Netflixドラマ『D.P. -脱走兵追跡官-』は暴力とイジメにまみれた韓国の兵役制度を告発する
BTSも免除されない兵役
現在、韓国のボーイズグループ・BTSが世界的に大人気だが、数年後にその活動は中断する可能性が高い。なぜなら兵役があるからだ。韓国の男性は28歳になるまでに入隊し、2年弱の兵役を務める義務がある。BTSには特別に入隊が2年間延長される法律も成立したが、それでも兵役を免除されたわけではない。
こうした兵役に真正面から挑んだ作品が8月27日に公開された。Netflixオリジナルの韓国ドラマ『D.P. -脱走兵追跡官-』(シーズン1:全6話/各話45-55分)だ。
このドラマは、毎話このテロップから物語が始まる。韓国人男性にとって、兵役は人生における大きな関門だ。20代の楽しい時期に、頭を丸刈りにし、男ばかりで自由もプライバシーもない空間に2年弱も強制的に押し込められる。
これまでにも、韓国の軍人や兵役を描いた作品は存在したが、これほど注力して描いたものはない。しかも、そこでは暴力とイジメが蔓延する暗部が入念に描かれており、韓国で大きな波紋を呼んでいる。
刑事・探偵×バディ×兵役
日本の場合、社会問題を扱う作品は地味で真面目な内容になりがちだが、韓国ではそれを間口の広いエンタテインメントに仕上げてくる。『D.P.』もその例に漏れることはない。主題は兵役だが、この物語の基礎は刑事・探偵もののようなバディ作品だ。
主人公のアン・ジュノ(チョン・ヘイン)は、2014年に陸軍に入隊した。憲兵隊(軍警察)の二等兵で、呼ばれたときはまず「二兵、アン、ジュン、ホ」と返事をしてから回答する。真面目で洞察力に優れていることを認められた彼は、脱走兵を追跡・逮捕する担当官・D.P.(Deserter Persuit)に任命される。
ジュノの生い立ちは厳しかった。母親は病気で入院しており、父親の暴力を浴びる生活を過ごしてきた。彼はボクシングの経験があるが、それも父親の暴力から逃れるためだと話す。
彼とタッグを組むのは、ハン・ホヨル上等兵(ク・ギョファン)だ。明るくてジョークを絶やさない彼は、キャリアの浅いジュノにさまざまな知識を与える。
部隊の外で活動するので、D.P.の自由度は高い。私服を着て、髪も伸ばせる。このドラマでも、ホヨルが店員に「徒歩で全国一周しています」と嘘をついてサウナに泊まるシーンがある。
シーズン1では、ふたりは計5人の脱走兵を捕まえに行く。そのなかには、なにを考えて脱走したのかわからない者や、極めて素行の悪い暴力的な者もいる。これらの脱走兵を追う過程で、ふたりは若者たちが置かれているさまざまな境遇を探り、軍隊から逃げた理由を知る。そして視聴者も、脱走兵を通して韓国における兵役と社会の問題を見通すことになる。
権力構造を体験させる兵役
今シーズンの脱走兵でもっとも注目すべき存在は、やはりクライマックスと言えるエピソード5~6で描かれるチョ・ソッポン(チョ・ヒョンチョル)だ。アニメ好きで、兵役に就くまでは美術学校の講師をしていた彼は、ジュノにも上官として丁寧に接する心優しい存在だ。だが、そんなソッポンをジュノとホヨルは追わなければならなくなる。
韓国の兵役は、部隊ごとに厳しい上下関係がある。入隊時は最底辺だが、時間の経過とともに階級が上がっていく。そして除隊目前になると、もっとも強い立場となる。つまり2年足らずの期間で、組織の権力構造を下から上まで──被害者から加害者までを自動的に体験させられる。
ソッポンが受けているいじめも、この権力構造によって生じたものだ。しかも彼はオタクだとしてさらに苛烈ないじめを受けており、一方で優しい性格のために自分は部下をいじめることはできない。しかしある日、逆上して上官を袋叩きにして脱走してしまう──。
この作品で執拗に描かれる軍隊でのいじめは、韓国でも深刻な問題と見なされてきた。とくに00年代以降には、いじめられた側が上官や同僚を殺す事件が頻発している。なかでもジュノが入隊した2014年には、銃乱射によって5人が射殺される事件がコソンで起きた。このドラマにも、その事件を連想させるシーンが一瞬出てくる。
経済大国かつ分断国家として
現在の韓国は、ひとりあたりのGDP(購買力平価/IMF)では2018年に日本を追い抜いたほどの経済大国だ。日本よりも経済格差は激しいが、多くの国民が衣食住に困らない生活を送るなかで、若き日の2年弱を費やす兵役が不条理として感受されるのは当然だ。
決して見逃せないのは、今シーズンのラストにおいてジュノが見せるあの態度だ。「告発」的とすら言えるそのシーンは、兵役を義務化する韓国政府に対して強いメッセージを突きつけている。
それもあって、『D.P.』は韓国で大きな反響を巻き起こした。たとえば来年3月に行われる大統領選挙に立候補する全員がこの作品について言及し、そのなかの複数は徴兵制から募兵制への転換を公約に掲げたほどだ。
国会でもこの作品についての質疑があり、ソ・ウク国防長官は「いまの兵営環境は変わっているはずだ」と答弁した。たしかに現在は、任務外の携帯電話の使用が許されるなど、このドラマが舞台とする2014年から変化している点はある。だが、この作品が韓国で多くの共感を呼んでいるのは、過去に韓国人男性の多くが苛烈な軍隊の体験をしているからだ。
男性のみに課せられる兵役は、韓国社会から男尊女卑の意識を払拭できないことにもつながっている。行きたくもない兵役に就かされる男性のなかには、女性が生まれながらに優遇されている存在と感じる者もいるのだろう。結果、各国の男女間格差を示すジェンダーギャップ指数では、韓国は153カ国中108位(2020年/世界経済フォーラム)と低迷している(兵役のない日本は121位とさらに低いが)。兵役は社会に良くない“副作用”ももたらしている。
とは言え、韓国はそう簡単に徴兵制をなくすこともできないだろう。北朝鮮の存在があるからだ。頻繁ではないが、武力衝突は過去に幾度も生じている。日本ではあまり周知されていないが、北朝鮮との朝鮮戦争はいまだに休戦状態にあり、決して終戦を迎えているわけではない。
こうした北との緊張関係が続くかぎり、政府が兵役の義務を簡単に弱めることはないだろう。加えて、日本以上に急激な少子化が進行しており、軍隊の人員を確保するために将来的にも必須だとの向きもある。
経済大国における豊かさと分断国家としての厳しさ──韓国人男性が避けて通れない兵役は、このギャップによって強い摩擦を起こしている。この『D.P. -脱走兵追跡官-』は、まさにその摩擦から生じた火花のような作品と言えるだろう。
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