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ロシア、米国、トルコ、イスラエルの攻撃が続くシリア:「内戦が続くシリア」という枕詞に代わる実情

青山弘之東京外国語大学 教授
(写真:ロイター/アフロ)

「内戦が続くシリア」――日本のメディアにおけるシリア報道はおおむねこのような枕詞から始まる。あるいは少し前(といっても10年ほど前だが)、「アラブの春」がシリアに波及した当初は、「アサド政権が民主化運動を徹底弾圧したシリア」といったくだりで始まっていた。

だが、ここ最近のシリア情勢を見るにつけ、「諸外国の攻撃が続くシリア」という枕詞で語り始めるのが、実態に即しているように感じる。

とりわけこの8月は、イスラエル、トルコ、ロシア、「イランの民兵」、そして米国(有志連合)によるシリア領内での爆撃、ミサイル攻撃、無人航空機(ドローン)による攻撃が執拗に繰り返されたからだ。

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イスラーム国に対する「テロとの戦い」をめぐって対峙するロシアと米国

8月最後の日も、各国はシリアを主戦場として爆撃、ミサイル攻撃に興じた。

シリア中部のヒムス県では、ロシア軍戦闘機が8月30日深夜から31日未明にかけて、スフナ市に近いダーヒク山、タイバ村、クーム村一帯で潜伏を続けるイスラーム国の拠点に対して爆撃を実施した。

ロシア軍戦闘機はまた、シリア軍戦闘機とともに、米国が違法に駐留するタンフ国境通行所一帯地域(55キロ地帯)に近いハマード砂漠に対しても爆撃を実施した。

イスラーム国に対する「テロとの戦い」は、国際社会が一致団結して取り組むべき課題であるはずだ。だが、現実は単純ではない。

ロシア軍とシリア軍が55キロ地帯に接近したのを受けて、米主導の有志連合所属の戦闘機が緊急発進し、同地上空に飛来、警戒監視活動にあたったのだ。

シリアでそれぞれ独自に「テロとの戦い」を展開し、爆撃を続けてきたロシアと米国は2015年10月、シリア領空での偶発的衝突を回避するために「非紛争地帯」(de-confliction zone)を設置し、同地帯は有志連合が制空権を握ることになった。

「テロとの戦い」を口実に違法な占領を続ける米国であるが、自らの占領地(およびその一帯)でロシアやシリアが「テロとの戦い」を行うことは認めない――シリアでイスラーム国やアル=カーイダ系組織が跋扈し続けられるのは、こうした大国のエゴのおかげなのである。

なお、ロシア軍がヒムス県で爆撃を実施したのは、8月に入って3回目。1度目は4日に、55キロ地帯で活動を続けるカルヤタイン殉教者旅団の拠点が、2度目は10日に、ラッカ県ラサーファ砂漠に散在するイスラーム国の拠点が標的となった。

アル=カーイダを狙うロシア、ロシアを狙うトルコ

ロシア軍はまた、31日には、シリア北西部イドリブ県に対して爆撃を実施した。イドリブ県は、自由と尊厳の実現をめざす「シリア革命」最後の牙城と目されており、反体制派の支配下にある「解放区」である。だが、反体制派を軍事的に主導しているのは、シリアのアル=カーイダであるシャーム解放機構(旧シャームの民のヌスラ戦線)である。

ロシア軍は、このシャーム解放機構と、トルコの庇護を受ける国民解放戦線(シリア国民軍)が活動するザーウィヤ山地方のサルジャ村一帯一帯と、イドリブ市の缶詰工場一帯を爆撃した。

MMC、2022年8月31日
MMC、2022年8月31日

イドリブ県は2020年3月に、ロシアとトルコがイドリブ県(緊張緩和地帯第1ゾーン)での停戦を定めた合意に基づいて、ロシア軍とシリア軍の爆撃はほとんど実施されなくなっている。だがロシア軍は、8月にはこの爆撃に加えて22日にもイドリブ中央刑務所に対して激しい爆撃を加えている。

ロシアによる停戦違反に対して、トルコも違反で応えた。両国は2020年3月の合意に先立って、2019年10月にはシリア北部での停戦に合意している。この合意は、国境地帯へのロシア軍とシリア軍の展開、同地でのロシア軍とトルコ軍の合同パトロールの実施、トルコが「分離主義テロリスト」とみなすクルド民族主義組織の民主統一党(PYD)の武装勢力(人民防衛隊(YPG)や同隊を主体とするシリア民主軍など)の同地からの排除を骨子としている。だが、トルコはこの合意、そしてPYDを排除することを定めた2019年10月の米国との停戦合意が履行されていないとして、シリア北部への攻撃を強めていた。

トルコ軍は31日、シリア政府と北・東シリア自治局(PYDが主導する自治政体)の共同統治下にあるアイン・イーサー市の東約3キロの距離に位置するサファーウィーヤ村近くのM4高速道路沿線で、同市に駐留するロシア軍のパトロール部隊に向けてシリア国民軍とともに発砲、ロシア軍部隊は基地への帰還を余儀なくされたのである。

イスラエルによるミサイル攻撃、黙認するロシア

シリア領内で、我が物顔で軍事行動をとったのは、ロシア、米国、トルコだけではない。イスラエルも31日、シリア領内に対してミサイル攻撃を行った。

イスラエル軍がシリアに対して爆撃・ミサイル攻撃、砲撃を行うのは2022年に入ってからは32回目。8月に入ってからは、12日のクナイトラ県に対する戦車での砲撃、14日のシリアのダマスカス郊外県とタルトゥース県に対する戦闘機からのミサイル攻撃、25日のハマー県に対する戦闘機からのミサイル攻撃に続いて4回目だった。

国営のシリア・アラブ通信(SANA)によると、イスラエル軍戦闘機が午後8時頃、アレッポ国際空港に対して、午後9時18分頃、首都ダマスカス南東の複数ヵ所に対して多数のミサイルを発射した。シリア軍防空部隊が迎撃、ミサイルの一部を撃破したが、若干の物的被害が出たという。

Akhir Akhbar Halab al-Jadida wa Halab、2022年8月31日
Akhir Akhbar Halab al-Jadida wa Halab、2022年8月31日

英国で活動する反体制系NGOのシリア人権監視団によると、アレッポ国際空港に対する攻撃では4発のミサイルが発射され、うち3発は空港周辺に展開する「イランの民兵」の武器弾薬庫複数ヵ所を標的とし、1発は空港ターミナルに着弾した。

「イランの民兵」とは、シーア派(12イマーム派)宗徒とその居住地や聖地を防衛するとして、イランの支援を受けてシリアに集結し、シリア・ロシア両軍と共闘する外国人(非シリア人)民兵の総称である。イラン・イスラーム革命防衛隊、その精鋭部隊であるゴドス軍団、レバノンのヒズブッラー、イラクの人民動員隊、アフガニスタン人民兵組織のファーティミーユーン旅団、パキスタン人民兵組織のザイナビーユーン旅団などがこれに含まれる。

滑走路は被害を受けなかったものの、「イランの民兵」の武器弾薬庫などに物的被害が出たという。

同監視団が複数筋から得た情報によると、アレッポ国際空港に駐留するロシア軍部隊は、シーア派(12イマーム派)聖地巡礼を目的としてイランからの巡礼観光客が空路で訪れるようになるなか、イラン側が同空港を軍事目的で利用するのを阻止してきたという。

また同筋によると、空港に駐留するロシア軍部隊は、ミサイル攻撃を10分前に察知し、警戒態勢をとっていたという。

一方、反体制系サイトのオリエント・ニュースは、複数筋の話として、イスラエル軍はイランの航空機がアレッポ国際空港に着陸するのを阻止するためにミサイル攻撃を行ったが、同機が進路を変えてダマスカス国際空港に着陸しようとしたため、首都南東部にミサイル攻撃を行ったと伝えた。

ロシアはイスラエルが執拗に繰り返すシリアへの侵犯行為を厳しく非難する一方で、イスラエルの攻撃に口実を与える「イランの民兵」、そしてその背後にいるとされるイランのシリアでの勢力伸長を快く思っていないとも言われる。

ロシアはイスラエルを非難するだろうが、イスラエルによる「イランの民兵」を狙った侵犯行為を阻止するための断固たる姿勢をとることもない――イスラエルが増長し続けられるのは、こうした大国のエゴのおかげなのである。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリアの友ネットワーク@Japan(シリとも、旧サダーカ・イニシアチブ https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』など。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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