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日本人留学生射殺事件から30年 米国で銃規制が中間選挙の争点にならないのは何故か?

西山隆行成蹊大学法学部政治学科教授

悲劇的な事件とその後

30年前の1992年10月17日、米国ルイジアナ州バトンルージュで日本人留学生が射殺されるという悲劇的な事件が起こった。高校に留学中だった服部剛丈さん(当時16歳)がハロウィンの仮装パーティに行こうとしたものの、訪問先とは違う住宅のドアを誤ってノックした。彼を強盗だと思った住民が「フリーズ(動くな)」と言って呼び止めたものの、動いてしまった服部さんは発砲され死亡した。なお、その住民は傷害致死罪で起訴されたものの、翌年に正当防衛として刑事法上無罪判決が出された。他方、民事訴訟では過失が認められ、両親が勝訴した。

事件発生後、日本では銃社会である米国の危険性を指摘する報道が繰り返し行われた。また、服部さんの両親は米国での銃規制を求める運動を開始し、日米合わせて最終的には182万人分の署名を集め、ビル・クリントン大統領との面会も果たした。そして、この一連の日本の動きが、米国社会に驚きを与えた。というのは、このような事件は米国では悲劇的ながらも特段珍しくない事件と見なされていたが、日本では大事件と見なされているらしいことが分かったからである。

その翌年、銃規制法が成立した。ロナルド・レーガン大統領暗殺未遂事件で負傷し半身不随となった報道官にちなんでブレイディ法と命名されたその法律では、購入希望者に5日間の待機を求め、販売者にその者の身元調査を義務づけて、重罪の前科や精神障害歴のある者、未成年者などへの販売を禁止した。だが、この規制は正規の販売業者にしか適用されず、闇市場や個人間で取引される銃を規制することができなかった。また、1997年には連邦最高裁判所が身元調査の義務づけに違憲判決を下した。当時の米国では画期的とされたこの法律も、実質的な効果がなかったのである。

そして今年6月、実効的な意味を持つ銃規制法としてはブレイディ法以来とされる銃規制法が成立した。その法律では、若年購入希望者の身元調査、ドメスティック・バイオレンスの前科がある者への販売制限、購入許可のない人物に代わっての代理購入の取り締まり、密売抑制、学校における治安対策強化などが定められている。また、レッドフラッグ法と呼ばれる、自身や他人に危害を加える恐れのある人物から銃を一時的に没収する法律を州政府が成立させた場合、その州政府を財政的に支援することも定められた。今日の米国では、銃規制については民主党が賛成、共和党が反対という形で、賛否が分かれるようになっている。米国の政治社会が分極化するとともに、二大政党の対立が激化している今日、上院で15名、下院で14名もの賛成者を共和党から得て超党派で法律が通過したのは特筆すべき業績である。

だが、殺傷力が高い銃の購入可能年齢の引き上げや大容量弾倉の禁止は共和党の反発が強く見送られた。そもそも、軍事用のものを除き3億丁を超える銃が流通している現状で、この法律ができたからといって、銃に起因する犯罪が減るとは考えにくい。また同じ6月には、世論や議会の動向に反し、連邦最高裁判所がニューヨーク州の銃規制法に違憲判決を出した。当該法律は、公の場で銃を隠して携帯する許可を得るには実際の必要性かもっともな理由が必要と定めた、108年もの歴史を持つものである。連邦最高裁判所は、同法が銃の個人的所有権を定める合衆国憲法修正第二条に反すると判断した。長い間多くの住民に支持されてきた法律が覆されたことは、銃規制推進派に衝撃を与えた。連邦最高裁が下した判決の党派性に注目が集まったゆえんでもある。

実効的な銃規制は進まない

米国疾病予防管理センターの報告によれば、2020年に銃に関連する原因によって45222人が死亡しており、その54%が自殺、43%が殺人事件である。直近でも、10月13日にノースカロライナ州の州都ローリーで15歳の少年による銃撃事件が発生し、16歳から52歳までの5人が死亡する事件が起きたばかりである。これだけ多くの被害が発生しているにもかかわらず、米国では実効性のある法律が通過しないばかりか、世論や議会の意向に反する判決が連邦最高裁によって下されているのである。

世論調査でも、米国民も実際には穏健な銃規制に賛成している。にもかかかわらず、米国で銃規制が進まない理由については、以前の記事でも説明したとおりである。簡単に要点を記せば、合衆国憲法修正第二条が個人の銃所有の権利を定めたものであるとの判例が2008年に出てその理念を重視する人々がいること、都市部では銃は安全を脅かすものだと考えられる一方で農村部では自衛のために銃が必要という認識が強いこと、そして、全米ライフル協会(NRA)に代表される銃規制反対派の利益集団の政治力が強いことなどが大きな意味を持っている。銃に平等化装置としての肯定的なイメージ、具体的には、銃を持たない状態では肉体的に優れた者が劣る者を暴力で支配することが多くなるが、銃を持てば体力等で劣る者であっても体力に勝る者に対抗することが可能となるという認識を持つ人がいることも、銃規制が進みにくい原因だろう。

ではなぜ今年銃規制法が通過したかといえば、トランプ派への対応をめぐって共和党内で混乱が見られたこと、NRA指導部のスキャンダル、NRAの支持者が高齢化していることなどがある。銃規制推進派候補をブルームバーグが財政的に支援して、利益集団政治におけるNRAの圧倒的優位が崩れたことも大きな意味を持ったかもしれない。とはいえ、先ほど指摘したとおり、今回通過した法律の内容は、銃規制推進派が望むものとは程遠いのが実態である。

何故中間選挙の争点にならないのか?

このように考えると、今年は中間選挙の年なのに、なぜ銃規制が選挙の重要争点となっていないのかと疑問に思う人もいるかもしれない。だが、最終的に銃規制法を通過させるまでの過程を考えていくと、銃の問題を大きな争点とするのは難しいのが現状である。

銃規制法を通過させるためには、連邦議会上下両院で同一内容の法律を通したうえで、大統領の署名を得る必要がある。その前提として、大統領のみならず、議会上下両院の多数派を銃規制推進派が押さえる必要がある。銃規制推進派が民主党に多いこと、共和党内にも銃規制にも一定の理解を示す人がいることは先程指摘したとおりだが、民主党内にも銃規制に消極的な人がいることを考えると、銃規制法案を通過させるためには民主党がある程度余裕を持った状態で選挙で勝利する必要があることがわかるだろう。

ここで出てくるのが、都市と農村の対立の問題である。先ほど指摘した通り、都市部に住む人々は銃規制推進派、農村地帯に住む人は銃規制に消極的である。郊外地域に居住する人々の意見は混在しているといえるだろう。今年の中間選挙では、下院は共和党優位が伝えられているが、上院についてはどちらが勝利するかわからない状態となっている。銃規制に関する最高裁の判例が重要な意味を持っていることを考えると、連邦最高裁判事の承認権を持つ上院は民主党が押さえたいと考えるだろう。今日の米国ではどちらの党が勝利するかがほぼ明らかな州が大半なので、上院議員選挙の帰趨はそれ以外の接戦州の結果次第となる。そして、接戦州は都市人口と農村人口が拮抗しているところが多い。このようなところで銃規制推進という争点を掲げると、銃規制反対派が団結して行動するため、結果的に共和党を利することになる。すなわち、米国の選挙政治の現状を考えれば、銃規制を進めるためには銃規制推進を積極的な争点として掲げるのは合理的でない、というジレンマに民主党は直面しているのである。

これは銃規制推進派にとっては悩ましい事態である。銃規制反対派は銃規制の動きが出てくれば団結して反対すればよいので動員を図りやすい。他方、銃規制推進派は、大きな立法上の成果を出したとしても銃に起因する犯罪が減少しにくい現状を考えるとそもそも支持者の動員を図りにくい。それに加えて、銃規制を進めてほしいと願う活動家は選挙の争点として銃規制を掲げるべきだと考えるのに対し、指導部がそれに消極的になるため、政治運動としての動員が難しくなってしまうのである。

日本から見ればなぜ銃規制が主要争点にすらならないのかと不思議かもしれないが、その背景には米国の政治制度の特徴や選挙事情があるのである。

成蹊大学法学部政治学科教授

専門はアメリカ政治。東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了、博士(法学)。主要著書に、『アメリカ大統領とは何か:最高権力者の本当の姿』(平凡社新書、2024年)、『混迷のアメリカを読み解く10の論点』(共著、慶應義塾大学出版会、2024年)、『〈犯罪大国アメリカ〉のいま:分断する社会と銃・薬物・移民』(弘文堂、2021年)、『格差と分断のアメリカ』(東京堂出版、2020年)、『アメリカ政治入門』(東京大学出版会、2018年)、『アメリカ政治講義』(ちくま新書、2018年)、『移民大国アメリカ』(ちくま新書、2016年)、『アメリカ型福祉国家と都市政治』(東京大学出版会、2008年)など。

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