阪神タイガースに上本博紀 野手コーチが誕生!「選手ひとりひとりと全力で向き合う」
■2年連続の優勝監督で胴上げ
「満を持して」―。
まさにこの言葉がしっくりくる。
上本博紀氏が阪神タイガースに帰ってきた。いや、これまでもタイガースアカデミー・ベースボールスクールのコーチや阪神タイガースジュニアのコーチ、監督、そして阪神タイガースWomenの監督を務め、同じユニフォームを着ていたので、正確には「チームに」帰ってきたということになる。
2009年にドラフト3位で早稲田大学から入団した上本氏は、その体躯からは想像し得ないパンチ力とトップクラスの走力で活躍したが、センスあふれるプレーの一方でケガに泣かされることも多く、2020年のシーズンをもって引退した。
引退後はタイガースアカデミーのコーチに就き、夏からは「NPB12球団ジュニアトーナメント」に出場するタイガースジュニアのコーチも兼任した。昨年はタイガースジュニアの監督に就任し、初の優勝に導いた。
今年は阪神タイガースWomenの監督として指揮を執り、「全日本女子硬式野球選手権大会」でも初優勝して、女子選手たちの手によって宙に舞った。
選手ひとひとりの力量や特性、性格までも見抜く確かな目、適材適所で活かす采配、ここぞの場面での勝負勘。そしてその根底にある選手への愛情、野球への情熱。それらを備えた上本氏だから、選手の能力を伸ばし、勝てるチームを作り上げることができたのだ。
そして今また、新たな一歩を踏み出した。
■緊張の就任会見
10月25日午前、野手コーチ就任会見に臨んだ上本氏は、冒頭で「まずは大事な時期に申し訳ないというか、ありがとうございます」と口にした。常にこのように周りに気を配るところが、いかにも上本氏らしい。
そして「いつもそうなんですけど、不安とか緊張とかがいっぱいです。あと女子野球を離れる淋しさみたいなのも出てきて…いろいろです」と心境を明かした。だからだろうか、会見中はずっと表情が硬かった。
だが、新しいポストに向けて、やる気がみなぎっているのは十二分に感じられた。
「自分の性格上、いつも不安だったり緊張があって、楽しさと喜びっていうのはあまりない」と言い、「でもそれがあるから毎日頑張れるっていうところもある。選手ひとりひとりに対して、一生懸命やることがタイガースのためになると思ってやっていきます」。
そう力を込めた。
■たいせつにしているのは、選手に対しての「敬意」
そんな上本氏には、指導をする上でたいせつにしていることがあるという。「選手は全員、年齢は下ですけど、敬意をもって接したい。これはいろんな方から教わったりして学んだことではあるんですけど、そこは一こ、軸にというのはあります」と、これまでも、そしてこれからも「敬意」をたいせつにする。
野手コーチの要請を受けたときには「本当、一生懸命やろうって毎日思ってるんで、その継続」と、さして驚きはなかったと言い、「まだちょっと実感がわいていない部分があるんで、これから出てくるかなとは思います」と話した。
大学の先輩にもあたる岡田彰布監督とも会話を交わした。
「大事な時期なんで電話でっていう形だったんですけど、『一緒にユニフォームを着て、一緒に頑張ろう』という言葉をいただきました。とくに岡田監督っていうのもあって、ちょっと背筋が伸びたところはあります」。
岡田監督や先輩コーチ陣からも今後、さまざまなことを学んでいく。
■選手への思い
指導歴は3年だが、指導者としてこれまで数々の経験をしてきた。
「負けたときに選手が悔しがっている、泣いている姿というのが印象強い。勝負ごとなので、そういったときもありますけど、選手が喜ぶことを多く経験させてあげられるように、サポートしていきたい」。
2021年のタイガースジュニアの選手たちが負けて泣き崩れたシーンは、いつまでも忘れられないと、あとになっても語っていた。二度とそんな思いをさせたくないという気持ちが原動力となり、2022年の優勝につながった。
根底にはいつも選手への思い、愛情がある。
■タイガースジュニアの教え子たち
上本氏がタイガースジュニアでコーチとして指導した2021年、監督だった2022年のそれぞれキャプテンや副キャプテンたちに「上本コーチ」「上本監督」との思い出を語ってもらった。
《2021年の教え子》
◆赤司海斗(キャプテン)
「技術面だけでなく、人としてたいせつなことで目配り気配りだったり、オンとオフの切り替えがうまくできる選手がいい選手になれるってことを教えていただきました。
前は自分だけがよかったらいいっていう考えだったので、教えてもらったことがすぐにはできなかったけど、意識するようになって徐々にできるようになりました。中学生の今も続けています。
プレーに関しては教え方がすごく丁寧にわかりやすくて、バッティングは上本コーチとティーやバッティングをしたおかげで、今はチームの3番として長打も単打も場面に応じて打てています」。
【赤司海斗の現在】
上本コーチの教えを活かして目配り気配りをし、チームが困っているときには率先して声をかける頼れるキャプテンだ。
中学1年の終わりごろから、ピッチャーに加えて初めてキャッチャーもするようになり、“二刀流”でゲームを作る楽しさに目覚めている。
◆大西奏輔(副キャプテン)
「教えてもらったことはいっぱいあるんですけど、まず野球以外の部分、礼儀とか挨拶をけっこう言われたので、それは今も残っていて、中学でもちゃんとやっています。
守備については、僕ショートを守ってたんで、捕って投げるだけじゃなくて、指示する声とか、守備位置を確認する声かけとかをけっこう教わりました。
上本選手が好きだったので背番号4を着けさせてもらった。マンツーマンで教えてもらったのは嬉しかったし、教え方が一番自分に合ってたというか、一番納得できる教え方をしてくれる方でした」。
【大西奏輔選手の現在】
今年ローカル大会4つに出て、3大会で優勝した。ショートを守り、仲間からは「奏輔のところに飛んだら安心できるわ」と言ってもらえるようになったことで、自分自身の成長を感じている。
今も打撃に行き詰ったときなど、もっとも信頼できるという上本コーチに相談に乗ってもらい、向上するべく奮闘している。
◆有本豪琉(副キャプテン)
「バッティングを教えてもらったときに、『リストが強いから、頑張ったらもっと打てるようになる』とかプラスになるようなことを言われたのが、印象に残っています。守備でも捕り方とかを基礎から教えてくれたりして、すごくわかりやすかった。
上本コーチの指導でちょっとはうまくなれました。今の自分にとっても、もらったアドバイスが一番役立っているかなと思います」。
【有本豪琉選手の現在】
体もかなり大きくなり、大きな大会にもいくつか出場している中、甲子園球場で開催されるタイガースカップに出場することが決定した。
そのことを上本コーチに報告したら、見にきてくれるとの返事がきたと喜んでいる。タイガースのコーチ就任前の話なので、スケジュールがどうなるか気になるところではあるが…。
(*ちなみにタイガースカップには、タイガースジュニア2021の永井仁之丞選手、中島大誠選手、赤司海斗選手、多井桔平選手も出場する。)
《2022年の教え子》
◆小松蓮(キャプテン)
「自分たちの監督がコーチになるのはすごいな、嬉しいなって思いました。今までよりか阪神の試合を見るのが楽しみになりました。
上本監督には『周りが焦っとったりピンチのときとかに、自分が冷静におったらチームも落ち着いて流れを作っていける』と教わりました。今も試合中にそれを思い出して、冷静になるようにしています」。
【小松蓮選手の現在】
11月4日にヤングリーグなにわ大会の準決勝と決勝を控えているが、ショートのレギュラーとして「優勝します」と力こぶを作る。10月の試合にはひょっこり上本氏が岩本輝コーチとともに見にきてくれたそうで、その目の前でホームランを打てたことが非常に嬉しかったと振り返っている。
ちなみに同じチームにはジュニアの和田海敬選手、高橋琳来選手も所属している。
◆殿垣内大祐(副キャプテン)
「練習試合で一度、僕たちが負けても悔しさも出さずに笑ったりしてたとき、上本監督から厳しく言われたことがすごく残っています。その日は帰ってから、キャプテンの蓮とLINEで今後どうするかというのを話し合いました。
普段楽しくふざけるのはいいけど、やるときにはちゃんとやらないといけないなって話して、僕らが引っ張っていかないとって思って、次の試合からは気合いを入れ直して取り組みました。
中学生になった今も、試合ではしっかり切り替えて、集中して取り組むようにしています。
タイガースジュニアに入ったこと、上本監督に出会えたことは自分にとってすごい経験でした。今でもジュニアだったと注目されることが多いけど、それにふさわしい活躍をしたいと思っています」。
【殿垣内大祐選手の現在】
8月にアメリカで開催された「カル・リプケンU―12ワールドシリーズ」の日本代表に選ばれ、投手と捕手の二刀流で世界第3位に貢献した。
また「Rookie Baseball Cup」の関西大会で準優勝し、12月末の石垣島での全国大会に出場が決定した。この決勝戦でジュニアの高崎辰毅選手のチームと対戦し、高崎選手の打球が右腕に当たったため降板して敗れただけに、全国大会でのリベンジに燃えている。
◆井澤佑馬(副キャプテン)
「めっちゃビックリ!ジュニアでもWomenでも1年目で優勝してるので、やっぱりいい監督だから(コーチに呼ばれた)と思いました。
ジュニアでは全然打てなくて、左脇にタオルとか入れてスイングしたらヘッドが走ると言われて、教えてもらった瞬間に打球が飛ぶようになりました。
試合が終わったあと、お菓子とかジュースとかごちそうしてくれたのが印象に残っています。『はい、これ』ってめっちゃカッコいい感じで渡してくれて、夢があるなぁ~って感じがしました。
上本監督もコーチ(岩本輝、藤川俊介)2人もすごくしゃべりやすくて、やりやすかったです。僕たちのことをめっちゃ信じてくれる。それがよかった。
来年はテレビで試合を見るとき、上本監督だけ探してしまうと思います(笑)。
僕もタイガースに入るので、それまでコーチしていてください。これ、最後に必ず書いといてくださいね」。
【井澤佑馬選手の現在】
「ポテンヒットやラッキーなヒットも多い」と謙遜しつつも打率は約6割!
自チームが主催する「桃太郎大会」と、県内の1年生大会でともに優勝。11月には兵庫伊丹大会に出場予定だが、これはジュニアの中谷英太郎選手や亀岡壮佑選手が所属するチームが主催で、再会を楽しみにしている。ジュニアのチームメイトと試合で相まみえることも多く、切磋琢磨しあっている。
投手、捕手、内外野手さまざまなポジションに就く。ジュニアで外野手の資質を見出され、初めて経験して能力を発揮したことで、中学では外野も守るようになった。
■懐刀だった岩本輝コーチ
そしてタイガースアカデミー、阪神タイガースジュニア、阪神タイガースWomenで計3年、ともに戦ってきた岩本輝ピッチングコーチはこう語る。
「上本さんに付いていったら優勝しちゃった(笑)。ジュニアでも女子野球でも。やっぱり勝ち方を知ってるっていうか、広陵、早稲田…勝つ集団でやってきたのが染みついてるって思う。
監督としての上本さんは、選手とコミュニケーションはめっちゃとるんですよ。でも変に入りすぎないというか、いい距離を保って公平に見ている。でないと起用とかやりづらくなるからじゃないかな。
守備にはこだわりが強いと思います。捕り方とか声の出し方とか優先順位のこととか、「内野手」というのがすごく勉強になりましたね、一緒にいて。変わったことをするんじゃなくて、基本を徹底してやるっていう感じ、基本ありきでした。
『こういうふうに教えるんだ』というのも隣で見ていて学べましたしたね」。
3年間、苦楽をともにしてきた上本コーチを笑顔で送り出した。
■熱血指導は秋季キャンプから
高知県安芸市で行われる秋季キャンプ。11月1日のキャンプインから本格的にコーチとして指導にあたる上本氏。
「選手にまだお会いしてないんで、ひとりひとりの性格とか個性とかも違うと思いますし、どうやるかは会ってコミュニケーションをとってからになると思います」。
選手との接し方は、ジュニアや女子選手に対してしてきたことと変わらない。
コーチのポストと背番号は日本シリーズ後に発表される。
「あまり器用にできたりとか、口もうまいとか、そういうことはできないタイプですけども、毎日毎日コツコツ、本当に一生懸命に選手ひとりひとりと全力で向き合って、タイガースのために頑張っていきたい」。
その熱い口調は、これからの熱い指導を容易に想像させる。上本コーチが入閣して、さらに強い常勝軍団が築かれるであろう虎の未来が楽しみだ。
(表記のない写真の撮影は筆者)