実際の女性の出産に立ち会い撮影へ。かつて師事した名監督の指導はクレイジーでエキサイティング?
2009年の初監督作品「愛について、ある土曜日の面会室」がヴェネチア国際映画祭に正式出品されるなど、世界で高く評価されたレア・フェネール監督。
20代で鮮烈なデビューを果たした彼女の長編3作目となる「助産師たちの夜が明ける」は、新たな命が生まれる場であるフランスの産科病棟に焦点を当てる。
助産師たちの毎日は、おそらくわたしたちが想像するよりもはるかに過酷だ。
来院するのは、きちんと定期健診を受け、予定通りに無事出産を終える女性ばかりではない。
保険もなく健診も受けないでいきなり飛び込みでやってくる妊婦もいれば、残念ながら死産という悲しい現実を迎える女性もいる。
さまざまな事情を抱えた女性たちと、助産師たちは向き合うことになる。
このひとつとして同じケースはない出産の現場の現実を、レア・フェネール監督は自身の出産体験を基に、現役助産師から編集作業に至るまでアドバイスを受け、実際の出産シーンとフィクションを織り交ぜながら描き出した。
細部にわたってリアルさが追求された作品は、オーバーワークと過度なプレッシャーにさらされながらもベストを尽くす助産師たちの姿を映し出すとともに、新たな命の生まれる瞬間の崇高さとすばらしさから、出産の光と影までを伝える。
ドキュメンタリーではないかと思うほどの一作はいかにして生まれたのか?
気鋭の映画作家として注目を集めるレア・フェネール監督に訊く。
ここからは番外編。彼女にこれまでのキャリアを少し振り返ってもらった。番外編全二回/第二回
リティ・パン監督に師事することになったきっかけは?
前回(番外編第一回はこちら)は、デビューを経て、現在までのキャリアでの心境の変化について訊いた。
そこからすこしキャリアをさかのぼる。
学生時代に、カンボジアの巨匠、リティ・パン監督に師事したことがある。
これはどういう経緯でのことだったのだろう?
「わたしはフランスの国立映画学校『La fémis』で映画制作と脚本を学びました。
その学生時代のことなのですが、学校の取り決めみたいなことで必ずどこかで三カ月間、映画の現場で研修を積まなければならなかったんです。
そのとき、わたしはほんとうに思いつきで、カンボジアでリティ・パン監督のもとで映画を学びたいと思ったんです。それで大学に伝えて、行くことになりました。
特にリティ・パン監督と個人的に知り合いだったり、なにかでつながっているということではありません。つてなんてなにひとつありませんでした。
だから、いきなりリティ・パン監督のところにも(映画学校を通じて)話がいったと思うんですけど、なぜか受け入れてくれたんです。
それで単身でカンボジアにわたって、リティ・パン監督に短い期間ですけど師事することになりました」
研修はクレイジーでエキサイティングでした(苦笑)
どのような研修だったのだろうか?
「その研修はクレイジーでエキサイティングでした(苦笑)。
リティ・パン監督から指示されたことはたったひとつ。『まず自分一人で考えろ』ということでした。
自分でテーマを考え、自分でシナリオをまず書いてみなさいと。教えは一切ないんです。
当時、わたしは23歳でまだ自分が何者かもわからなければ、自分の中から湧き上がってくるテーマなんてものも持ち合わせていませんでした。
もう、そんなの不可能だと思いました。
ほんとうに突き詰めて突き詰めて、なんとか自分のこれまで経験してきたことや見たり聞いたことをもとにして最後の最後にストリートチルドレンというテーマを見つけるんですけど……。
これ以上、考えたことはないぐらい考えました。そのときは、なんでこんな若いなんのキャリアもないわたしに、こんな途方もないテーマを与えて考えされるんだと正直思いました。
なぜ、まだ学生のわたしにリティ・パン監督はそんな難題を投げたのか。あとになって気づきました。
おそらく自分の限界を自分で決めない。その限界を超えたところに自分の本当に描きたいことがある。安易なところでテーマや題材を妥協したり見つけたりするな。そういうことを彼は言いたかったのではないかと、いま思います。
そのように映画を志す学生にはひじょうに厳しい先生でしたね。
ただ、映画監督の立場になったときは変わるといいますか。
わたしは『紙は余燼を包めない』の現場に立ち合うことができたんですけど、出演者のひとりにまだ若い女優さんがいました。
その演技指導はめちゃくちゃ優しいんですよ(笑)。ほんとうに手取り足取りといった感じで丁寧に指導する。
わたしのときの対応とはまったく違う。そのときは『この違いはなんなんだ?』と思いましたけど、のちに自分も監督をすることになってわかったところがあります。
監督としてやはり妥協してはいけないところがあって、そうなるとやはりスタッフに対して高い要求をしなければならない。
一方、限られた時間の中でスムースにつつがなく撮影を進めるためには、キャリアの浅い俳優には時に懇切丁寧に指示しないといけない。
時に穏やかに接して若い俳優をあまり緊張させないでリラックスさせることも大切。
映画作りにおいては人間関係、チームワークがひじょうに大事で、そういうことも映画監督の仕事であることに気づきました。
そういう意味で、リティ・パン監督から映画監督の資質ということを知らず知らずのうちに学んだ気がします」
真似なんてとてもできないです
なにか影響を受けているところはあるだろうか?
「リティ・パン監督はもう世界に名の知れたドキュメンタリー映画作家です。
その映画作りに妥協はないですし、倫理観もとても強く独自の映画哲学を持っていらっしゃる。真似なんてとてもできないですよ。
ただ、さきほどお話したように、映画への向き合い方、自身の映画作りといった点では彼から学んだことを大切にしていことは確かです。
決して優秀な生徒ではなかったと思うんですけど、わたしを受け入れてくれたことに感謝しています」
(※番外編終了)
【「助産師たちの夜が明ける」レア・フェネール監督インタビュー第一回】
【「助産師たちの夜が明ける」レア・フェネール監督インタビュー第二回】
【「助産師たちの夜が明ける」レア・フェネール監督インタビュー第三回】
【「助産師たちの夜が明ける」レア・フェネール監督インタビュー第四回】
【「助産師たちの夜が明ける」レア・フェネール監督インタビュー第五回】
【「助産師たちの夜が明ける」レア・フェネール監督インタビュー第六回】
【「助産師たちの夜が明ける」レア・フェネール監督インタビュー第七回】
【「助産師たちの夜が明ける」レア・フェネール監督インタビュー番外編第一回】
「助産師たちの夜が明ける」
監督:レア・フェネール
脚本:カトリーヌ・パイエ、レア・フェネール
出演:エロイーズ・ジャンジョー、ミリエム・アケディウほか
配給:パンドラ
公式サイト http://pan-dora.co.jp/josanshitachi/
全国順次公開中
筆者撮影の写真以外の写真はすべて提供:パンドラ