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トルコ外相の発言をきっかけにシリア各地で抗議デモ:米国を封じ込めようとするトルコ、ロシア、イラン

青山弘之東京外国語大学 教授
ザマーン・ワスル、2022年8月12日

シリア北部で8月11日と12日、異例の大規模抗議デモが発生した。

和解を訴えるチャヴシュオール外務大臣

きっかけは、トルコのメヴリュト・チャヴシュオール外務大臣が8月11日、首都アンカラで行われていた第13回大使会議最終日の演説で、シリアのファイサル・ミクダード外務在外居住者大臣と会談していた事実を認めるとともに、シリア政府(バッシャール・アサド政権)と反体制派の和解の必要を訴えたことだった。

セルビアの首都ベルグラードで昨年10月に開催された非同盟諸国会議の場でミクダード外務在外居住者大臣と短い時間ではあったが会話を交わしたことを暴露したチャヴシュオール外務大臣は次のように述べた。

我々はシリアの反体制派と体制を何らかのかたちで和解させねばならない。そうしなければ、持続的和平はない。

シリア分割を避けるため、シリアには強力な行政府、国土全体を掌握できる行政府がなければならない。それは、統合と団結を通じてしか実現し得ない。

ロシアは我々がシリアの体制と連絡をとることを望んでおり、現時点で実現はしていないが、(レジェップ・タイイップ・)エルドアン大統領とアサド大統領の会談を提案してくれた。

シリアが危機から脱却する唯一の道は、政治的和解と、テロリストたちがいかなる名前を名乗ろうと、彼らを浄化することである。

和解を拒否するデモ

抗議デモは、トルコの占領下にあるアレッポ県北部の「ユーフラテスの盾」地域、「オリーブの枝」地域、ラッカ県北部とハサカ県北部にまたがる「平和の泉」地域、そしてシリアのアル=カーイダとして知られるシャーム解放機構が軍事・治安権限を掌握し、トルコ軍が停戦監視を名目に各地に駐留するイドリブ県中北部やアレッポ県西部のいわゆる「解放区」の活動家らの呼びかけに呼応するかたちで8月11日晩に始まった。

英国で活動する反体制系NGOのシリア人権監視団、トルコを拠点とする反体制系チャンネルのシリア・テレビなどによると、デモは、アレッポ県のアアザーズ市、バーブ市、スーラーン町(スーラーン・アアザーズ町)、アフティームラート村(以上「ユーフラテスの盾」地域)、ハサカ県のラアス・アイン市、ラッカ県のタッル・アブヤド市(以上「平和の泉」地域)、イドリブ県のイドリブ市(「解放区」)などで行われた。デモ参加者は、「自由シリア人数十万人を強制移住させ、殺戮、逮捕した者との和解はない」、「我々は自由と尊厳の革命の要求の何一つも撤回せず、第1の要求は体制とその支援者の打倒だ」と訴えた。アアザーズ市では、参加者が地元評議会や治安局の建物に侵入し放火、トルコ軍の車列の通行を妨害したほか、トルコ国旗を引きずり下ろすなどして抗議の意思を示した。

拡がるデモ

デモは12日金曜日にさらに拡大した。

シリア人権監視団、シリア・テレビに加え、イナブ・バラディー、オリエント・ニュース、ザマーン・ワスルといった反体制系サイトによると、トルコ占領地では、アレッポ県のバーブ市、アアザーズ市、ジャラーブルス市、ラーイー村、アフリーン市、ダービク村、ジャンディールス町、ラージュー町、アフタリーン市、マアバトリー(マーバーター)町、トゥルクマーン・バーリフ村、マーリア市、スーラーン町、カルジャブリーン村、ズィヤーディーヤ村、バザーア村で、「解放区」では、イドリブ県のイドリブ市、ハーリム市、ダーナー市、アティマ村、サルキーン市、サルマダー市、カファルヤー町、マアッラトミスリーン市近郊の国内避難民(IDPs)キャンプ、カフルルースィーン村、ジスル・シュグール市、マストゥーマ村、ダルクーシュ町、ハザーヌー町、タッル・カラーマ村、アレッポ県のアターリブ市、ダーラ・イッザ市、ジーナ村、イッビーン村で抗議行動が行われ、シリア政府との和解に拒否の意思を示した。

デモが行われた市町村は30以上に上り、数万人が参加した。

強制排除の動きも

デモに対して、トルコ外務省報道官は声明を出し、デモ参加者に自制を求めるかのように国際社会のすべての当事者とともに、シリア国民の期待に沿うかたちで、紛争の持続的な解決をもたらすための努力を続けると表明、「シリア国民との連帯は続く」と強調した。

その一方で、デモを強制排除しようとする動きも見せた。マストゥーマ村でのデモでは、村内のバアス前衛基地に駐留するトルコ軍が、基地の前で抗議行動を行う住民らを強制排除するため、催涙ガスを発射した。また、ジャラーブルス市の国境通行所に駐留しているトルコ軍も、空に向けて銃を発砲するなどして、デモ参加者を強制排除した(ただ、これに関してはトルコ側は否定している)。

ザマーン・ワスル、2022年8月12日
ザマーン・ワスル、2022年8月12日

真の狙いはクルド民族主義組織とその軍事的後ろ盾の米国の封じ込め

トルコはシリアに「アラブの春」が波及した2011年初め、抗議デモを行う活動家らとシリア政府の仲介役を果たそうとした。だが、同年8月にアフメト・ダウトオール外務大臣(当時)がシリアを訪問した際に、民間人に対する軍事作戦停止を求めた「最後の警告」をアサド大統領に悪しざまにされると、方針を一変させ、11月、米国、欧州連合(EU)、アラブ連盟(サウジアラビア、カタールなど)に追随するかたちで、トルコ国内のシリアの資産凍結、シリア中央銀行との取引禁止などの制裁に踏み切った。その一方で、体制転換後の政権の受け皿を用意するため、欧米諸国とともに、シリア国民評議会、シリア革命反体制勢力国民連立(シリア国民連合)に代表される在外の反体制活動家・政治組織を支援、国内で武装闘争を行う反体制武装組織を陰に陽に支援した。そのなかには、シャームの民のヌスラ戦線(現在のシャーム解放機構)をはじめとするアル=カーイダ系組織、さらにはイスラーム国も含まれており、これらの組織は、トルコ経由で、モノ、カネだけでなく、ヒト、つまりは外国人戦闘員を受容することで、勢力を得ていった。

「ゼロプロブレム政策」への回帰を志向するかようなチャヴシュオール外務大臣の発言は、しかし、シリア北東部を実効支配するクルド民族主義組織の民主統一党(PYD)、そしてその軍事的後ろ盾である封じ込めるのが真の狙いだということは誰の目からも明らかである。

トルコ、ロシア、イランの連携強化

PYDを「分離主義テロリスト」とみなすトルコは、エルドアン大統領が今年5月、シリア北部の国境地帯に幅30キロの「安全地帯」を完成させるための新たな軍事作戦を実施する意思を表明した。作戦は、同地からPYDを排除し、シリア難民100万人を「自発的」に帰国させることが目的とされた。

軍事作戦が、シリア内戦の主要干渉国であるロシア、イラン、そして米国の反対に直面すると、トルコは、7月19日のテヘランでのトルコ、ロシア、イランの三ヵ国首脳会談(アスタナ会議保障国首脳会談)と8月6日のソチでのロシア、トルコの首脳会談を通じて、米国の封じ込めに向けた連携強化をめざした。

エルドアン大統領は7月20日、テヘランでの三ヵ国首脳会談の成果に関して、「米国はシリア北部から撤退すべきというのが、ロシア、イランとの首脳会談の成果だ」と述べ、PYDへの支援を続ける米国に対する不快感を露わにする一方、8月6日には「トルコがテロ組織と対決するためにシリアの体制と協力する道を辿るのであれば、それが可能である限りにおいて、正しいものとなるだろう」と述べ、シリア政府との戦略的な関係改善の可能性を示唆した。

テヘランでの三ヵ国首脳会談、ソチでの首脳会談で具体的にどのような政治取引が行われたのか(あるいはもちかけられたのか)は明らかではない。だが、トルコ政府の方針転換は、プーチン大統領からの提案を受けたものであることは、チャヴシュオール外務大臣が11日の演説で認めている。

トルコとイランの諜報機関の協力

なお、トルコはイランとも連携して、シリア北部への軍事圧力を強めている。

トルコ軍は8月6日、PYDが主導する自治政体の北・東シリア自治局の支配下にあり、イスラーム国のメンバーを収監しているグワイラーン刑務所もあるハサカ県カーミシュリー市内の工業地区に対して無人航空機(ドローン)で爆撃を実施した。子供2人を含む4人が死亡した爆撃の狙いは当初明らかではなかった。だが、北・東シリア自治局は10日、死亡した4人のなかに、イランのクルド民族主義組織のクルディスタン自由生活党(Partiya Jiyana Azad a Kurdistanê、PJAK)の幹部が暗殺されたことを明らかにした。

イナブ・バラディー、2022年8月10日
イナブ・バラディー、2022年8月10日

殺害されたのはユースフ・マフムード・ラッバーニーなる人物で、イラン北西部の「東クルディスタン」(ロジュハラート)から北・東シリア自治局による自治を査察するためシリアを訪れていたという。

クルディスタン自由生活党は、イランの北西部のいわゆる東クルディスタンの自治をめざして、2004年に結成された武装組織で、イラン人、トルコ人、イラク人、シリア人などからなる戦闘員約3,000人を擁する。トルコのクルディスタン労働者党(PKK)とつながりが強く、イランにおける同組織の支部と目されている。

イラン、トルコはPJAKをテロ組織とみなしているほか、米国も2009年に財務省が大統領令第13224号に基づいて、「テロ組織PKKの管理下にある」と認定している。

ラッバーニー暗殺は、トルコとイランの諜報機関の協力によって実現したとされているが、それは同時に、米国自らがPKKやPJAKをテロ組織に指定する一方で、同根のPYDをイスラーム国に対する「テロとの戦い」の協力者として支援しているという矛盾を明らかにするものでもあった。

見捨てられるシリアの反体制派

トルコがシリア政府との関係改善に踏み切るかは現時点では定かではない。だが、シリア内戦の対立構図を一変させることになるであろうこの動きを主導しているのは、シリア政府でもなければ、反体制派でもなければ、PYDでもない。当事者はあくまでもトルコ、ロシア、イラン、そして米国であり、これらの国がシリアを主戦場として続けている代理戦争のなかで、最初に切り捨てられるのは、おそらくは反体制派なのである。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリアの友ネットワーク@Japan(シリとも、旧サダーカ・イニシアチブ https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』など。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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