「2021年の最後よりボールの質はいい」ー阪神・髙橋遥人が術後のキャッチボールで得た手応えとは
■今のほうがボールの質がいい
「着実によくなっている。2021年の最後に投げたときよりも、今のほうが全然いいんで。ボールの質は、あのときより今のほうがいい。いい感じじゃないかなと思います」。
9月28日。遠投の距離を70m超に伸ばした阪神タイガース・髙橋遥人投手は、徐々に状態が上がってきている手応えを感じ、明るい表情で語った。
「2021年の最後」とは、シーズン終盤の9月に1軍復帰し、7試合に投げて4勝2敗、防御率は1.65、プロ初から2試合連続完封勝利という偉業を成し遂げたときのことだ。そのときよりも、今のボールのほうが質がいいという。
だから視界に広がる光が今、ハッキリと見えるのだ。そしてそれが声にも表情にも表れている。
■手術の経緯
その2021年のシーズン後、11月に左肘のクリーニング手術を受けた。しかし違和感があり、万全な状態にするためにと翌2022年4月18日に左肘内側側副靭帯再建術(トミー・ジョン手術)を受けた。
年が明けた今春キャンプのブルペンでは捕手を座らせての投球まで進んだが、その後また「状態が上がってこなくて」とノースローが続き、6月には左尺骨短縮術および左肩関節鏡視下クリーニング術を受けた。
■「自分は自分でいいや」と自分のことに集中
進んだかと思えば、また立ち止まらねばならない。その中で、長いトンネルのようなリハビリの日々は、メンタル的にも非常にきつかっただろうと察する。
何度も気持ちの浮き沈みを経ながら、髙橋投手はもがき苦しみ、自身と闘ってきた。
投手にとって、投げられないことほどつらいことはない。周りを見れば、チームメイトがどんどん活躍している。気にしないでおこうと思っても、気にならないはずはない。
最初のころは「自分は何してんだろう…」と鬱々としていた。だが、それを「自分は自分でいいや」と考え方を切り替えた。どうにもできないことを考えてもしかたがない。「みんな、すごいな」と素直に賞賛しつつ、しっかりと自己と向き合い、自分のことに集中するようにした。そうしたら気持ちも落ちなくなったという。
また、“同志たち”の存在も大きかった。同じように手術をして投げられず、ともにリハビリに汗を流した選手たち。「(小川)一平とか(伊藤)稜、もっちー(望月惇志)もそうですけど、すごく勉強になります」と、彼らの姿勢からも学びながら、お互いに励まし合ってきた。
■投げたい気持ちを自制しつつ、徐々にステップアップ
ようやく投げられるようになり、キャッチボールには日々、明らかな進捗が見られる。先週は30mでトータル50球のキャッチボールから35m、40mと距離を伸ばし、27日には50mの距離で8割強の力で腕を振って、低く強い球を放った。
70m超の遠投では強い球よりも体を大きく使って投げることを目的とし、「(今後)下がれるところまで下がりたいと思っている」と距離を伸ばしていく予定だ。
しかし、近い距離で強い球を投げるのは「疲れなくなったら短くしていくんじゃないかな。今の距離でしっかり投げられるようになってから。もうちょっと、じっくりやっていかなきゃいけない」と、もう少し先になるという。
投げられる喜びを感じ、そうなるともっと投げたい、もっと投げたいという欲求がわいてくるのが投手というものだ。だがそこは焦らず、しっかり自制しなければならない。
というのも、メスを入れた左手首はまだ硬く、スムーズな動きになるには時間が必要である。
右手で左手首を触っている様子を度々見かけるが、「違和感はあります。まだ硬いんで、ほぐしてるっていうか、自分で触って動かしているって感じ。痛いとかではないです」と、少しでも柔らかく動かせるように自ら手を施しているのだと、手術痕を見せながら明かす。
「動きが出ない分、力を入れなきゃいけないんで疲れやすい。ボールが離れるのもちょっと早い。握力じゃないけど、そのタイミングで力がちょっと入りづらい」。
スムーズに動かないから過剰に力を使い、だから疲れるのだと説明する。
■元に戻るだろうという感覚
ただそれも、日を追うごとに快方に向かっているのを実感している。
「キャッチボールを始めてから、『今日、全然よくないわ』っていう日もないし、だんだん投げる体力もついてきている。ほぐれてきているんで、疲れづらくなってるんじゃないかな」。
まさに“日にち薬”である。
チームはリーグ優勝し、周りからは「おめでとう」と言われるが、「僕も『おめでとう』と言うほうなんで、なんか複雑」と、その渦中にいない己に対する歯がゆさや淋しさを滲ませる。
しかし、決して悲観はしてるわけではない。
「手術する前よりは全然いいし、これ、元に戻るんじゃないかなっていう感じがする。ボールの質も元にだいぶ近づけている。元に戻ると思います」。
自分の中のたしかな“兆し”は、目の前を明るく照らしてくれている。次は「おめでとう」をしっかりと受け取ることができるだろう。
■ファンから愛される髙橋遥人
鳴尾浜球場では連日、ファンからプレゼントが手渡される。髙橋投手が受け取るその数は、常にチームで一二を争うくらい多い。
「何もしてないのに申し訳ない」と恐縮する髙橋投手だが、それだけファンから愛され、期待されているということだ。
着実に前に進んでいる髙橋遥人のこれからが、本当に楽しみだ。
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(撮影:筆者)