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「11月5日」に勝者が決まらない? 米大統領選後に想定されるスケジュールとは

西山隆行成蹊大学法学部政治学科教授

米国大統領選挙は11月5日に行われる、というのが一般的な理解だ。大統領選挙は4年に一度、オリンピックが行われる年の11月の第1月曜日の翌日に実施される、という説明を聞いたことのある人も多いだろう。だが、大統領が果たして本当に11月5日に決まるかは今回に関してはやや怪しく、新大統領が就任するまでの間に、紆余曲折が予想される。本稿では、選挙後の主なスケジュールを紹介しつつ、来年2025年1月の大統領就任式の日から時間を逆にさかのぼってみることにしよう。

■郵便投票の増加で開票に遅れ 過半数をとる候補がいない可能性も

大統領が就任するのは1月20日の正午(現地時間)である。新大統領が正式に決定されるのは1月6日であり、連邦議会が両院合同会議を開いて、投票証明書の開封・確認、当選の宣言を行うことになっている。では、そこで開票される票はいつ誰が投じたものかといえば、12月第2水曜日の次の火曜日、今年については12月17日に大統領選挙人が投じたものだ(選挙人投票)。11月5日に行われる一般投票は、あくまでその大統領選挙人を選ぶ選挙なのだ。

最初にこのようなややまどろっこしい説明をしたのは、今回の大統領選挙においては当選者が確定するのがいつになるのか、やや不透明だからだ。

日本では11月5日の一般投票を「本選挙」と呼ぶことが多いが、通常は、そこで最終的な選挙の勝者が決まる可能性が高いからだ。基本的に一般投票の結果に反する投票をするような人物を各党が選挙人に選ぶとは考えにくいことから、一般投票の結果で新大統領が決まる、と考えられている。

だが、今回はこの前提がいくつかの点で怪しくなっている。まずは、2020年大統領選挙以降、郵便投票が増えている点が挙げられる。郵便投票の開票は、一般投票の終了後に行われるため、接戦州ではその作業に複数日を要する場合もある。

それ以上に、今回の選挙で心配されているのは、一般投票の結果として270以上の過半数の選挙人を確保する候補が登場しない可能性があることだ。

現在はネブラスカとメインを除く48州とコロンビア特別区では、一般投票で一票でも多くの票を獲得した候補がその州の全ての選挙人票を獲得することになっている(勝者総取り方式)。今日では大半の州でどちらの候補が勝つかほぼ明らかであり、選挙結果は7つの接戦州(ミシガン、ペンシルヴェニア、ウィスコンシン、ネヴァダ、アリゾナ、ジョージア、ノースカロライナ)の結果次第だとされている。だが、その勝敗を組み合わせると、ハリスとトランプの両者がともに269の選挙人を獲得し、270に到達しない場合があり得るのだ。勝者総取り方式を採用していないネブラスカ州は一般的には共和党が強いとされているが、ハリス陣営は同州に3つある選挙区のうち、第2選挙区で勝利できる可能性があるとして、選挙人を270に上積みすることを念頭に置いて大量に選挙資金を投下している。

それはさておき、仮に270以上の選挙人を獲得する候補がいない場合、大統領については連邦議会下院が、そして副大統領は連邦議会上院が決めることになっている。下院が大統領を決める方式も独特で、50州が一人ずつ選出する州代表の下院議員による投票で決定する。(過半数は26票。なお、連邦議会下院選挙は二大政党の勢力が拮抗しているが、米国は農業州が多いため、州の数という点では共和党の方が優勢である)。

このように、今年の大統領選挙では、11月の一般投票が終わった段階でも選挙結果が決まらず、勝敗の確定が来年の1月6日になる可能性もあるのだ。

■「明確な当選者」が認定されず政権移行に混乱が生じる恐れ

大統領選挙が終了した後の政権移行期間は、重要な意味を持つ。順調に11月に新大統領が決まると就任まで2か月半の期間があるが、その時期は現職の政治家にとって場合によっては最後の見せ場となる。現職大統領は自らの政権の遺産を作るため、特に外交の分野で積極的な行動を起こそうとする。また、連邦議会も支持基盤との関係から選挙前には賛成したくなかったような重要法案の成立を図ることも多い。新大統領が決まって以降の期間はレイムダック(死に体)期間と呼ばれることもあるが、実は重要法案が動く可能性もある時期なのである。

他方、新政権にとっても政権移行期間は、政権チームを構築する期間である。大統領選挙では様々な有力者や団体が選挙に協力するが、その多くは政策的な、あるいは人事面での見返りを期待している。米国では政権交代が起こると3500~4000人ほどの政治任用を行うが、新大統領は選挙に協力した人々の意向も踏まえて人事を決定する必要がある。政治任用といっても、ホワイトハウスの人員は大統領が指名すれば済むが、各省庁や連邦裁判所の人員については連邦議会上院の承認が必要な場合もある。上院の支持が得られるかなどを考慮して政治任用を行うのは至難の業である。

なお、政権移行については、独立行政機関である一般調達局(GSA)局長が大統領選挙の「明確な当選者」を認定して初めて、政権移行の準備に必要な役務及び施設が提供されることになっている。ただ、大統領選挙の明確な当選者の「認定」については、特段の定めがないことが、混乱をもたらす可能性がある。米国では1896年大統領選挙で敗北した民主党のウィリアム・ジェニングス・ブライアンが、共和党のウィリアム・マッキンリーに敗北を認める電報を送って以降、敗者が敗北を認め、勝者の下で団結するようメッセージを送るのが一般的になっている。だが、2020年大統領選挙に際しては、民主党のジョー・バイデンの勝利をドナルド・トランプ大統領(当時)が認めなかったことから、エミリー・マーフィGSA局長が速やかな「認定」を行わず、政権移行に混乱が生じた(トランプは1896年以降で敗北宣言を行わなかった唯一の大統領である)。

今回の2024年大統領選挙に関しても接戦が予想され、トランプが勝利する可能性が高い場合に、円滑な政権移行が行われるかを危惧する動きもある。もし大統領選挙人の票がともに269となり、新大統領が連邦議会下院によって決定されるような事態となれば、政権移行期間が極めて短期間となる。共和党候補のトランプは大統領経験者であるとはいえ、同政権を支えた多くの重要人物がハリス支持を表明してトランプ政権に入らないであろうことを考えると、政権移行が不十分な状態で行われてしまう危険性もあるといえるだろう。

■「米国民の団結」を訴えられるか? 新しい大統領を待ち受ける難題

今日の米国政治に関する悲劇は、選挙後に混乱が発生し、分断がさらに進行するであろうことが容易に予想できることだ。一般投票の得票数で勝った候補が、獲得した選挙人の数で敗れるといった事態も想定され、選挙結果を認めず、新大統領の正統性に疑念を抱く有権者も存在する可能性が高い。

そのような状態にあっても、新大統領は国民の団結を訴えなければならない。大統領選挙はある意味で米国民の分断を鮮明にするイベントだが、大統領は米国民の統合と団結を象徴する存在でなければならない。

バラク・オバマ以前の大統領は、皆自らを全国民の大統領と位置づけ、異なる立場をとる人にも米国のために協働するように訴えた。だが、2017年の就任演説でトランプ大統領はそのような伝統を打ち破り、自らの岩盤支持層にのみ訴えかける手法をとった。時に「二つの米国」と称されるほど分断が鮮明になった今日、来年1月20日に予定される就任式で、新しい大統領がどのような就任演説を行うかに注目が集まっている。対立候補とその支持者に対して敬意を表し、米国民全体としての団結を訴えることができるかどうかが最大の注目ポイントとなるだろう。

新大統領の政権運営にも、多くの難題が待ち受けている。米国で法律が成立するためには、連邦議会の上下両院が同一内容の法案を通したうえで、大統領がそれを承認する必要がある。そのため、大統領の所属政党、上院多数党、下院多数党が一致しているか否か(統一政府か分割政府か)が重要な意味を持つ。とりわけ二大政党間の勢力が均衡し、対立も激化している状態では、対立する政党が提出した法案に賛同しない議員が増大しているため、分割政府となれば法案が通らない、場合によると予算すら通らないという事態が発生する。そのため、大統領選挙と同日に行われる連邦議会選挙の結果も政権運営に大きな影響をもたらす。

ただし、統一政府の状態になれば政権運営は安泰かというと、そういうわけではない。連邦議会において対立政党の議員からの賛同が得られない状態では、自党の全議員(少なくとも大半の議員)の支持を得る必要が出てくる。だが、米国の二大政党では、候補者は選挙区ごとに行われる予備選挙の結果として選ばれていることもあり、党議拘束をかけることができない。党内には多様な立場の議員がおり、法案に賛成する条件として様々な条項を法案に入れることを要求する人々が出てくる。極端な政策的立場をとる人々がそのような要求をしてくる結果として、通過した法律に、多くの国民が受け入れがたい内容が含まれている可能性も出てくるかもしれない。

このように、二大政党の勢力が僅差となり、対立も激化している現状では、法律が通過しても、通過しなくても、結果的に国民の間で政治に対する不満や政治不信が強まる可能性がある。そのような批判の矛先は大統領に向かう可能性が高く、大統領は大変な困難に直面するのである。

このような状態で大統領が主張しやすくなるのは、超党派的な賛同を得ている政策、そして、費用の掛からない政策である。近年の米国では、保護関税をかけて自国産業を守ること、安全保障に関して同盟国などにより多くの負担を求めることについては、異論が生じにくいといえるだろう。ハリスとトランプのどちらが大統領になるかで外交政策のスタンスが変わってくる可能性が高いが、どちらの政権になっても日本に求められる可能性が高い分野も存在しているのである。

新大統領は就任直後から、主要な同盟国やパートナー国の首脳と会談を行うとともに、国連やNATO、G7(主要7カ国)などとの関係を再確認して、新政権の政策的立場を表明することになる。上述の通り、米国では大統領の政党が変わると、政策に大きな影響を及ぼし得る重要な地位にある官僚が大幅に入れ替わることもあり、大統領選挙の結果次第で外交方針が根本的に変わる可能性がある。2017年に就任したトランプ大統領が、オバマ政権が締結したパリ協定からの離脱とTPP(環太平洋連携協定)の撤回を表明して多くの国を混乱に陥れたことはその象徴的な例だ。日本政府も早い時期から、新政権の閣僚人事や基本方針について調査するべく、大統領候補を支えるスタッフと連絡を密にしておく必要があるだろう。

【この記事は、Yahoo!ニュース エキスパート オーサー編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】

成蹊大学法学部政治学科教授

専門はアメリカ政治。東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了、博士(法学)。主要著書に、『アメリカ大統領とは何か:最高権力者の本当の姿』(平凡社新書、2024年)、『混迷のアメリカを読み解く10の論点』(共著、慶應義塾大学出版会、2024年)、『〈犯罪大国アメリカ〉のいま:分断する社会と銃・薬物・移民』(弘文堂、2021年)、『格差と分断のアメリカ』(東京堂出版、2020年)、『アメリカ政治入門』(東京大学出版会、2018年)、『アメリカ政治講義』(ちくま新書、2018年)、『移民大国アメリカ』(ちくま新書、2016年)、『アメリカ型福祉国家と都市政治』(東京大学出版会、2008年)など。

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