Netflix映画『ドント・ルック・アップ』は、人類滅亡危機におけるトンチキ模様をひたすら描く
巨大彗星や隕石が地球に迫り、人類が滅亡に危機を迎える──映画においては古くからの定番モチーフだ。1951年公開の『地球最後の日』から、幾度となく見られてきた。2021年12月24日から配信されているNetflixの新作映画『ドント・ルック・アップ』もそのひとつのバリエーションだ。
しかし、その内容はこれまでにはなかった特異な魅力を放っている。人類の危機を描く作品であるにもかかわらず、登場人物の多くは驚くほどのバカばかり。彼らのどうしようもないトンチキがひたすら描かれる。
モチーフは『ディープ・インパクト』や『インデペンデンス・デイ』、あるいは『エンド・オブ・ザ・ワールド』などと共通するものの、それらとはまったく異なるブラックコメディだ。
危機を軽視する大統領とマスコミ
天文学者のディビアスキー(ジェニファー・ローレンス)とミンディ(レオナルド・ディカプリオ)は、地球に向かってくる巨大彗星を発見する。計算すると、半年後に確実に地球に衝突する。
即座にNASAに連絡し、ホワイトハウスに招かれるも、なかなか大統領には会えない。なんとか会えたオルレアン大統領(メリル・ストリープ)もまともに取り合おうとしない。99.78%の確率で地球に衝突すると伝えても、3週間後の中間選挙を気にする大統領はこう言う。
「70%で話を進めて。人に言えないでしょ、100%の確率で死にますって」
人気情報番組への出演も、出番はゴシップの渦中にあるスター(アリアナ・グランデ)の次。ディビアスキーは必死に危機を訴えるも、おもしろキャラとして番組コンテンツに回収される。番組を観ているひとびとも、SNSでシェアする素材とするばかり。
“ザ・本気”のIT企業社長
人類の滅亡危機を描きながらも、これまでの同モチーフの作品とくらべるとその描写はもっとも軽薄で、それゆえゾッとさせられる。
大統領やマスコミはちゃんと未来への対策を講じようとせず、とにかく自分にとっての利益を誘導することしか考えない。
そんななかでもっとヤバい存在は、中盤から存在感を増すIT企業・バッシュの社長ピーター・イッシャーウェル(マーク・ライランス)だろう。スティーヴ・ジョブスやビル・ゲイツ、最近だとイーロン・マスクを思い起こさせる彼は、自社開発のドローンで彗星の破壊を目論む。彗星には貴重なレアアースが大量に含まれていたからだ。自信満々、“ザ・本気”の計画だ。
バッシュ社を大口スポンサーとする大統領も、NASAと軍隊で準備していた彗星爆撃を急遽取りやめてイッシャーウェルの話に乗る。しかし──。
トランプを経験したアメリカ
「いくらなんでもバカすぎ」と思うシーンは多く出てくる。しかし、これは間違いなくトランプ時代を経験したアメリカだからこそ出てきた作品だ。
この巨大彗星は、さまざまな事象が代入可能なメタファーでもある。たとえば、天文学者の声が次々と軽視される展開は、環境運動家のグレタ・トゥーンベリさんに対するドナルド・トランプ大統領の不遜な振る舞いや、彼女をあざ笑う女性蔑視主義者の中年男性を連想させられる。
加えて思い起こさせるのは、パンデミックによって右往左往したここ数年だ。新型コロナウイルスは、結果的に各国トップのリトマス試験紙となった。
トランプ大統領は当初ウイルスのリスクを軽視したこともあってアメリカは最大の感染拡大国となり、日本の安倍晋三首相もエビデンスを無視した突然の学校閉鎖や不良品が多く含まれる布マスク配布によって強い反感を買った。政権にまったく忖度しないウイルスは、ポピュリストの化けの皮を引っ剥がした。
為政者や学者は全体や未来のために存在する。科学(学問)はおしなべて未来予測のためにあるが、為政者がその価値を軽んじれば大きな失策を招く。コロナ対策はそれをまざまざと見せつけた。そして、地球温暖化も現在進行形だ。
しかし、この作品を観て腹の底から笑えるひとはどれほどいるのだろうか。なぜなら眼前の利益だけを目的とし、中長期的な展望を持たない人は少なくないからだ。
部分(ミクロ)と全体(マクロ)の問題が連続的であることへの想像力は、一般のほとんどのひとは有していない。1年先の会社の利益や自己保身が、20年後にみずからの業界を破綻させることなど考えない。もはやひとびとには、プロテスタンティズムも成長神話も共同体意識もない。そんな倫理観のない存在を包摂するのも成熟した近代社会だが。
もちろん、いざというときのことを考えているひともいるかもしれない。そのときは、一目散に逃げ出せばいいと。しかし、ちゃんと逃げ出せればいいのだが、その先になにがあるかもこの作品は教えてくれる──。
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