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実際の出産シーンを組み込み命の生まれる瞬間を。最前線に立つ影の存在、助産師たちに光を当てる

水上賢治映画ライター
「助産師たちの夜が明ける」のレア・フェネール監督

 2009年の初監督作品「愛について、ある土曜日の面会室」がヴェネチア国際映画祭に正式出品されるなど、世界で高く評価されたレア・フェネール監督。

 20代で鮮烈なデビューを果たした彼女の長編3作目となる「助産師たちの夜が明ける」は、新たな命が生まれる場であるフランスの産科病棟に焦点を当てる。

 助産師たちの毎日は、おそらくわたしたちが想像するよりもはるかに過酷だ。

 来院するのは、きちんと定期健診を受け、予定通りに無事出産を終える女性ばかりではない。

 保険もなく健診も受けないでいきなり飛び込みでやってくる妊婦もいれば、残念ながら死産という悲しい現実を迎える女性もいる。

 さまざまな事情を抱えた女性たちと、助産師たちは向き合うことになる。

 このひとつとして同じケースはない出産の現場の現実を、レア・フェネール監督は自身の出産体験を基に、現役助産師から編集作業に至るまでアドバイスを受け、実際の出産シーンとフィクションを織り交ぜながら描き出した。

 細部にわたってリアルさが追求された作品は、オーバーワークと過度なプレッシャーにさらされながらもベストを尽くす助産師たちの姿を映し出すとともに、新たな命の生まれる瞬間の崇高さとすばらしさから、出産の光と影までを伝える。

 ドキュメンタリーではないかと思うほどの一作はいかにして生まれたのか?

 気鋭の映画作家として注目を集めるレア・フェネール監督に訊く。全七回/第一回

「助産師たちの夜が明ける」のレア・フェネール監督
「助産師たちの夜が明ける」のレア・フェネール監督

自身の出産、母子での通院の経験から見えてきた病院の現実

 はじめに本作の出発点について彼女はこう語る。

「これはわたしだけではなくて、出産を経験したことのある女性はわかると思うんですけど、出産は一種のメタモルフォーゼ。自分がひとつ変貌する、大きく変化する経験だと思うんです。

 自分という人間が大きく変化する。自分の肉体も大きく変化する。肉体の変化に伴って心も変化するところがある。

 そうなったときにやはりきちんとケアしてもらうことは大切で。大きく変化した自分に寄り添ってもらうことが必要なんです。

 それで、わたしの場合、出産後、自身もケアが必要だったのですが、産まれた子どもが病気を抱えていて……。

 生きることに支障はないのですが一生治らない病気ということで、そのケアが必要だったんです。

 ですから、わたしたち母子は定期的に病院に通うことになって、そこで親身になって寄り添ってくれる医療関係者に多く出会うことができました。

 わたしたち母子が通院していた病院のスタッフは仕事に責任とプライドをもって働いている方々ばかりで、ほんとうにお世話になりました。

 ただ、彼らのすばらしい対応に感心させられる一方で、病院に足を運べば運ぶほど、その病院が抱えるほころびが見えくるといいますか。公立病院だったのですが、公立病院全般にある問題だったり、助産師の処遇であったりといったことが見えてきたんです。機能不全になっているところがあることを知ったんです」

病院の表の顔ではなく、患者には見せることのない舞台の裏側を知りたい

 そこから医療の現場に少しずつ興味をもち始めたという。

「そうですね。わたしたち母子が病院にいって診察を受けているときはいわば病院の表の顔で。表面的なものを映し出しているところに過ぎない。

 表面的ではない、病院の表の顔ではなく、裏の顔、患者には見せることのない舞台の裏側を知りたいと思ったんです」

「助産師たちの夜が明ける」より
「助産師たちの夜が明ける」より

助産師たちの根底にある精神は、

医療ケアの本質『寄り添うこと』をもっとも体現しているのではないか

 その中で、なぜ助産師に焦点を当てようと考えたのだろうか?

「わたしが出産したときにもっとも感銘を受けたのが、何を隠そう助産師たちだったんです。

 産科医でもほかでもない、助産師たちだったんです。

 作品を見ていただければわかるように、助産師というのはほんとうに一人一人の妊婦に寄り添ってくれるんです。

 妊婦にとって良き伴走者で心強い味方になってくれる。

 わたしも妊娠中は彼ら、彼女たちにひじょうに助けられました。

 彼ら彼女たちは、よくこのような言葉をかけてくれました。『あなたは一人じゃない。わたしはあなたのためにここにいる。あなたと一緒にここにいるのよ。最後まで一緒にいるから、安心してね』と。

 この彼ら彼女たちの根底にある精神は、医療ケアの本質『寄り添うこと』をもっとも体現しているのではないかと思いました。

 助産師という職業には、医療ケアの本質があるのではないかと考えたんです。

 そこで助産師に焦点を当てた物語を作ろうと思い立ちました。

 それから、出産というのは誰もが知っていることですよね?

 人の人生においても大きなことの一つだと思います。

 でも、実際の現場はどのようになっていて、どのようにして生まれてくるのかは、きちんと可視化されていないといいますか。

 なんとなくはみんな知っているのだけれど、ほとんどの人は実際は見たことがない。

 よく考えると出産の場というのは、女性が母親に、男性が父親になる場で、ひとつの家族が生まれて、家族の愛や家族の絆が最初に生まれる瞬間でもあると思うんです。

 そのような重要な場であるのだけれど、あまり表立って語られてはいない。どちらかというと隠されてきた。

 出産の現場自体あまり可視化されていなければ、助産師たちの存在や彼ら彼女たちの果たしている役割もほとんど語られていない。

 そのことがわたしとしてはとてももどかしくて、もっと知られていいのではないかと思いました。

 そのことも助産師に焦点を当てた物語を作ることへとつながっていきました」

(※第二回に続く。昨年、<SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2023>での来日時に行ったインタビューに、今年7月に行ったオンラインでの追加取材を組合わせた記事になります)

「助産師たちの夜が明ける」ポスタービジュアル
「助産師たちの夜が明ける」ポスタービジュアル

「助産師たちの夜が明ける」

監督:レア・フェネール

脚本:カトリーヌ・パイエ、レア・フェネール

出演:エロイーズ・ジャンジョー、ミリエム・アケディウほか

配給:パンドラ

公式サイト http://pan-dora.co.jp/josanshitachi/

ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開中

筆者撮影の写真以外の写真はすべて提供:パンドラ

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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