アフリカの子どもに銃を取らせる世界(4)奴隷市場で売られた少女が自爆する日―リビア
- リビアにはヨーロッパへの上陸を目指す移民・難民がアフリカ中から集まっており、彼らを取引する「奴隷市場」も生まれている
- テロリストなど武装組織も奴隷を購入しているとみられ、難民や人身取引を放置することは人道的な問題だけでなく、安全保障上の懸念にもなっている
- リビアは人身取引と子ども兵の問題が交錯する最前線になっている
子どもの健康と安全を願わない親はいないかもしれません。しかし、世界には親から引き離され、地獄を生きる子どもも少なくありません。
貧しく、戦乱が絶えないアフリカでは、借金のカタや誘拐によって子どもが売られることが増え、それに比例するように、テロ組織などが子どもを使うことも増加しています。国連は2016年、人身取引の拡大が子どもの軍事利用に結びついていると警鐘を鳴らしています。
アフリカのなかでも、ヨーロッパへの渡航を目指して各地から移民・難民が集まるリビアは、現代の奴隷貿易と子ども兵の利用が結びつく最前線です。この地で人身取引が放置される状況は、人道的な問題だけでなく、自爆攻撃の増加という安全保障上の懸念をも噴出させています。
難民の「集積地」
米国CNNは2017年12月、北アフリカのリビアで多くの黒人が競売にかけられ、一人当たり400~1000ドルで売りさばかれる様子を報道。「現代の奴隷市場」として国際的に広く知られるきっかけになりました。
リビアはイタリアの対岸にあたり、地中海を渡ってヨーロッパに上陸しようとする場合、格好の位置にあります。そのうえ、2011年のカダフィ体制の崩壊後、国内には武装組織が林立し、戦火が絶えず、シリアやイラクを逃れたイスラーム国(IS)も拠点を設けるなど混乱する状況により、人の出入りはほとんど規制できていません。
そのため、リビアはエリトリア、マリ、スーダンなどアフリカ諸国や、シリア、パレスチナなど中東各地の戦火や貧困を逃れ、ヨーロッパを目指す移民・難民の「集積地」となっています。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、リビア国内で保護が必要な人々は約56万人にのぼります。
移民・難民の多くは、国境を越えた違法な移動を請け負う業者になけなしの金を払って、それぞれの国を出てくるとみられます。そのなかには親族と一緒に出国した子どもも含まれます。
しかし、戦乱が続くリビアでは政府・軍による管理に限界があり、国境を越えた移動の規制は困難です。斡旋業者のなかには、強制労働や売春、臓器移植などの目的で難民を「転売」したり、砂漠に放置したりするものもありますが、これらへの取り締まりは十分ではありません。のみならず、リビア軍の一部も難民ビジネスに関与していると報告されています。
奴隷からテロリストへ
その一方で、国際NGOチャイルド・ソルジャー・インターナショナルによると、リビアは「国軍あるいは非国家の軍事組織に子どもが使われている国」の19ヵ国(2018)に含まれます。
人数などその詳細は不明ですが、リビアでの子ども兵の利用は、とりわけISに目立ちます。例えば2017年1月4日、IS配下の15歳の少年が首都トリポリの南西約500キロにあるシドラで自爆攻撃を行いました。
ISが利用する子どものなかには、リビア人以外も含まれるとみられます。2015年12月、ISはシルトの教育施設で85名の「卒業式」を行ったと発表。現地メディアによると、自爆攻撃の方法を教わった子どものなかには、中東出身者も含まれていたといいます。
シリアやイラクで追い詰められたISは、リビアでも各勢力からの攻勢を前に守勢に立たされつつあります。この背景のもと、アフリカ各地からリビアに難民が集まり、奴隷市場が活性化する状況は、ISによる「人間爆弾」としての子どもの調達を容易にするとみられます。
少女の利用
とりわけ懸念されるのは、少女の利用です。
警戒されにくい女性や少女を使った自爆攻撃は、ナイジェリアのボコ・ハラムが2014年頃から大々的に行ったことで注目されるようになりました。しかし、「女性による暴力」は伝統的にイスラーム世界で忌避されてきました。そのため、イスラームの教義が看板以上の意味をもたず、野盗とほとんど変わらないボコ・ハラムと異なり、イスラーム過激派の「本流」を意識するISやアルカイダはむしろこれに消極的でした。
ところが、シリアやイラクで追い詰められたISがなりふり構わなくなるなか、2016年頃から女性や少女を用いた自爆攻撃が増えています。
イスラエル国立安全保障研究所によると、世界全体で2016年に469件だった自爆攻撃は、2017年には348件でした。しかし、同じ時期の女性や少女によるものは、それぞれ77件、136件でした。つまり、自爆攻撃の件数そのものは減少しても、女性・少女によるものは逆に増えているのです。
このうち、チュニジア人少女による自爆攻撃が目立つリビアはシリア、イラクに次いで増加が著しい国と報告されています。奴隷市場が野放しにされれば、より貧しいアフリカ諸国から売られてきた少女による自爆攻撃が今後リビアで増える可能性は大きいといえるでしょう。
誰が奴隷市場を支えるか
CNNの報道を機に、リビアの奴隷市場が広く知られるようになった結果、欧米諸国では人身取引やこれを放置するリビア当局を批判するデモが頻繁に発生。この背景のもと、フランスのマクロン大統領はリビアでの人身取引を規制するためにアフリカ、ヨーロッパの各国が軍事的な措置をとることを提案しています。
これに対して、リビア高官は「報道は不正確で、『奴隷の競売』とされた映像は『ヨーロッパへの密入国費用』を決定していたもの」と説明。人身取引が許されないもので、その根絶に努力すると述べたうえで、「リビアがヨーロッパに向かう不法移民の十字路となっていることはリビアだけの責任ではなく、不法移民の出身国、経由国、そして受入国の全ての責任」と強調しました。
この釈明の前半は、いかにも苦しいものです。しかし、後半に関しては、「不法移民」を「人身取引」に置き換えれば、必ずしも「ただの言い訳」ともいえません。
兵器や麻薬を含め、あらゆる「商品」がそうであるように、取引は売る側と買う側の合意によって成立します。つまり、斡旋業者やリビア当局、さらに移民・難民の出身国は責任を免れないものの、買う側にもやはり人身取引の責任があります。
奴隷市場に象徴される人身取引の犠牲者は、世界全体で4580万人以上とみられ、その約12パーセントは子どもです。アフリカ人奴隷の「買い手」のなかには、その多くが強制労働させられているとみられるアラブ諸国などだけでなく、セックスワーカーとして売られてきたナイジェリア女性だけで数万人が滞在しているヨーロッパ諸国も含まれます。フランス国内では2016年、売春した側でなく買春した側を処罰する法律が成立しましたが、開発途上国との関係に関して「買う側の責任」の発想はまだ乏しいようです。
もっとも、働いてもそれに見合う所得を得られず、移動も制限されている人口に占める割合などから算出される「現代の奴隷」ランキングで、167ヵ国中ワースト41位と先進国中最下位レベルの日本は、人身取引に関する意識でそれ以前の段階とさえいえるかもしれません。
いずれにせよ、買い手の責任を矮小化し、売り手のみを「悪役」に描くだけでは、奴隷市場はなくなりません。人身取引が実質的に野放しのまま放置されれば、追い詰められつつあるISが兵員を補充するルートが確立されることにもなります。先進国を含むグローバルな人身取引の規制は、アフリカで自爆する子どもや女性を減らすうえでも、必要な対策といえるでしょう。