フランス発ユーロ危機はあるか――右翼と左翼の間で沈没する“エリート大統領”マクロン
- フランス議会選挙で左翼連合が第一党になり、メランション代表が新首相に選出される公算が高まった。
- メランションは富裕層増税の他、若年層向け所得補償や医療費の実質無償化など急進的な改革を掲げていて、大規模な財政出動がユーロの信用不安に発展する懸念もある。
- それ以外にもメランションはEUやNATOから距離を置くことや、移民に寛容な政策を主張していて、その影響はヨーロッパにとって無視できない。
フランスのエマヌエル・マクロン大統領は2017年選挙で“右翼でも左翼でもない”とアピールして登場したが、いまや右翼と左翼の間で沈没しつつある。それはユーロの信用不安をはじめ、ヨーロッパ全体の流動化の呼び水になる公算が高い。
レームダックのマクロン
フランス議会選挙は大逆転で極右が敗れた。2回投票制の第1ラウンド(6/30)で極右政党“国民連合”は暫定1位に立ったものの、第2ラウンド(7/7)で3位に沈んだのだ。
この逆転劇を生んだ最大の要因は、他の有力政党が“反極右”で一致したことだ。
第1ラウンドで2位だった左翼連合“新人民戦線”と、3位だった中道右派連合“アンサンブル”は、それまでの因縁を超え、第2ラウンドで候補の重複する選挙区での一本化に合意した。
アンサンブル連合にはエマヌエル・マクロン大統領が所属するルネサンス党も参加している。
その結果、577議席中、新人民戦線が188議席、アンサンブルが約161議席を獲得し、反極右連合が議席の過半数を獲得した(国民連合は142議席だった)。
ただし、“ネオナチ”とも呼ばれる極右の挑戦をかろうじて退けたものの、マクロンがもはやレームダック(死に体)であることも否定できない。
左翼連合を率いるジャン=リュック・メランション代表が、議会で新しい首相に選出されることがほぼ確実だからだ。メランションの方針は本来、マクロンと多くの点で異なる。
「マクロンが大統領であり続けるなら首相が誰になっても同じでは」と思うかもしれない。しかし、フランス首相は大統領によって任命されるものの、議会に対して責任を負う。
つまり、大統領と首相の所属政党が異なる場合、首相は大統領の忠実な補佐役ではなく、むしろ行政権の大半を握る首相のリーダーシップが強くなる。
規制緩和vs.格差是正
その違いがおそらく最も際立つ分野の一つが経済だ。
マクロンは企業経営者としての経歴もある。そのため規制緩和を優先させる傾向が目立ち、例えば企業が従業員をレイオフしやすくする法改正、企業が従業員と待遇について直接交渉できる改革(従来フランスでは労働組合を介在させる必要があった)などを行なってきた。
これと並行して、マクロン政権は財政再建を重視し、燃料税引き上げや年金支給年齢引き上げといった改革にも着手したが、その度に抗議デモが拡大して頓挫した。
その一方で、マクロン改革には富裕層の優遇といった批判がつきまとった。130万ユーロ相当以上の不動産に課される特別税が廃止され、より税率の低い通常の固定資産税にシフトされたことは、その一例にすぎない(一連の改革は極右からも批判された)。
絵に描いたようなエリート大統領マクロンに対して、メランションは再分配による格差是正を主張してきた。
そのなかには年収40万ユーロ以上の所得税率は100%、1200万ユーロ以上の財産相続に関する相続税率は100%、医療費は実質無償化、若年層に月収1063ユーロを保証など、過激ともいえる主張が含まれる。
こうしたポピュリスト的主張は富裕層の国外流出を促しかねないため、実際にどこまで信憑性があるかは不明だ。
しかし、失業やインフレといった生活苦の広がりが、極左や極右の台頭する土壌になったことは疑いない。実際、低所得層の多い地域ほどマクロンの得票率は低い。
だからこそメランションが首相になれば、マクロン改革は骨抜きになると見込まれる。
議会選挙で敗れた国民連合のブルダン党首が、新人民戦線とアンサンブル連合を“不自然な同盟”と呼んだことは、その意味では正鵠を射たものといえる。
フランス発ユーロ危機はあるか
メランションの方針に賛否はあるが、その方針はヨーロッパ全体に無視できないインパクトを秘めている。
メランションの“大きな政府”路線が財政赤字を急増させることは容易に想像がつく。フランスのGDPに占める財政赤字の割合はすでに110%を超えていて、EUルールの60%を大きく上回る。
それでもメランションはさらなる財政出動を躊躇しない公算が高い。
リーマンショック(2011年)後に発生したギリシャ債務危機で、共通通貨ユーロの信用が連鎖反応的に低下するリスクを恐れ、EUの中核を握るドイツ政府がギリシャ政府に対して支援と引き換えに厳しい緊縮策を求めた際、メランションはこれを強く批判した。
つまり、メランションには反EUのスタンスが鮮明だ(この点でも極右と大差ない)。
フランスがEUの財政規律から大きく逸脱すれば、共通通貨ユーロの信用にも関わってくる。フランス議会選挙から一夜明けた7月8日、アジア市場などでユーロが下落したのは、こうした投資家の懸念を反映したものといえる。
欧州大学院大学のロレッツォ・コドグノ客員教授は、すぐにユーロが崩壊するシナリオを否定しながらも、EUが“手詰まり”になる可能性を指摘する。
ウクライナ戦争から手を引くか
マクロンとメランションの差異は経済だけでなく多岐に及ぶ。
ロシアによるウクライナ侵攻について、マクロンはウクライナ支援を全面に打ち出し、地上部隊の派遣さえ示唆してきた。
これに対してメランションはロシアの軍事活動を批判しながらも、制裁の強化には反対(これも極右と同じ)し、さらにウクライナ戦争を招いた原因は“アメリカやNATOがロシアにプレッシャーをかけたこと”と批判している。
メランションは以前から“NATO脱退”を主張するなど、アメリカへの拒絶反応が鮮明だった(この点でも極右と同じ)。それはアメリカ中心のグローバル化が格差などを深刻化させたことへの批判による。
フランスには冷戦時代、アメリカ主導のベトナム戦争に反対してNATO軍事部門から撤退した歴史がある。
とはいえ、メランションが首相になってもNATO脱退がすぐ実現するとは想定できないが、少なくともマクロンがこれまでほどアメリカの方針につきあわなくなる公算は高い。
現在の第五共和制憲法では大統領が“最高司令官である”としながらも、首相が“国防に責任を負う”ともあり、曖昧な表記にとどまっている。そのため、大統領と首相の発言力は、その時の政治状況によって変わってくる。
ヨーロッパに向かう移民が増えるか
最後に、移民や異文化の取り扱いでも二人は対照的だ。
マクロンは極右に対抗するため、むしろ極右に近い態度をみせてきた。例えば2021年には、「水泳をしない生徒は国家を分断する」と主張した。
これは人前で肌をさらすことを拒否するムスリムの女子学生が水泳の授業を免除されていることへの批判だった。
革命(1789年)後のフランスでは、宗教的価値観を公的な場で示すことを制限する“世俗主義”が国是になっていて、これを根拠にマクロンはムスリム市民の文化的シンボルを制限しようとしたのだ。
こうした態度はフランスのムスリム市民だけでなく、各国のムスリムからも批判を集めてきた。
これに対して、メランションは性別、宗教、人種などがそれぞれの特性を失うことなく共生できる状態をクレオール化と呼び、移民の流入によってフランス文化に様々な要素が加わることにむしろプラスの意味を見出そうとする。
マクロンの“古き良きフランス”イメージが中高年白人の支持を集めやすいのに対して、メランションの“未来志向のフランス”は主に若年層やマイノリティから支持されやすい。
ただし、移民に寛容な姿勢をアピールするバイデン政権が発足した後、中南米からアメリカを目指す不法移民が急増したように、メランションが首相になれば中東・アフリカからフランスを目指す人の流れが加速することも想定される。
それでもマクロンがメランションを抑えるのは難しいだろう。右翼と左翼の間でマクロンがレームダックになったことで、フランスはヨーロッパ全体を揺るがす震源地になりかねないのである。