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JASRAC対音楽教室裁判の最高裁判決について

栗原潔弁理士 知財コンサルタント 金沢工業大学客員教授
(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

先日から大きな話題になっていたJASRAC対音楽教室裁判の最高裁判決が本日出ました(参照記事)。

最高裁における争点は、音楽教室における生徒の演奏に著作権者の演奏権が効いてくるかということでした。今までの流れを簡単にまとめると、地裁判決は音楽教室における先生の演奏も生徒の演奏も著作権法上の演奏に当たり演奏権が効いてくる、知財高裁判決は音楽教室における先生の演奏は著作権法上の演奏に当たるが、生徒の演奏は当たらない、そして、最高裁判決は知財高裁の結論を踏襲し、生徒の演奏は当たらないと判断しました。判断の具体的ロジックについては、判決文の公開後に追記します。

最高裁では生徒の演奏分についてしか議論していなかったので、知財高裁判決における音楽教室における先生の演奏は著作権法上の演奏に当たるという結論が最高裁でひっくり返るという話は元より想定し難い話でした。

音楽教室において先生が演奏しないということは想定しがたいので、結局のところ、音楽教室側がJASRACに著作権使用料を払わなければいけないという結論に変わりはなく、変わるとするならば、JASRACが元々要求してきた2.5%という著作権使用料率の算定根拠が変わるので、料率が変わる可能性があるということになります。一部メディアが「音楽教室の生徒演奏、著作権料は不要」といったぱっと見ると誤解しそうな見出しで報道したりしているので勘違いしないよう願います。

この件についてはいままでもいくつか記事を書いていますので、ご参照ください。最後の5本が特に重要です。

「JASRACが音楽教室からも著作権使用料を徴収しようとする法的根拠は何か?」(2017/02/02)

「JASRAC vs 音楽教室:法廷で争った場合の論点を考える」(2017/02/06)

「JASRACと音楽教室の最新の言い分を検討する」(2017/3/2)

「著作権法における”一人でも公衆”理論を説明する」(2017/05/16)

「対JASRAC訴訟、ヤマハに勝ち目はあるか」(2017/5/16)

「JASRACの”潜入調査”は合法か?」(2019/07/08)

「JASRAC”潜入調査”の歴史について」(2019/07/09)

「音楽教室対JASRAC訴訟の第一審判決はJASRAC勝訴(まとめ)」(2020/2/28)

「音楽教室対JASRAC裁判の地裁判決は”一般人の常識に即した”ものか(前編)」(2020/2/29)

「音楽教室対JASRAC裁判の地裁判決は”一般人の常識に即した”ものか(中編)」(2020/3/3)

「音楽教室対JASRAC裁判の地裁判決は"一般人の常識に即した"ものか(後編)」(2020/3/4)

「音楽教室対JASRAC控訴審の判決について(追記あり)」(2021/3/18)

今までに何回も書いてきている話ですが、よく見られる誤解を再度まとめます。

第一に、今回の話は学校における音楽の授業とは関係ありません(「子供たちから音楽を奪うな」といった極端な物言いをする人がいるのでそれに引っ張られて誤解している人もいるかもしれませんが)。学校の授業における演奏は非営利・無料・無報酬の演奏として著作権者の許諾が不要であることが著作権法に定められています。JASRACがどんなにがんばっても、著作権法を改正しない限り、学校の授業での演奏から著作権使用料を取ることは不可能です。なお、音楽学校と呼ばれている学校の中でも学校法人格のあるもの(いわゆる認可校)であれば同様です。今回対象になっているのは、それなりの月謝を取っているお稽古事やカルチャースクールの範疇に属する音楽教室であり、数百億円の金銭が動く一大ビジネスです。

第二に、JASRACは音楽の使用を禁止する団体ではなく、所定の手数料を支払うことで音楽を自由に利用できるよう許諾する団体です。今回の判決により、JASRACが元々要求してた収入の2.5%という著作権使用料率が認められるとすれば(上記のとおり2.5%より低くなる可能性があります)、音楽教室側が最大でも収益の2.5%を支払うことになります(実際には、JASRAC管理楽曲をまったく使用しないレッスンもあると思われるのでそれよりは減るでしょう)。仮に、著作権使用料による増分がすべて生徒側に賦課されたとすると、現在の月謝が1万円であれば、それが1万250円になるということになります。

追加の250円はどこに行くかというと、JASRACが管理手数料25%を引いて著作権者に分配します。分配の割合が不公平だという俗説がありますが、音楽教室側がちゃんと使用楽曲を報告すれば報告通りに分配されます。通常、作曲家・作詞家は楽曲の著作権を音楽出版社に譲渡していますので、JASRACが音楽出版社に支払い、音楽出版社が契約にしたがって作曲家・作詞家に再分配することになります(この際に音楽出版社は特に新人の場合50%以上の手数料を取るのが業界慣行となっているようであり、中抜きしすぎじゃねという議論もあるようですが別論なので割愛します)。

つまり、音楽教室でたとえば米津玄師さんの曲を演奏すれば、その著作権使用料相当分がJASRACに支払われ、JASRACが音楽出版社(たとえば、日音)に支払い、音楽出版社が作曲家・作詞家である米津さんに支払います(契約次第ですが米津さんのマネジメント事務所に支払うかもしれません)。また、少なくとも、ヤマハの音楽教室の場合、エレクトーンやピアノのエチュード本は講師の方が作ったオリジナル曲が使われていることが多いようです。これらの楽曲も音楽出版社であるヤマハ音楽振興会を介してJASRACに信託されていますので、講師に分配が行われます。音楽教室講師にとってのインセンティブになると思われます。

さて、この判決による影響として、大手の音楽教室ではない、個人のピアノ教室等がどうなるかという問題があります。JASRACは、個人のピアノ教室には著作権使用料を請求しないという姿勢ですが、これは法律上は請求しようと思えばできるのが敢えてしない(仮に使用料を徴収しても事務負担の方が大きくて元が取れないので)ということです(前述の学校の授業のケースのようにそもそも徴収する権利がないのとは異なります)。実際上問題はなさそうとは言え、ちょっともやっとするところがあります。

福井健策弁護士が今回の判決の影響として、ゲーム音楽等のJASRAC管理楽曲でない楽曲の音楽教室等での練習での演奏、さらに、上演権にも適用されるとの前提で、ダンス教室における振付の利用についても、個別に権利者の許諾が必要になってしまうのではないかとの懸念を表明されています。

この懸念はわかるのですが、ただ、それを言い出すと、今回の判決のあるなしとは関係なしに、たとえば、Perfumeの振付を踊ってみた動画をネットにアップするのに事前に(振付師である)MIKIKO先生の許諾を取っている人がいるのか(ネットへのアップは非営利であっても著作権者の許可が必要です)、J-POPをジャズアレンジしてライブハウスで演奏するのに、事前に作曲家に同一性保持権を行使しない旨の了承をもらっているかという話になってしまいます。そうはなっていませんし、いちいち確認取ってたら権利者の方が迷惑でしょう。いわゆる「寛容的利用」としてOKになっていると考えられます。

日本の著作権制度と社会の現状を比較して見てみると、厳密に言えば著作権侵害だが権利者が黙認していることで許諾なしで利用されている「寛容的利用」のパターンは非常に多いです。今回の判決についても、巨額の金銭が動くビジネスである大手の音楽教室におけるJASRAC管理楽曲の使用についてはクリエイターへの分配を要求する、そして、たとえば、個人のピアノ教室などのその他の形態については、「寛容的利用」とみなすということかと思います。もやっとする部分はありますが、フェアユースの概念がほとんどない日本の著作権制度ではいたしかたないのではと思います。

弁理士 知財コンサルタント 金沢工業大学客員教授

日本IBM ガートナージャパンを経て2005年より現職、弁理士業務と知財/先進ITのコンサルティング業務に従事 『ライフサイクル・イノベーション』等ビジネス系書籍の翻訳経験多数 スタートアップ企業や個人発明家の方を中心にIT関連特許・商標登録出願のご相談に対応しています お仕事のお問い合わせ・ご依頼は http://www.techvisor.jp/blog/contact または info[at]techvisor.jp から 【お知らせ】YouTube「弁理士栗原潔の知財情報チャンネル」で知財の入門情報発信中です

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