしないようにしてますけど、ハルトの気持ちもすごくわかるし、聞けるだけ聞こうと」。
いつ、どんな言葉をかけるかは難しい。不安定な精神状態のときに「ただ単純に前向きなことを言っても、『全然わかってないだろう』って思うだろうし、だからといって一緒に落ち込んでも解決はしない」と様子を探りながら、かける言葉を探す日々だった。「ちょっと持ち上げるチャンスだなと思ったら、いい言葉をかけたり、今はダメだなと思ったらそっとしとくとか…」と、つぶさに観察し、寄り添った。
「それでも徐々に前向きになりました。ときには止まったり、落ちたりしましたけど、私生活での変化も大きかったんじゃないかなと思いますね。(手首の)手術をしたらよくなるかもしれないという希望が出てきて、そこからはわりと安定しましたね」。
前例がなく、診断もつかず、ただただ不安な状態から脱し、光が射した。
投げ抹消とはいえ、基本は1軍帯同だ。新井さんも一抹の淋しさを感じている。
「とりあえず今シーズンはケガなく完走して、1軍でゴールテープを切ってほしい。来シーズンに向けては、まだやらなきゃいけないことも多いので。こっちに残留で来たときは見せてもらって…本人が見せてくれるならですけど(笑)。自分でもいろいろ探してやると思うので、とにかくケガなくやってほしいですね」。
もう二度と戻ってくるなと、温かく見守っている。
■とてつもない強力な戦力
髙橋投手のもとには、この日を待ちわびていた友人知人からの連絡が数多く届いた。また、両親や元チームメイトも見に来てくれ、現チームメイトたちもインスタグラムのストーリーズに祝福のメッセージを投稿してくれた。
「勝てたのはみんなのおかげなんで、それはよかったなって思います。応援してもらった人にいいところを見せられた。新井さんに見てもらえたのも、よかったなと思います」。
そして、いつも口にするのはファンの存在だ。試合にも出ていない自分を変わらず応援し、見ることがかなわなくても鳴尾浜球場に足を運んでくれたファンにも、感謝の気持ちを口にした。
「やっと恩返しっていうか、試合で投げているところを見てもらうことができた。ずっと待っていてくれて、ほんとにありがたいし、嬉しかったです」。
スタンドで揺れていたたくさんの「髙橋遥人タオル」も、復活を喜んでいた。
今後に向けて、「もう少し長いイニングを投げられるように、しっかり試合を作れるように頑張りたい」と力を込める髙橋投手。
単なる「復帰」ではなく、完全なる「復活」。熾烈な戦いを極めているタイガースに、「髙橋遥人」というとてつもなく強力な戦力が加わった。
■番外編
【髙橋遥人 語録】
*ウィニングボールをどうするか
「どうしようか。両親かな。どうすかね。ほんとはスタンドに投げようかなと思ったんですけど。ファンの人にたくさん応援してもらったんで。それ、あれかなと思って、違うかなと思って、どうしようかなと思って」。
*登板前日、取材陣に交じって才木浩人投手から夕食は何を食べるかと質問
「(京セラドーム内の選手用)食堂で食べたんですけど、牛カルビ丼とエビピラフと唐揚げと麻婆豆腐を食べました。なんか家じゃなく食堂やんって思いながら」。
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(表記のない写真の撮影は筆者)