JASRAC「潜入調査」の歴史について
前記事にも書いたように、調査のために職員を生徒として音楽教室に送り込んでいたJASRACの「潜入調査」(正確には「覆面調査」)が物議を醸しています。心情的な反感はさておき、音楽著作権の実務をやられている方や(私を含む)「JASRACウォッチャー」の方にとっては、JASRACの身分を隠した実態調査はずっと昔からの平常運転で意外でも何でもありません(もちろん、心情的に反発があるだろうなというのはわかります)。
過去のJASRACの覆面調査が関連した判例をいくつかピックアップしてご紹介します。裁判所のサイトで知的財産裁判判例集を「音楽著作権協会」AND「実態調査」をキーワードにすれば検索できます。
検索できた範囲でも、古くは平成6年の裁判から、平成28年のファンキー末吉氏の裁判まで、JASRACの職員、または、調査会社の社員(および、その関係者)が、客(または生徒)を装って楽曲の利用実態を調査した結果が証拠として採用されています。
特に重要なものとして、有名な和歌山デサフィナードを原告とする大阪高裁の判決があります。JASRACの実態調査が違法であるとして損害賠償を請求したことに対して、裁判所は「(著作権侵害の可能性が高いと認められる状況でJASRACが)管理著作物の利用実態を調査・把握する必要上、調査員を店舗に客として入店させ、演奏実態を記録する自由を有していることは明らか」として、請求を棄却しています。
また、前記事でも引用したダンス教室に関する名古屋地裁の判決(このケースでは、調査員が、飲食店の客ではなくダンス教室の生徒として入会して調査をした点が今回のケースに似ています)。裁判所は、損害論において覆面調査の証拠能力について以下のように判示しています。
ということで、実態調査の結果はよほどのことがない限り証拠として今回も採用されるでしょう。繰り返しますが、それとは別に心情的に「何だかなー」というのはあるでしょう(私も法律論を離れた市民感覚としてはそう感じてしまいます)。
これらの過去のケースと、今回の違いは、2年間の長期にわたって調査していたこと、単に管理楽曲の利用実態という客観的データだけではなく、主観的な感想を職員に陳述させている点です。朝日新聞の元記事を見ると2年間調査させて「まるで演奏会の会場にいるような雰囲気を体感しました」と主観的感想を言わせただけのような印象を持ってしまいますが、さすがにそんなことはなく、JASRAC管理楽曲の演奏頻度などの客観的データも収集しているものと思われます。
なお、前記事で書いたことを繰り返しますが、この主観的感想は、著作権法の演奏権は「公衆に直接見せ又は聞かせることを目的とした」ものなので音楽教室での演奏は対象外であるという音楽教室側の主張に対して「(テクニックを教えるだけの演奏ではなく)演奏会における演奏と同じ」という心証を裁判官に与えるという目的があるものと思われます(前も書いたようにどのくらいの効果があるかは微妙と思いますが)。
追記:陳述書を入手できました。当然ながら主観的感想は一部で後はレッスンごとの詳しい内容が記載されています。注目すべきは生徒に対する楽器のセールス活動に関する記録が結構あることです。音楽教室側の非営利(ゆえに、学校と同じ扱いをすべき)という主張を崩すための証拠集めと思われます。2年間も調査していたのはこれが理由かもしれないと思いました(主観的感想)。