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米国中間選挙の仕組みと争点(3)―重要争点

西山隆行成蹊大学法学部政治学科教授
中絶の権利の重要性を訴えるバイデン大統領(写真:ロイター/アフロ)

今回の記事では、今年の中間選挙の重要争点について解説します。今日の米国の政治・社会を理解する上でのキーワードは分断と二大政党の対立激化です。前回の記事で説明したとおり、党派をめぐる分断が明確になっており、有権者のうちいずれかの政党に対する帰属意識を持つ人々は党派に基づいて投票する可能性が高くなっています。二大政党は支持者を取りこぼさずに動員するべく、支持者の感情を揺さぶるような争点を積極的に取り上げます。他方、強い党派心を持たない人々が重視するのは経済問題、とりわけインフレ対策です。

この記事では、民主党が中心的争点と位置付けている人工妊娠中絶の権利の問題、共和党が重視している犯罪と移民の問題、そしてインフレ(物価高)対策について、簡単に解説したいと思います。

人工妊娠中絶と同性婚の権利

中間選挙では大統領の所属政党が議席を減らすのが一般的であることは、以前の記事でも指摘したとおりです。しかし、今年の中間選挙に関しては、6月末からしばらくの間、民主党が意外と善戦するのではないかという予測もなされました。それは、6月末から7月初めにかけて、連邦最高裁判所が民主党とリベラル派が長らく重視してきた諸政策を否定する判決――具体的には、人工妊娠中絶の権利の否定、108年続いたニューヨーク州の銃規制法の合憲性否定、環境保護局(EPA)による温室効果ガス排出量に関する規制権限の否定――を出し、それに対する反発のバネが働いたからでした。

とりわけ重要な意味を持ったのが、人工妊娠中絶の権利を認めた1973年のロウ判決を覆したドブス対ジャクソン判決でした。ロウ判決は、望まぬ妊娠をした女性が人工妊娠中絶を行うことをプライバシー権の一環として認めた画期的判決で、米国の進歩を体現すると自己規定してきた民主党とリベラル派が最も重要な功績の一つと位置付けてきたものでした。しかしドブス判決は、合衆国憲法はプライバシー権を規定していないとする立場から、州政府が中絶を容認するか否かの判断を行うことが可能と判示したのです。その結果、共和党の政治家が知事を務める州を中心に中絶を規制する動きが相次いでいます。

しかし、米国民の多くは中絶を容認する立場を示しています。例えば、ピュー・リサーチ・センターが3月に行った調査では、米国民の61%が全て、あるいは大半の事例で中絶を認めるべきだと回答しています。そこで民主党は中絶問題を選挙の争点として強く打ち出しています。とりわけ、連邦最高裁判所が民意に反する判決を出すことができた背景には、オバマ政権末期に判事が死亡した際に上院はオバマが指名した後任候補に関する指名手続きを実施せず、トランプ政権期に入ってからトランプが指名した後任候補を承認したことがあります。従って民主党は、大統領が指名した人物を承認する権限を持つ上院で多数を維持することの重要性を強調しています。他方、共和党は宗教右派を中心にドブス判決を歓迎していますが、世論の反発を恐れて中絶問題について今回の選挙戦ではほとんど触れていません。

なお、これに関連して、同性婚の問題についても保守派とリベラル派の立場が分かれています。共和党保守派の中に、中絶の権利を否定したことの延長として同性婚の権利も否定しようとする人がいる一方で、リベラル派の人々はその不安を煽って同性婚の権利を擁護するよう主張しています。もっとも、人工妊娠中絶の権利が先ほど指摘したとおりプライバシー権を根拠に正当化されていたのに対し、同性婚は合衆国憲法に規定された平等権を根拠に正当化されたという違いがあるため、中絶の権利と同性婚の権利を直結させて考えることの妥当性は低いようにも思われます。また、実は保守派の間でも「家族の価値」を守るという観点から同性婚を容認する人は一定数います。しかし、民主党は選挙戦略として、同性婚に言及することも有効だと考えているようです。

治安と犯罪政策

今日の米国では、多くの人々が犠牲となる銃撃事件などが相次いで起こっているため、銃規制と犯罪についての関心が高まっています。今年6月に、バイデン政権の下で銃規制法が成立しました。同法は、若年購入希望者の身元調査、DVの前科がある者への販売制限、購入資格のない人に代わっての代理購入の取り締まり、密売抑制、学校における治安対策強化などを定めています。また、自身や他人に危害を加える恐れのある人物から銃を一時的に没収する法律を州政府が成立させた場合、その州政府を財政的に支援する仕組みも整えています。これは実効的な内容を持つものとしては1994年のブレイディ法以来28年ぶりの成果でした。

しかし、今日の米国には軍が所有するものを除いても3億丁を越える銃が存在していることを考えると、このような規制をしても銃犯罪が減るとは考えにくいです。また、殺傷力が高い銃の購入可能年齢の引き上げや、大容量弾倉の禁止は、共和党の反発が強かったため、見送られました。それに対する不満を持つ人々が、銃規制を推進するべく活動しています。ただし、銃規制推進を積極的に争点に掲げてしまうと、全米ライフル協会のような団体から小さな組織まで銃規制反対派が団結して行動するため、結果的に共和党を利する可能性もあります。そのような現状から民主党は、銃規制を進めるためには銃規制推進を積極的な争点として掲げるのは合理的でないというジレンマを抱えつつ選挙戦を展開しています。

他方、共和党は、民主党は犯罪に寛容だとして犯罪対策強化を主要争点の一つとして位置付けています。政治専門サイトのポリティコが9月下旬から10月上旬にかけて行った世論調査では、候補者の犯罪に対する主張が投票先を決める上で大きな影響を与えると回答した人は60%に上っています。2020年に警察官による不適切な拘束を受けて黒人男性が死亡した事件をきっかけに、左派の間から警察予算剥奪論が提起されました。しかし、同じポリティコの世論調査によれば、警察への資金を増額すれば犯罪が減少すると回答した人が70%となっています。多くの国民が犯罪率の上昇に不安を感じている中で、警察予算剥奪というスローガンはネガティブな印象を与えることになりました。

ピュー・リサーチ・センターが今年10月に行った調査では、暴力犯罪が重要争点だと回答した人の中で、共和党候補に投票すると回答した人が49%、民主党候補に投票すると回答した人が32%となっており、犯罪問題と治安対策強化は共和党に有利に働きそうです。

移民政策

移民問題は、2016年大統領選挙以降、二大政党で立場が明確に異なる争点となっています。トランプ政権はメキシコとの国境に壁を建設すると主張したり、不法越境者の即時送還措置を採ったりしました。しかし、民主党とバイデン政権は移民政策を寛容なものに転換し、不法越境者の即時送還措置を廃止しました。また、在留資格のない人々に永住権や市民権を与えるための道筋を示し、難民政策では一年間で受け入れる人数を大幅に拡大する方針を示しました。その結果、メキシコから正規の手続きを経ずに国境を越える人の数が急増し、今年9月までの一年間に拘束・検挙された人の数は237万人余りと、史上最も多くなりました。このような事態を受けて共和党は、バイデン政権が国境危機を引き起こしたとして批判を強めています。

このような批判を踏まえて、国境周辺州の州知事は強硬な立場をとるようになっています。例えば、テキサス州のアボット知事やフロリダ州のデサンティス知事は、ワシントンDCやニューヨーク市、シカゴなどの民主党が優位な地域に大量の移民を送り付けるなどのパフォーマンスを繰り広げています。

先ほど紹介したピュー・リサーチ・センターの調査では、移民問題が重要争点だと回答した人のうち57%が共和党に、28%が民主党に投票すると回答しており、移民問題も共和党に有利に働きそうです。

インフレ対策

先に紹介したピュー・リサーチ・センターの調査で、最も多くの人が最重要争点として位置付けているのが経済です。伝統的には、経済政策の中でも失業率が選挙の帰趨を決定するとされてきました。米国の労働省が発表した雇用統計によると、9月の失業率は3.5%と歴史的な低水準でした。しかし、今年は40年ぶりの水準となっている物価上昇率の高さが、有権者の認識に強い影響を与えています。ワシントン・ポスト紙とABCテレビが9月に共同で実施した世論調査でも、有権者の76%がインフレ問題を重視して投票すると回答しています。

民主党は今年8月に、エネルギー価格の引き下げや医療費の負担軽減などを含む4300億ドルのインフレ抑制法を成立させました。また、ガソリン価格を抑えるために石油備蓄の放出を実施するなど、バイデン大統領は様々な対応をしています。しかし、共和党はインフレはバイデン政権の失策だとの立場を示し、反発を強めています。

第二回目の記事でも紹介したように、世界では、右派政権の国も左派政権の国もインフレに悩まされていることから、インフレの責任をバイデン政権と民主党に帰するのは妥当でないように思われますが、バイデン政権の対応の拙さがインフレを招いたという共和党の主張に支持が集まっているのが現状です。

今回の記事では主要争点としては挙げませんでしたが、実はトランプ前大統領への対応や米国の民主主義の将来をめぐって、二大政党の対応は分かれています。この点を含んで、2022年中間選挙で注目すべきいくつかの点を、次回の原稿では取り上げたいと思います。

成蹊大学法学部政治学科教授

専門はアメリカ政治。東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了、博士(法学)。主要著書に、『アメリカ大統領とは何か:最高権力者の本当の姿』(平凡社新書、2024年)、『混迷のアメリカを読み解く10の論点』(共著、慶應義塾大学出版会、2024年)、『〈犯罪大国アメリカ〉のいま:分断する社会と銃・薬物・移民』(弘文堂、2021年)、『格差と分断のアメリカ』(東京堂出版、2020年)、『アメリカ政治入門』(東京大学出版会、2018年)、『アメリカ政治講義』(ちくま新書、2018年)、『移民大国アメリカ』(ちくま新書、2016年)、『アメリカ型福祉国家と都市政治』(東京大学出版会、2008年)など。

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