『埋もれる殺意』は過去の犯罪を許さないイギリス社会を描く──ジャニーズ問題に対する日本社会とは大違い
身元不明の遺体の謎を解く
イギリスの民放局・ITVが製作するドラマ『埋もれる殺意』(原題”Unforgotten”)は、2015年から昨年まで5シーズンを放送した人気ミステリー作品だ。1シーズン6話(全体で約4時間半)でひとつの事件を描くこの作品は、イギリスアカデミー賞に毎回ノミネートされるほどのクオリティで、本国では人気も高い。日本では、AmazonプライムやU-NEXT、Huluなどで観ることが可能だ。
5シーズンすべてで共通するのは、地中や川などから身元不明の遺体が発見されることだ。その謎を捜査するのは、主人公のキャシーことスチュアート刑事(ニコラ・ウォーカー)。彼女は部下のサニー(サンジーブ・バスカル)とともに、捜査を進めていく。
見つかった遺体はどれも白骨化していたり、一部が欠損していたりするなど、手がかりは少ない。キャシーを中心とする刑事たちは、わずかな遺留品や遺体の特徴から被害者を特定し、犯人を割り出していく。
ただこの作品は、単にミステリーとして優れているだけではない。遺体はそれぞれ長い年月見つからなかった。シーズン1の邦題の副題は「39年目の真実」、シーズン2は「26年の沈黙」とあるように。
それでも警察は、事件と向き合って地道な捜査を続ける。それは「遠い過去の犯罪」に対し、イギリス社会がどのように向き合うかをわれわれにしっかりと伝えてくる。
並行して描かれる重要参考人
この作品の大きな魅力のひとつは、キャシーたちの捜査過程だ。
彼女たちは、極めて地道に捜査を積み重ねていく。たとえば、遺体とともに見つかった自動車のキーや、骨折の際に手術で埋め込まれたプレートを調べ、そのわずかな手がかりをもとに被害者を見つけ出していく。しかもイギリス国内だけでなく、ギリシャやフランスなどからも情報を得ることもある。
そのプロセスは決して派手とは言えないが、とてもおもしろい。特別なことはせず、情報を多角的に精査することで「事実」を突き止めていく。
そうした刑事たちの描写と並行して、まるで関係ないように見える複数の人物のエピソードも描かれていく。だが、だいたい3話目あたりから、これらの人物が事件の重要参考人であることが見えてくる。
『埋もれる殺意』の最大の特徴は、この構成にある。本筋と関係ないように見える話がいくつも出てくるので当初は散漫に感じるが、段階的にそれらが収斂していく。小説ではよくある構成だが、ドラマではあまり見かけない。
しかも事件となんらかの関係がありながらも、かならずしも全員が犯人とは限らない。観賞者は誰が犯人かを予想しながら観る。途中に捜査会議で幾度か登場人物の整理もされるので、そんなにややこしくもない。そして中盤から後半にかけて、話がひとつにまとまっていく過程はなんともスリリングだ。
たびたび描かれる未成年者虐待
もうひとつ興味深いのは事件の背景だ。
ネタバレになるので詳細は書かないが、未成年者への性的虐待やゲイ差別がたびたび描かれる。前者は小児性愛がイギリス社会で強く問題視されることが、さまざまな描写から伝わってくる。後者は、ゲイの人たちが生きにくかった70~90年代が事件の背景にあるなどとして描かれる。
ここで想起するのは、昨年から今年にかけてジャニーズ事務所の性加害問題を厳しく追及したのがイギリスの公共放送・BBCであることだ。同局のモビーン・アザー記者がジャニーズ問題についての追及をやめないのも、イギリス社会のこうした描写を見れば十分に納得できる。
それは単なる感情論ではなく、児童虐待の被害者が中長期的にその傷で苦しむことが社会で周知されているからだ。『埋もれる殺意』でも、シーズン2「26年の沈黙」では幼少期の虐待による構造的な問題が主題となっている。
サヴィル問題を告発したITV
またイギリスでは、2012年にテレビ番組の人気司会者で前年に亡くなったジミー・サヴィルが生前に約60年間続けていた性的虐待疑惑が発覚して大きな問題となった。この事件を最初に報道したのが、『埋もれる殺意』を放送した民放局・ITVだった。
ITVの告発からほどなく警察も動いた。加害者は故人なので起訴されることはなかったが、被害者の声を集めちゃんと事件として記録化した。その数は214件にものぼり、被害者は約450人でその8割は若者か子どもだった。そこにはBBCの敷地内で行われたサヴィルの性虐待も含まれている。
一方このとき、BBCは報道に消極的だった。当初、BBCの報道番組『ニュースナイト』は、2011年にサヴィルが亡くなった直後に性的虐待疑惑を知って調査を始めたものの、そのレポートは放送直前にお蔵入りとなった。
後の検証委員会の調査では、上層部からの圧力は認められなかったが、報道に消極的な姿勢が明らかになった。BBCが今回ジャニー喜多川問題に積極的に取り組むのは、おそらくこのときの反省だ。
過去の犯罪に対する日英の違い
これらの過去の犯罪における警察やメディアの姿勢は、イギリスと日本ではやはり大きな隔たりがある。フィクションである『埋もれる殺意』には、イギリス社会の強い姿勢が反映されていると捉えていいだろう。
対して日本では、ジャニー喜多川氏以外にも存命する社員ふたりが性加害行為をおこなっていたことが『週刊文春』とBBCの追及によって明らかになっているにもかかわらず、いまだに警察も検察も動かない。
メディアも、いまは私や朝日新聞やNHK以外は、SMILE-UP.(旧ジャニーズ事務所)に残されている問題を厳しく追及しようとせず、民放キー局にいたっては自己暗示かのように「タレントに罪はない」と繰り返してやり過ごそうとしている。
それはエンタテインメント──ここではテレビドラマに対する熱意の違いとしても解釈できるだろう。日本にも有能で意欲的なドラマ制作者がいることは否定しないが、いまだに国内の放送で視聴率を取るために人気芸能人のキャスティングばかり優先されているのが実状だ。
キー局もそれを優先するがゆえに報道に消極的になりつつある。民放局社長が定例会見で繰り返す「タレントに罪はない」とのクリシェの裏には、「視聴率が欲しい!」との欲求が潜んでいる。
もちろん、そんな日本のテレビドラマが動画配信時代に国内外で著しく競争力を失っているのは自明だ。国内では韓国ドラマが大人気で、『埋もれる殺意』のようにイギリスドラマも簡単に観られる。最近はグローバルヒットするドラマもあるが、概してNetflixの製作だ。
長らく業界政治ばかりを重視してきたために日本のテレビ局からは多くの才能が失われた。脚本と演出に力を入れて海外の視聴者を惹きつける能力がないからこそ、「タレントに罪はない」と念仏を唱えて旧ジャニーズタレントにすがり、報道にも抑制的だ。その構図はもはや無惨と言うほかない。
その逆に『埋もれる殺意』は、動画配信時代だからこそ日本で多くのひとに届く環境にある。放送が中心だった時代には、イギリスのドラマを観る機会はなかなか得られなかったことを考えれば、時代は大きく変わった。
鈍感で無責任な日本社会やテレビ局は、『埋もれる殺意』から多くのことを学ぶ必要がある──。
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