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音楽教室対JASRAC裁判の地裁判決は「一般人の常識に即した」ものか(中編)

栗原潔弁理士 知財コンサルタント 金沢工業大学客員教授
(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

前回の続きです。

話が前後してしまいますが、裁判の争点について触れる前に、先に結論的な話を書いておきます。つまり、私が今回の結論に対して「一般常識に即した」と考えるかです。

少なくとも、ヤマハ音楽振興会や河合楽器などの大手楽器メーカーや楽器店が経営する音楽教室は数十万人の生徒を擁し、数百億円規模の金が動く一大ビジネスです。音楽作品を重要な素材として営利事業で儲けているのであれば、その一部をクリエイター(作曲家・作詞家)に還元するのは当然と考えます。JASRAC側が言う「一般常識に即した」とはそういう意味かと思います。「教育事業だから」とか「子供たちのために」(実際には大人向けレッスンも多いですが)特別扱いせよという理屈を付けるのであれば、楽器も無償で提供して欲しいですね(エレクトーン結構高いですよ)。

一方、個人の方がやられているピアノ教室等については別論と個人的には思います。現時点では、JASRACは、そのような教室には権利行使しない意図ですが、それはあくまでも現時点の意図であって、この地裁判決が確定すれば、法律的にはいつでも請求可能な状態になってしまいます。JASRACは作詞家・作曲家の代理人でしかないので、JASRACに作品を信託している作詞家・作曲家(および音楽出版社)が、大手音楽教室からは徴収するが小規模な教室からは徴収しない(売上げや生徒数で分類すればよいでしょう)という意思決定をすればよいのですが、音楽教室で演奏される楽曲には、映画音楽(アナ雪等)やスタンダード(ビートルズ、カーペンターズ等)といった外国曲も多いので、そう簡単にはいかないかもしれません。

これは、あくまでも私見ですので、読者の皆様のコメントお待ちしております。では、本題です。

争点3:音楽教室における演奏が「聞かせることを目的」とするものであるか

著作権法上には「演奏」の具体的定義はないので、22条(強調は栗原)の演奏権が効いてくるかが問題です。

第22条 著作者は、その著作物を、公衆に直接見せ又は聞かせることを目的として(以下「公に」という。)上演し、又は演奏する権利を専有する。

「公衆に」の方は争点2で争われたので、争点3では「聞かせることを目的として」がポイントになっています。コンサート等における演奏が「聞かせることを目的として」なのは当然として、レッスンにおける演奏がそうであるかは議論の余地があるでしょう。争点2(「カラオケ法理」、「1人でも公衆」)が今まで多くの裁判で争われてきた論点であるのに対して、争点3が裁判の場で争われることはあまりなかったと思います。

ちなみに、レッスンにおける講師の演奏には断片的なものがあるが、そういった演奏には(短すぎて著作物として知覚されないことから)演奏権が効いてこないという主張は争点4で争われています。

前回記事でも書いたように、レッスン中に講師が丸ごと1曲演奏する(および、CDをかける)ことがあることは原告も認めていますので、そのような演奏が22条の演奏権の範囲外なのかが争点3のポイントになります。

ちなみに、私は、JASRACの「潜入調査」に関する法廷資料を閲覧していますが、少なくとも調査対象となった教室では講師が丸ごと1曲演奏するのを生徒が黙って聴くケースは通常のようです。また、ソースは「はてブ」ですが「ヤマハのエレクトーン教室では講師がエレクトーン販促のためと思われる流麗な、教材に載ってない人気曲のデモ演奏を、ミニコンサートの様な形で定期的に実施してるのは多分教室に子供を通わせた親しか知らないよね」なんて話もあるようです(私も子供のころにエレクトーン習っていた時はそんな感じのように記憶していますが何せ50年近く前の話なので、現状をご存知の方がいれば教えてください)。

さて、これを踏まえた上で、音楽教室での演奏は「聞かせることを目的としていない」と主張するのはかなり難しいと思います。音楽教室側は、「聞かせることを目的とする」とは「聞き手に官能的な感動を与えることを目的とする演奏」のことであり、教室内での演奏はそうではない等とがんばって主張していますが、限定的に解釈する根拠が脆弱ですし、ヤマハやカワイのパンフレットに「講師の生演奏を聴いたりすることによってお子様の情緒を育みます」等々書いてあることとも矛盾するとJASRAC側に反論されたりしています(一般に、こういうダブスタは裁判官の心証を著しく悪くします)。ということで、原告側のこの主張はまったく認められていません。

争点4:音楽教室における2小節以内の演奏に演奏権が及ぶか

原告側としては、そもそも音楽教室における演奏には演奏権が及ばないと主張している(争点3)のですが、仮に及ぶとされても、2小節以内の断片的な演奏には演奏権は及ばないという予備的主張が争点4です(これが認められると後々の使用料の交渉等でも有利になります)。

2小節以下なら著作権を侵害しないという「都市伝説」に関する判断のようで興味深いですが、楽曲中の特定の2小節しか弾かないということはないので、それをもって著作物性を否定するのは相当ではない等々、裁判所には一蹴されています。2小節以下という話を引用(32条)の要件として争えばおもしろかったのかもしれませんが、判決文を見る限り引用の話は出てきていないようです。

続きます。

弁理士 知財コンサルタント 金沢工業大学客員教授

日本IBM ガートナージャパンを経て2005年より現職、弁理士業務と知財/先進ITのコンサルティング業務に従事 『ライフサイクル・イノベーション』等ビジネス系書籍の翻訳経験多数 スタートアップ企業や個人発明家の方を中心にIT関連特許・商標登録出願のご相談に対応しています お仕事のお問い合わせ・ご依頼は http://www.techvisor.jp/blog/contact または info[at]techvisor.jp から 【お知らせ】YouTube「弁理士栗原潔の知財情報チャンネル」で知財の入門情報発信中です

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