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知の天才と美の天才が挑発し合う!前代未聞の豪華本作りの舞台裏は初日から大変なことに

水上賢治映画ライター
『狂熱のふたり~豪華本「マルメロ草紙」はこうして生まれた~』より

 「もしかしたら、こんなモノづくりの現場を見られることは今後ないかもしれない?」

 そんな度肝を抜かれるようなクリエイターたちの熱量の半端ない作業場の風景が記録されているのが、ドキュメンタリー映画『狂熱のふたり 豪華本「マルメロ草紙」はこうして生まれた』だ。

 エッセイ、文芸評論、小説、戯曲、古典の現代語訳、日本美術論など膨大な作品を遺した作家の橋本治と、「現代の浮世絵師」と称される異能の画家、岡田嘉夫。

 いわば知の天才と美の天才である二人がタッグを組んで挑んだのが前代未聞の豪華本「マルメロ草紙」だった。

 二人の天才にもはや妥協という言葉は存在しない。

 互いに火花を散らし、実現不可能のようなアイデアを次々と出したかと思うと、それもまた違うと思えば容赦なく却下。

 色の指定、構図、装丁など、あらゆることをとことん突き詰め、気が済むまでやり尽くす。

 一方、それを受けるスタッフ側も必死だ。

 二人の繰り出す難題を、編集者、製版オペレーターら本のプロフェッショナルたちが全力で応え、実現させる。

 この本に携わる人間すべてがクリエイター魂に火がつき、不可能を可能へと導いていく。

 結局、豪華本「マルメロ草紙」の完成までの道のりは8年にも及ぶ。

 その軌跡が本作には克明に記録されている。

 文化遺産といってもいいぐらいの貴重な現場に実際に立ち合い、記録したのは、テレビを中心にドキュメンタリーを発表してきた大ベテランの浦谷年良監督。

 橋本氏、岡田氏、そして編集者の刈部謙一氏がすでに鬼籍に入り、本作を完成させることが「長年の宿題だった」と明かす彼に訊く。全五回/第一回

『狂熱のふたり~豪華本「マルメロ草紙」はこうして生まれた~』の浦谷年良監督  筆者撮影
『狂熱のふたり~豪華本「マルメロ草紙」はこうして生まれた~』の浦谷年良監督  筆者撮影

 はじめに、資料によると豪華本「マルメロ草紙」の舞台裏の撮影を勧めたのは編集者の刈部氏だったという。

 そのあたりの経緯についてこう語る。

「今回の映画は、2006年に開かれた第一回の打ち合わせから始まります。

 その最初の打ち合わせの3日前に刈部さんから連絡をもらったんです。『撮りに来ないか』と。

 だから、当然、下準備なんてする間もない。

 いきなり同席した感じだったんです。それがすべての始まりでした。

 なぜ、刈部さんが僕に声をかけたのか?

 いま振り返ってみると、刈部さんが、浦谷ならたぶん撮れるだろうと踏んだ理由が大きく2つあったと思います。

 一つは、『マルメロ草紙』は、1920年代のパリを舞台にした、2人の美人姉妹の恋愛物語なんです。

 で、僕は、1920年代のパリをテーマにした番組を1984年に作っている。

 竹下景子さんと柄本明さん主演の『パリ物語 1920'S青春のエコール・ド・パリ』というドラマで、実は脚本を橋本治さんが書いている。

 このドラマを作るときに橋本さんは徹底的に1920年代のパリ、エコール・ド・パリの時代を調べ上げて頭に入れた。

 このドラマで育んだものが『マルメロ草紙』につながっているんです。

 そして、僕自身も『パリ物語 1920'S青春のエコール・ド・パリ』の企画立案者ですから、当然この時代のことを把握している。

 つまり『マルメロ草紙』の背景をよくわかっているということが、刈部さんが声をかけてきた一つ目の理由だと思います」

『狂熱のふたり~豪華本「マルメロ草紙」はこうして生まれた~』より
『狂熱のふたり~豪華本「マルメロ草紙」はこうして生まれた~』より

 二つ目の理由についてこう続ける。

「『パリ物語 1920'S青春のエコール・ド・パリ』を発表した1984年の翌年になるのですが、伊丹十三監督の映画『たんぽぽ』のメイキング(『「タンポポ」撮影日記』)を僕は手掛けたんです。

 伊丹監督から依頼を受けてのことだったのですが、それがわたしのその後の人生は大きく変えたといいますか。

 以来、次から次へとメイキングの依頼を受けるようになったんです。

 メイキングの基本は、映画にしてもドラマにしても作っている過程を追ったものになる。作っている過程やプロセスに光を当てて、そこにドラマを見出していく。

 そういうメイキングのノウハウをよくわかっている。

 それで、浦谷なら撮れるだろうと声をかけてくれたのかなと思います。

 ただ、これまで映画はいっぱいやってきましたけど、本作りのメイキングなんてやったことがない。

 どういう手順で進んでいくのかも想像できないので、僕自身は最初けっこう戸惑いました。

 けど、話を戻しますけど、最初の打ち合わせの場に行ったら、作品に映し出される通り、『美しければ、文字なんか読めなくてもいい』と文章を書いている作家である橋本さんが言い出すといったあっけにとられるやりとりがいきなりはじまったわけです。

 まだ初日の打ち合わせにもかかわらずすごい面白いわけですよ。とんでもない無茶ぶり合戦のようなことが始まる。

 あと、これはあとになって気づいたんですけど、橋本さんが『美しければ、文字なんか読めなくてもいい』と言うときだけ、カメラが彼にグッと寄っているんです。

 ほかはあまり人に寄っていないのに、あのシーンだけは寄っている。

 たぶん『ここは相当重要な話がするだろう』『とんでもないことを言いだすかもしれない』っていう勘が働いて自然とそうなっていた。

 つまり、もうこの時点で、この本作りの現場に魅せられていた。

 そして、その後、気づけば8年ずっと撮ることになりました」

(※第二回に続く)

『狂熱のふたり~豪華本「マルメロ草紙」はこうして生まれた~』ポスタービジュアル
『狂熱のふたり~豪華本「マルメロ草紙」はこうして生まれた~』ポスタービジュアル

『狂熱のふたり~豪華本「マルメロ草紙」はこうして生まれた~』

監督・撮影・編集:浦谷年良

企画:刈部謙一 製作:杉田浩光

出演:橋本治、岡田嘉夫、中島かほるほか

ナレーション:木村匡也  

プロデューサー:杉本友昭 共同プロデューサー:渡辺誠

ポレポレ東中野ほか全国順次公開中

公式サイト kyounestu-movie.jp

筆者撮影以外の写真はすべて(C)テレビマンユニオン

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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