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13人の女性の出産に立ち会い、撮影へ。助産師の置かれたブラックな現実にも目を向けて

水上賢治映画ライター
「助産師たちの夜が明ける」のレア・フェネール監督  筆者撮影

 2009年の初監督作品「愛について、ある土曜日の面会室」がヴェネチア国際映画祭に正式出品されるなど、世界で高く評価されたレア・フェネール監督。

 20代で鮮烈なデビューを果たした彼女の長編3作目となる「助産師たちの夜が明ける」は、新たな命が生まれる場であるフランスの産科病棟に焦点を当てる。

 助産師たちの毎日は、おそらくわたしたちが想像するよりもはるかに過酷だ。

 来院するのは、きちんと定期健診を受け、予定通りに無事出産を終える女性ばかりではない。

 保険もなく健診も受けないでいきなり飛び込みでやってくる妊婦もいれば、残念ながら死産という悲しい現実を迎える女性もいる。

 さまざまな事情を抱えた女性たちと、助産師たちは向き合うことになる。

 このひとつとして同じケースはない出産の現場の現実を、レア・フェネール監督は自身の出産体験を基に、現役助産師から編集作業に至るまでアドバイスを受け、実際の出産シーンとフィクションを織り交ぜながら描き出した。

 細部にわたってリアルさが追求された作品は、オーバーワークと過度なプレッシャーにさらされながらもベストを尽くす助産師たちの姿を映し出すとともに、新たな命の生まれる瞬間の崇高さとすばらしさから、出産の光と影までを伝える。

 ドキュメンタリーではないかと思うほどの一作はいかにして生まれたのか?

 気鋭の映画作家として注目を集めるレア・フェネール監督に訊く。全七回/第六回

「助産師たちの夜が明ける」のレア・フェネール監督  筆者撮影
「助産師たちの夜が明ける」のレア・フェネール監督  筆者撮影

助産師たちの決して良くない職場環境にも言及

 前回(第五回はこちら)、出産シーンの撮影の舞台裏を明かしてくれたレア・フェネール監督。

 作品は、出産の現実を通して、助産師という仕事の過酷さや彼らの置かれた決して恵まれていない職場環境にも言及する。

 助産師の置かれた現実を描くこともリアルを追求したという。

「助産師の置かれた状況もしっかり描くことを心掛けました。

 それは前に少し触れたように妊婦にとって助産師はひじょうに頼れる存在で時に最大の理解者になってくれます。

 最後まで寄り添ってくれる存在です。にもかかわらず、その存在があまり知られていない。彼らの仕事があまり重要だと認識されていない。

 ですので、きちんと知ってもらえるように描こうという意識がありました。

 それから、これはリサーチをしてより浮き彫りになって知ったことなのですが、助産師の職場環境というのは決していい状態にあるとは言えない。

 映画で描いたことですけど、命を任される現場にもかかわらず、休みをとることも許されないぐらい過酷で現場は疲弊している。

 一歩まちがうと訴訟を起こされることもあるぐらい大きな責任を負っているのに、母親と子どもの生命がかかった現場に常に立っているのに、給与も高いとはいえない。

 責任が大きくて安月給の現場を、責任感と生命の誕生の瞬間に立ち会う喜びだけで頑張っているようなところがある。

 これはひじょうに問題だと思ったので、しっかりと言及しようと思いました。

 何人もの助産師の方から話を訊きましたが、みんな口をそろえて言います。『待遇と職場環境の改善を常に求めている。でも、まったく変わらない』と。

 その結果、どんどん成り手が減っているそうです。さらに助産師になったとしても、現実を知って離職する人の割合もかなり高いそうです。

 仕事の拘束が長すぎるとか、休みがとれないとか、仕事の量が多すぎるとか、これだけの責任を負いながら感謝されることがないとか、そういった理由で辞めていく人が後を絶たないそうです。

 由々しき事態ではないかと思います。

 ですから絵空事ではなく、助産師の間で実際に起きている問題をきちんと描こうと心掛けました」

「助産師たちの夜が明ける」より
「助産師たちの夜が明ける」より

華やかな表舞台の裏側にある厳しい現実のようなことに

わたしは興味があり、作品にして伝えたいのかもしれません

 デビュー作「愛について、ある土曜日の面会室」は、刑務所内の物語だった。

 そして、今回は、産科病棟の中の話しと、どちらもあまり表では語られない、閉ざされた世界という共通項がある。

 自身の作品作りにおいて、そういった点に意識を置いているところはあるのだろうか?

「そうですね。

 そういわれると、そうかもしれません。

 確かにわたしの作品は、世間や社会にあるボーダーラインを超えて一歩踏み込んで、あまり知られていない世界のことを描いています。

 デビュー作『愛について、ある土曜日の面会室』もそうですし、今回もそう。

 実は第二作『Les Ogres』もそうなんです。

 この作品は、わたしの家族のことが大きく反映されています。

 実はわたしの家族はサーカスの団員で、わたしは幼少期のほとんどをサーカス団の中で過ごしました。

 その経験が『Les Ogres』のベースになっていて、ふだんは華やかなサーカスの舞台裏を描いています。

 ですから、三作品ともになにかの舞台裏を描いていることになる。

 華やかな表舞台の裏側にある厳しい現実のようなことにわたしは興味があって、作品にして伝えたいのかもしれません。

 あと、わたしは子どもながらにサーカスの芸人さんたちがどれほどのエネルギーをもって観客を楽しませようとしているか知っていたんです。人々を楽しませるためにどれだけの努力をして稽古を積んでいるのかがわかっていた。

 そういう意味では、助産師も一緒で、彼ら彼女たちがどれだけのエネルギーを注いで妊婦をケアしているのかを、自分が出産の際に体感していた。

 こういう熱量のある知られざる人々に心を動かされるところがあります。そして、彼らのような存在にスポットを当てて描きたいと心が動くことが多いです」

(※第七回に続く)

【「助産師たちの夜が明ける」レア・フェネール監督インタビュー第一回】

【「助産師たちの夜が明ける」レア・フェネール監督インタビュー第二回】

【「助産師たちの夜が明ける」レア・フェネール監督インタビュー第三回】

【「助産師たちの夜が明ける」レア・フェネール監督インタビュー第四回】

【「助産師たちの夜が明ける」レア・フェネール監督インタビュー第五回】

「助産師たちの夜が明ける」ポスタービジュアル
「助産師たちの夜が明ける」ポスタービジュアル

「助産師たちの夜が明ける」

監督:レア・フェネール

脚本:カトリーヌ・パイエ、レア・フェネール

出演:エロイーズ・ジャンジョー、ミリエム・アケディウほか

配給:パンドラ

公式サイト http://pan-dora.co.jp/josanshitachi/

全国順次公開中

筆者撮影の写真以外の写真はすべて提供:パンドラ

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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