死者が2万人に迫るリビア大洪水――「決壊したダムは20年以上メンテされてなかった」
- 北アフリカ、リビアの港湾都市デルナではダムが決壊して大洪水になり、死者は2万人にものぼるとみられている。
- ダムの決壊は記録的な暴風雨が直接の原因だが、長期間にわたってダムの維持・管理が行われなかったことも指摘されている。
- この国では二つの政府が並び立ち、戦乱も続いてきたことが、インフラの維持・管理という国家の基本任務さえ難しくしてきた。
多くの死者を出す自然災害が発生したとき、「天災ではなく人災」という表現はよく用いられるが、リビアの大洪水ほどこれが鮮明なケースも少ない。
「死者2万人」の衝撃
北アフリカのリビアでは9月10日から11日にかけて、北東部の港湾都市デルナ(ダルナ)を大洪水が襲い、11,300人以上の死者を出した。
洪水の原因は、市内を流れるワディ・デルナ河の氾濫だった。
ワディ・デルナ河上流には二つのダムがあるが、これが同日付近を襲った暴風雨(ストーム・ダニエル)で決壊したのだ。
デルナ周辺では10日午前8時から11日午前8時までの24時間に、最も激しい観測地点で最大414.1mmの降雨量を記録した。この記録は日本で洪水警報が出される基準(24時間雨量が平地で150mm以上、山間地で200mm以上と予想される場合)をはるかに上回る。
二つのダムの決壊によって放出された水は、巨大な津波のようにデルナを襲った。
その水量は3,000万立方メートル、五輪で使用される水泳プールに換算するとおよそ12,000杯分とみられる。それが一気に放出されるエネルギーを原爆並みと推計する専門家もある。
あっという間に濁流に呑み込まれたデルナではその後も救助活動が難航しており、アル・ガイチ市長は13日、「死者は18,000人から20,000人に至る可能性がある」と語った。ダルナの人口は15万人程度だったとみられている。
グローバルな温暖化とローカルな人災
世界気象機関によると、デルナに大きな被害をもたらしたストーム・ダニエルは、地中海の対岸ギリシャやトルコなどにも被害をもたらした。このうちギリシャでは、多くの観測地点で24時間の降雨量が400〜600mmのやはり異常に高い数値を記録していた。
この大災害には地球温暖化の影響が指摘されている。ストーム・ダニエルは海面温度が摂氏26度を超えるなかで生まれたとみられているからだ。
地球温暖化によって熱波や山火事、台風や集中豪雨が世界的に増え、それにともない家屋や都市の破壊による経済損失も拡大の一途を辿っている。
例えばアジアでは、国際赤十字・赤新月社によると2021年の1年間で5700万人が巨大台風、洪水、熱波などの被害を受けた。日本でもこの年、8月11日からの大雨だけで損害保険の支払金額が428億円以上にのぼった。
この観点からすると、デルナの大洪水はグローバルな危機の一環ともいえる。
とはいえ、そこにはリビア固有の「人災」としての顔もある。
大洪水の後、デルナのマドウルド副市長は決壊したダムが2002年からメンテナンスされていなかったことを明らかにした。つまり、老朽化したダムの放置が壊滅的な損害をもたらしたとみられるのだ。
「ダムに亀裂があるといったのに…」
もともとワディ・デルナ河は定期的に氾濫を繰り返してきた。第二次世界大戦中の1941年には、この地に駐屯していたロンメル将軍率いるドイツ・アフリカ軍団の戦車部隊が濁流に呑み込まれたという記録もある。
1960年代に治水の必要がいわれるようになり、ユーゴスラビアの支援によって上流のアル・ビラドダム(150万立方メートル)と下流のアブ・マンスールダム(2,250万立方メートル)は建設された。
その後もワディ・デルナ河はしばしば氾濫を起こしたが、二つのダムはデルナを防衛した。最後の氾濫は2011年に記録されている。
しかし、近年では老朽化が目立ち、専門家だけでなく地元住民からも不安の声があがっていた。あるデルナ市民は欧州メディアの取材に「ダムに亀裂が入っていると先週、地方政府にいったのに、誰もまじめに聞こうとしなかった」と主張している。
老朽化したダムが放置されてきたのは、この国の政治に原因がある。
リビアでは1969年にムアンマル・カダフィがクーデタで実権を握った。腐敗した王政を打倒して革命政権を樹立したカダフィは、当初こそ国民生活の向上に努めた。氾濫を繰り返していたワディ・デルナ河に二つの近代的ダムが建設されたことは、これを象徴する。
しかし、その治世の後半にリビアの社会経済は停滞の一途をたどった。政治家や公務員が賄賂を受け取ることばかり考えるなか、インフラのメンテナンスといった地道な作業は放置されたのである。
二つの政府が並び立つ国
こうした状況に拍車をかけたのが、リビアの戦乱だった。
カダフィ体制は2011年、北アフリカ一帯に広がった政変「アラブの春」のなかで崩壊した。腐敗した体制を打倒して登場したカダフィは、腐敗した独裁者として倒されたのだ。
その後首都トリポリには選挙を経た政府が発足したが、国内には軍事勢力が林立し、戦火は全土に広がった。デルナにはシリアやイラクを追われた過激派組織「イスラーム国(IS)」のメンバーが流入し、一時は街を牛耳るほどの勢力になった。
さらに2014年、リビア国民軍(LNA)を名乗る武装組織の連合体が東部一帯を掌握し、トリポリの暫定政権と対立するに至った。いわば二つの政府が並び立つなか、デルナはLNAの支配下に置かれたが、その後もイスラーム主義者とLNAの間で戦闘も散発的に続いてきた。
こうしたなか、リビア復興のための国際的支援の一環としてデルナの再開発もスタートし、隣国エジプトの企業などによる建設ラッシュも一部にみられた(デルナ大洪水では出稼ぎに来ていた数百人のエジプト人労働者も行方不明になっている)。
その影で、住民生活の基本となるインフラの維持・管理はおざなりにされてきたのだ。
デルナ大洪水での救助活動について、二つの政府は珍しく協力する態勢をとっている。
しかし、リビア出身でアメリカなどを拠点に活動するフリージャーナリストのアル・ハッサンは「二つの政府はどちらも汚職が横行していた点で共通し、公職にある者が誰もダムに注意を払ってこなかった」、「全員辞職すべきだ」と強調する。
破たん国家への人道支援
デルナ大洪水を受け、国連は1,000万ドル、世界保健機関は200万ドルなど、国際機関はいち早く支援を決定し、ヨーロッパ各国も支援物資の提供や救助隊の派遣などを開始した。
これと並行して目立つのが、トルコ、アラブ首長国連邦(UAE)、エジプトなどの周辺国による支援だ。
このうち、例えばトルコはすでに148人の緊急医療チームを派遣した。これに対して、ヨーロッパ各国のうち救助隊員を最も多く派遣した国の一つはフランスだが、それでも40人ほどだ。
また、UAEは16日までに食糧、簡易住居、医薬品など450トン相当を送り、96人の救助隊を派遣している。
周辺国の支援が目立つのは「ムスリム同士の助け合い」というイメージで語られやすい。
ただし、そこにはリビアへのただならない熱意がうかがえる。二つの政府が並び立つリビアで、これまでトルコは西部トリポリの暫定政権を、UAEやエジプトは東部ベンガジのLNAを、それぞれ支援し、兵員派遣を含む数多くの軍事援助を提供してきたからだ。
リビアは破たん国家だが、その一方では大産油国であり、BPによると2021年の原油産出量は5,960万トンで、これはアフリカ大陸第二の規模である。
これまで二つの政府のそれぞれに肩入れした軍事支援でリビア進出を競ってきた周辺国は、今度は人道支援で競っているといえるだろう。
ただし、リビアが破たん国家の様相を呈していることを考えれば、これまで二つの政府のそれぞれの中枢と深く結びついてきた国の援助が、本当に援助を必要とする人々の手に届くかは楽観できない。
もっとも、それはトルコやUAE以外の国が行う援助でも同じことである。人道支援といってもその国の政府の実質的な協力がなければ高い効果は見込めないのだから。